12.季節イベント(夏休み)
「ふいぃぃぃぃぃ……」
湯船いっぱいに張った水に浸かり、思わず吐息が漏れた。
午後の暑さにやられて、ついついこんな贅沢をしてしまう罪深き俺。
未だ養われの身であり、自分で一銭も稼いでないのにと、後ろめたい想いはかなりあるけれど、何をしてても暑いんだから背に腹は代えられない。
そういや、今日の日中予想最高気温は37度だと、今し方ニュースでやっていたな。人の体温を超える気温で、どうして平然としていられようか。
例のアレの騒ぎのせいで、気軽に外に出歩けられない以上、こうして家で水風呂に浸かっていた方が余程健全だろう。
一気に感染が広がった様で、今では外出自粛、部活動自粛なんだとさ。まぁ、この分だときっと今年も大会は無いんだろうなぁ……ああホント、練習の意味がわからなくなってしまいそうだ。
特に外出自粛令が今は痛い。夏休みの間に晶とプールに出かけたかったんだが。
夏休み直前に、二人で水着を選んで買った意味が……アレはアレで楽しかったし、眼福だったから良いけど。
がり○り君(梨味)を囓りながら、肩まで水に浸かる。
無駄にデカい俺の身体に合わせ、態々風呂場を改装してくれたばあちゃんには頭が上がらない。
そのお陰で、ゆったりと身体を伸ばしたまま湯船に浸かれるのだから、本当に有り難い。
今までなら、どんなに頑張っても肩と膝が湯に浸かる事ができずに何度も何度も忙しくかけ湯をする羽目になって、終いにゃシャワーだけで済ます様に、俺はなっていた。
何気にスーパー銭湯通いが趣味になってしまう程度には、のんびり湯に浸かるという行為自体に、どうしようも無く俺は飢えていたのだ。まぁ、今日のコレはぬるま湯というか、ほぼ水なんだが。
……やっぱ、が○がり君は庶民の味方だな。本当にうまいや。
そういや最近、コンビニでワンコインで買えるアイスって本当に無くなったよなぁ。俺がまだ小学生だった頃は、100円あればカップのアイスだって買えたってのに。
「かずちゃーん、いるー?」
学生の身分で一人物価について考えていたら、遠くから晶の声が。
やっべ。そういや今日夕飯作りに来るって言ってたの、すっかり忘れてた。
「おう、いるぞー?」
不在と思われてもいけないので、大きな声で彼女に返事をしておく。
彼女に合い鍵を渡していたからこそ起こった不都合って奴だ。想定内ではあるけれど。
「うん? かずちゃん、今お風呂?」
とてとてと足音が近付いて来た。
そうこうしている内に、磨りガラスの向こう側に彼女のシルエットが薄らと浮かび上がる。
……あれれ? 何だか、妙にエロチック。
「ああ、今日は暑いからなぁ。安上がりの対応ってな」
何故か早鐘の様に鳴り響く鼓動に、少しばかり焦りながらも、どうにか返事だけは返す。
「あー、かずちゃんいいなぁ、ズルいなぁ。わたしも入る」
「おう。入ってこ……え?」
……おい。今、なんつった?
彼女の想定外の言葉に、俺の頭は一瞬フリーズ。
その間に、磨りガラスの向こう側にいる彼女が衣服を脱いでいるだろう動作がばっちりと見え、慌てて俺は反対側に顔を向けた。
「おいおいおいおい。まさか、一緒に入るなんて言わねーよな?」
「え? そのまさかだけれど? 良いじゃないの。減るモンじゃなし」
「減るだろっ?! 羞恥心とか、精神力とか、理性とかっ、色々っ!」
今ですらもうガリガリと減っている。ゲームで表現すれば、Dotダメージって奴か。ガリガリと減ってる。精神力が。
あ、やべ。
手元のがりが○君が融けて、手を伝って垂れてきた。慌てて残りを一気に口に頬張ると、急に頭痛が襲ってくる。いたいいたいたい。
たまらず側頭部をガンガン叩いていたら、磨りガラスが引かれて、バスタオルで前を隠す様にしながら晶が入って来た。
「うおぅっ! ホントに来た……」
「あによ-? わたしが冗談でこんな事する訳ないでしょ」
思わず彼女の爪先から頭のてっぺんまで何度も何度も見返しては、視線を上下に動かしてしまう。
そん中、偶然にも彼女と眼が合い、慌てて俺は顔を背けた。
俺の中に在る理性君はさっきから警告音をひっきりなしに鳴らし続け、野生君は今にも繋がれた鎖を引き千切って暴走しようしようとしている。
ってーか、中央部の”足”は、すでに臨戦態勢に入っていた。覚悟完了をしていないのは、いつも通りにヘタれな俺だけってな状況です。はい。
「ねぇ、かずちゃん。ちゃんとわたしを見て」
「む、無理だ。俺の、り、理性が保たない……」
困った事に、今日ばあちゃんが居ない。
外出自粛だっつのに、今日は仲間の老人会の会合があるとか何とかって出かけているのだ。
「ダメ。ちゃんとこっちを向いて。わたしを見て……」
「で、でも……」
「でもじゃないのッ! ほら、こっちを、向きなさい、よっ!」
彼女の手が両頬に掛かり、強引に顔の向きを変えられる。ゴキって音と同時に首に激痛が走りはしたが、大丈夫。俺は何とか生きている。
目の前には、期待していた(してないって嘘を吐いても仕方が無いし)彼女の艶やかな裸体はなく、鮮やかな色彩のビキニ姿の彼女があった。
ああ、これ俺が選んだ水着だ。
知らぬ間に彼女の乳房は、水着でも隠し通せない程に大きくなっていた事に俺は驚きを隠せなかった。
運動部に所属していない癖に、彼女の身体に、余分な贅肉は無く、その癖、必要な所にはちゃんと付いているんだから、俺の目は釘付けになるのも致し方ない筈だ。筈です。ですよね?
