8話 魔法具で村の改革
あけましておめでとうございます。
「主はんは何作っとるんでっか?」
先日作ったばかりの使い魔であるナズナがクルミの手元を覗き込んでくる。
ナズナを作ったはいいものの、この普通に会話するインコの存在をどう老夫婦に説明しようかと後になって悩んだ。
素直に魔法と言うべきか……。
この時、何故か言わない方が良いような気がしたクルミは、ナズナに人前では普通のオカメインコとして振る舞うようにと命じ、老夫婦には森で食べ物をあげたら懐かれたということにした。
「うーん、この前は村の人達全員に火を点ける魔法具を配ったでしょう?」
「随分喜んではったなぁ」
「ほんとにねぇ」
ナズナを作る前にたくさん作った火を点ける魔法具は、翌日村人全員に渡して歩いた。
すると、それはもう飛び上がらんばかりに大喜びをしてくれた。
それに関しては嬉しいが、あんな簡単な魔法具であれほど喜ばれると逆に心苦しくなる。
あれは魔女なら初歩の初歩で習う魔法なのだ。
それこそナズナを作る片手間でできるほどに簡単な魔法である。
魔法がない暮らしなので、ちょっとした魔法でも楽にしてくれるものが大袈裟なほど嬉しいのは分かる。
お礼にとたくさんの野菜や肉をもらってきたので、それは全ておばあさんに渡して、その日の夕ご飯になった。
そして、そこまで喜んでくれるならと今作っているのが……。
「他にも作ったら喜んでくれると思って、今度は浄化の魔法具でも村に設置しようかなって」
汚れを落としてくれる浄化の魔法。
この村で使われているお風呂は、いわゆる五右衛門風呂ようなものだ。
一応お風呂に入る文化はあるようで安心したが、水は井戸からわざわざ運んでこなければならないので、湯に浸かれるほどの水を溜めるには井戸とお風呂を何往復もしなければならず、お風呂に入るのも一苦労なのだ。
畑仕事などをした後は汗や土で汚れてしまうのですぐにでも入りたいと思うが、そんな理由があって簡単には入れない。
そこはボタン一つで沸く地球のお風呂が恋しいが、文句を言っても仕方がない。それに、この世界には魔法がある。
浄化の魔法ならば、わざわざお風呂を沸かさなくても全身の汚れを綺麗にすることができる。
誰でも使えるように村の中心にでも設置すれば、きっと村の人達も喜ぶと思ったのだ。
というか、クルミが欲しかった。切実に。
十八年間日本で生まれ育ったクルミとしてはお風呂に入る方が汚れを落とした気がしていいのだが、このさい我が儘は言わない。
それに前世では、この浄化の魔法はごく一般的だった。
竜王国に暮らす人達のほとんどが魔法を使えたというのもあるだろう。
竜王国ではお風呂は主流ではなく、浄化の魔法で綺麗にする者がほとんどだった。
簡単に綺麗になるのだから、この村でも重宝されることだろう。
「そら、喜びそうやな」
「でしょう」
行商が来るまでの間に、この村をカスタムする気満々であった。
少々面倒臭がりなところがあるクルミだが、生活を楽にするための労力は惜しまない。
それに久しぶりの魔法具の制作でテンションが上がっているというのもある。
魔法具が作りたい衝動が抑えられないのだ。
無心で魔法陣を書いていると、それを見ていたナズナが「あっ」と声を出した。
「ここ間違っとんで、主はん」
「えっ、どこ!?」
「ここ、ここ」
ナズナが足で示した所は確かに文字が間違っていた。
クルミですら思わず見落としてしまったほどの小さな間違い。
けれど、その小さな間違いで魔法は発動しなくなる。
「ほんとだ。ありがと。ナズナがいて助かったわ」
「そやろ。わいは有能な使い魔やからなぁ」
ドヤ顔するナズナの頭を優しく撫でてやる。
使い魔には血と魔力と共に、使役者の知識や記憶も受け継がれている。
なので、ナズナにはクルミの地球で生きた記憶と共に前世の記憶。そして、これまで培った魔法や魔法具の知識も有している。
言わばクルミの分身のようなもの。
それ故、魔法陣の間違いを指摘することができるのだ。
最初は失敗したと思っていたが、なんだかんだで役に立つ助手になっている。
未だに関西弁のおデブインコになった理由は判明しないけれど。そこはもう諦めることにした。
「村を改良するのもええけど、わいにもなんか魔法具作って欲しいわ。せやないと、いざという時役に立たれへんし」
「確かにね」
ナズナはクルミの魔力で動いている。
今も見えないが、クルミとナズナの間には繋がりがあり、離れていても魔力を供給し続けている。
その魔力を使い、ナズナは魔法や魔法具を発動できるが、鳥の姿であるナズナに繊細な魔法陣が書けるはずもなく、まだ魔法具も与えてはいない。
今はまだ、ただの口が達者なおデブインコでしかない。
「そうね、じゃあ、これが終わったらナズナの魔法具作りましょう」
「よっしゃぁ~」
ナズナが羽を広げて喜びを表現する。
クルミは空間からいくつか魔石を取り出してナズナの前に置く。
「これに魔力流して、好きな形に変えといて。身に着けやすいようなのにね」
「任せとき。可愛いわいに似合うの作ったるでぇ」
やる気満々のナズナに任せ、クルミは浄化の魔法具の制作を再開した。
そうして作られた魔法具は村の広場の中心に置かれることとなった。
***
浄化の魔法具を設置した翌日、クルミは家の裏庭で隣の家に住む木こりからもらった木の板をギコギコとのこぎりで切っていた。