「さ。ご感想をどうぞ。貴方の選んだ水着姿は、どうですか?」
「……り、理性が、も、保ちません。似合い過ぎてます……」
鼻血を堪えながら、どうにか返事をする。首の痛みが無ければ多分そのまま襲いかかってたやも知れない。それほどまでに、晶の水着姿は魅力的すぎた。
「……ちょっと期待していた答えと違うンだけれど……まぁ、良いか」
ニッコリと笑って晶が湯船に手を掛けた。このまま入ろうというのだろう。
……いやいやいや、ダメだろっ?! こいつは水着だが、俺はマッパだ。
「待てっ、晶っ! 俺は真っ裸だっ!!」
「……へ? あ……」
俺の言葉の意味を理解しただろう晶の視線が、とある一点に集中する。時間を置かず、彼女の顔がみるみると赤く染まる。
「うひゃああぁぁぁぁ!?」
「……何故、そのまま凝視するっ?!」
悲鳴を挙げておきながら、その癖彼女は眼を背ける事はなく、じっとそのとある一点を見つめ続ける。
……やめてくれ。俺の方がいたたまれなくなってきたぞ。
「いや、だって……かずちゃん、ごりっぱ……」
「……誰のと比べて……って聞くのも野暮ってモンだな。頼むから、俺も海パン履かせてくれ……」
彼女の口から、そんな話は聞きたくないし。
ってか、おじさんのと比べられてもかなわんわ。
◇◆◇
「「ふいぃぃぃぃぃ……」」
水着姿の晶と一緒に、湯船に浸かる。
「ってか晶? そんな格好で涼めてるのか?」
「うん、充分。てゆか、もうこの姿勢じゃなきゃ嫌。背中にかずちゃんの体温感じるこの姿勢が、私は好きなの」
互いに向き合う姿勢の方が、水風呂を堪能するには良いと思うんだが、常々彼女は、態々俺の足の間に座り、背を預けるこの姿勢を好む。本人が良いと言うなら、俺はそれでも良いんだが。
「チュチュって、またえらい懐かしいモンを持って来たなぁ……」
「ふふん、良いでしょ? 小さい頃、よく半分こにしてたよね」
「お前、先っちょ側ばかり強請ってきたけどな」
「良いじゃない。そっちの方がお得に見えたんだから」
彼女の髪の香りが鼻腔を擽る。
二人の体温のせいだろうか。水から、今はほんのりと暖かみを感じる。
「今日は、冷たいおうどんにしようと思っているの」
「良いな。今日暑いしなぁ……」
そこに冷しゃぶでも乗っていれば、充分過ぎるご馳走だ。やっぱり高校男子としては、肉は絶対に欠かせない。動物性たんぱく必須。
「大丈夫だよ。ちゃんと豚肉も買ってあるから」
「……お見通しかよ」
「そりゃ、ね?」
ガジガジとビニール容器を囓り、中身の氷を押し出して口の中に入れる。このわざとらしいチープなイチゴ味。嫌いじゃない。
ついさっき○りがり君を喰ったというのに。こりゃ、腹下しても何も言えんなぁ……
「もうちょっと涼んだら、宿題しようね?」
「……俺はとうに終わってるンだが? わからん所は教えてやっから、自力で解けよ」
「うぅ、かずちゃんのいじわる……」
ま、こんな日もあるよな。
もうちょっとしたら、長い夏休みも終わる。
それでも、のんびりと二人で過ごす時間は、これからも続くのだから。
※1 棒ジュースやら、ポッキンアイスと呼ばれている所もありますが、中部地区ではこの呼び名が多い様です(異論は多々あるでしょうが)。
誤字脱字があったらごめんなさい。
評価ブクマ戴けたら嬉しいデス。