もちろん、必要な畑仕事や諸々の手伝いを終えた後にだ。
用事をした後だが、強化魔法を使っていたのでまだまだ元気いっぱいのクルミは、一心不乱にのこぎりを動かす。
「おりゃぁぁ!」
「おっ、クルミちゃん。今度は何を作ってるんだい?」
そこへおじいさんが、また何かをしようとしているクルミに、好奇心に満ちた顔で様子を見に来た。
クルミは手を止めてにっこりと微笑む。
「ふっふっふっ、できてからのお楽しみです」
もったいぶったクルミの言葉に、おじいさんは「はははっ」と、大きく口を開けて笑った。
「それは楽しみだ。クルミちゃんが来てから村が過ごしやすくなって楽になったよ。特にあの浄化の魔法具だっけか? あれは良いねぇ。この年になると風呂を沸かすのも一苦労だから、つい濡らしたタオルで済ませることが多くてね。仕事が終わった後は汗だくでほんとは入りたいけど、大変だから不快でもそのままって者達が多かったから」
「喜んでもらえたなら作ったかいがあります」
「さっき様子を見てきたけど大人気で行列ができてるよ。小さな子供がいる母親にも好評だそうだ。子供を風呂に入れるのは大変だからね。その点あの魔法具なら一瞬で綺麗になるんだから母親連中が大絶賛していた。魔法ってのはすごいねぇ」
「うーん、もう一個設置した方が良いかもですね」
村人の人数を考えて一つでは少なすぎるかと思案する。
仕事終わりに綺麗にしたいという自分の欲求を解消するためのものだったが、ママさん達にも人気だというのは予想外だった。
確かに子供はすぐに汚すし、お風呂に入れるのも大変だろう。
まさかそれほど需要があるとはクルミも思わなかった。
「村の連中がお礼にって、今日もたくさんの食材を持ってきたから今日もご馳走だよ。家内が張り切っていたから夕ご飯は楽しみにしているといいよ」
「わあ、楽しみです。後で皆さんにお礼を言わないといけませんね」
「魔法具のお礼なんだからお礼を言わなくても大丈夫だろう。それより、今作ってるそれが完成したら見せておくれ」
「はい!」
そう言って家に入っていったおじいさんを見送り、クルミは再びのこぎりを握り直した。
ふと視線を向けると、切り株の上に置いた鏡でポーズを取りながら全身をくまなくチェックしているナズナの姿が。
鏡はクルミの空間にあったものだ。
ナズナが執拗に鏡を要求するので渡してやったら、ずっとあの調子だ。
そんなナズナの首にはチョーカーと、両足にはリング、背中には小さなバッグが装備されている。
昨日ナズナの要望を受けてクルミが作った魔法具だ。
魔法を刻んだのはクルミだが、あの形にしたのはナズナなので、自分に似合っているか確認しているのだ。
それにしたって見過ぎだろうと思うのだが、「やっぱり、わいって可愛いな」と陶酔している。
とんだナルシストインコだ。
いったい魔法陣のどこを間違えたのだろうかと、ますます疑問が浮かぶ。
しばらくすれば気が済むだろうと放っておくことにして、クルミは作業を続けた。
寸法通りに木の板を切ると、それを釘で打ち付けて形にしていく。
大工作業は慣れないが、それなりに形になったのではないかと満足げにするクルミの前に出来上がったのは、木の箱。
上と下に分かれており、ちゃんとそれぞれに扉も付いている。
素人がやったので多少歪んでいるが、それもご愛敬だ。
「ふう、やっとできた!」
「おっ、やっとでっか?」
気が済んだらしいナズナが飛んできてクルミの肩に止まる。
「おー、けっこう形になっとるやん」
クルミは空間から鉄の塊を取り出すと、それを箱の上に乗せ、箱を中心に魔法陣を描く。
魔力を流すと鉄の塊が溶けだし、木の箱を覆うように薄く広がっていく。
隙間なく、塗ったように鉄で覆われた箱ができあがった。
「後はこれに魔石を埋め込んでっと……」
箱の奥にはくり抜かれた部分があり、そこに丸い魔石を埋め込む。
下の方にも同じように埋め込み、扉を閉めてしばらく待つと……。
「よしっ! ちゃんと冷えてるわね」
「冷え冷えやなー」
簡易的だが冷蔵庫の完成だ。
上と下を仕切ったのは、上は冷凍室になるように魔法陣を刻んだ魔石を埋め込んだからだ。
これなら、氷も作れる。
最近村の人達から肉や野菜といった食料をたくさんもらうので、それをできるだけ腐らずに保存できないかと考えた末の魔法具だった。
地球の知識があればこその発想だ。
さっさくおばあさんのところへ持っていくと、食料を腐りづらくさせるこの冷蔵庫に、おじいさんと二人で驚きと喜びで大いに満足のいく反応をしてくれた。
作ったかいがあるというものだ。
「まあまあまあまあ、クルミちゃんたらこんなすごい物を作るなんて……。本当にこれをもらってもいいの?」
「どうぞどうぞ。そのために作ったんですから」
「おったまげた。クルミちゃんは天才だな」
「魔法ってすごいのね。氷まで作れるなんて、ありがたいわぁ」
魔法のないこの村で氷などとというものは真冬にだけ手に入れられる物だ。
それがいつでも作れるというのだから、魔法も、そして冷蔵庫などという電化製品も知らない者には素晴らしいもののように映っていることだろう。
クルミは終始得意げであった。
そうこうしていると、あっという間に時間は過ぎ、行商が村にやって来た。