7話 使い魔
「やべぇ、まじどうしよぉぉ!」
突然勢いよく部屋に入ってきた頭痛の種に、少女は頭を押さえ、仕方なく作業の手を止める。
「ヴァイト、何度も言ってるけど私は忙しいの。研究は私の生きがいなんだから邪魔しないでよ!」
「だってよ~。今、すっげぇ困ってんだよ」
少女に怒られたヴァイトに反省の色はない。
「だったらあなたの側近に相談すればいいでしょう。あなたがそんなんだから、あいつらに目を付けられて会う度に嫌味言われるんだから。私、あなたの愛人だと思われてるのよ!? 冗談じゃないわよ!」
「まあまあ、そんな怒るなよ。一応否定はしてるんだけど、あいつら言うこと聞かなくてよ」
「あなた王様でしょうが! 舐められてるんじゃないの!?」
「そんなことない……と思う」
「そこはしっかり否定しなさいよ……」
少女もいい加減怒るのにも疲れてきた。
何せ相手にはまったく効いていないのだから余計だ。
「せめて愛人って話だけでもなんとかしてよね」
「おう、分かった」
ニカッと笑って応えるヴァイトをじとっとした目で見る。
その笑顔に何度騙されたことか。
「……じゃないと、リディアにあなたの気持ち伝えるわよ」
ヴァイトに対してのみ効く伝家の宝刀を抜くと、途端にヴァイトが慌てた顔をする。
「ちょっ、それ、待て! それはマズい!」
このヘタレが! っと心の中で罵声を浴びせる。
このヴァイトがリディアに恋心を抱いていると知っているのは少女だけだ。
さっさと想いを伝えれば良いものを、未だに告白できないヘタレである。
たまに恋の相談をされる時には、自分より遙かに年下の小娘に何を相談しようとしているのかと冷たい目で見てしまう。
しかし、精霊に恋をしているなどという荒唐無稽な話は、精霊信仰のある者達にはできないようだ。
精霊は畏怖と信仰の対象であり、恋愛対象となる相手ではないという考えが常識だ。
精霊を信仰しているわけではない魔女である少女だからこそ、ヴァイトも気兼ねなく話せるのだろう。
面倒ではあるが、ヴァイトの弱味を手にしたと思えば気分もいい。
だが、そのせいで今まで以上につきまとわれ、愛人呼ばわりされるのは我慢がならない。
「だったらなんとかしてよね、お、う、さ、ま」
「分かったよぉ」
頭を掻きながら唇を尖らせていじけるヴァイトに、やれやれと溜息を吐く。
なんだかんだで少女もこのヴァイトには弱いのだ。
「で、困ったことってなんなの?」
「おー、そうだった。最近さ、すげぇ人増えたじゃんか?」
「確かに増えたわねぇ」
ヴァイトを頼り集まった人々を受け入れ竜王国としたが、その話を聞き、さらに助けを求める人達が集まってきていた。
「ぶっちゃけ、資金難なんだよ。この国にはまだ特産品なんてないしさ。なあ、どうしたらいい?」
「それをまだ十数年しか生きてない小娘の私に聞くわけ?」
「いやぁ、お前なら何か良い案出しそうだからさ」
少女の眉間に皺が寄る。
少女が不機嫌なことに気が付いた様子のヴァイトは両手を合わせて懇願する。
「頼むよぉ。なんかない?」
「なんかと言われてもねぇ……あっ」
ふとあることが頭に浮かんだ。
「おっ、なんか浮かんだか?」
浮かぶには浮かんだが、これまた精霊信仰の強い者達には非難されそうだった。
「あなた地の精霊と契約してたでしょう?」
「おう、カイのことか?」
ヴァイトは時の精霊リディアの他に地の精霊カイと、花の精霊リラという者達と契約していた。
「そうそう。リラから小耳に挟んだんだけど、カイは地の精霊だから宝石とかも作ったりできるそうよ。精霊が作ったその宝石を、精霊信仰の厚い国とかに売りつければ高額で取引されるんじゃないの?」
「おー、それだ!」
「まあ、カイが協力してくれるかが問題だけど」
「それなら大丈夫だろ。あいつ気前良いから」
「じゃあ、ぼったくってやりなさい。特に奴隷制度が酷い国とかを」
「おー、それ良いな」
あっさりと解決したが、どうやらこれで竜王国の財政状況はなんとかなりそうだ。
「じゃあ、とっとと出てってくれる。研究の続きしたいから」
研究を一時中断させられている少女は、そう言ってヴァイトを睨んだ。
まあ、本人は全然気にした様子はなく、解決策が見えて満面の笑顔だ。
「了解、了解。やっぱお前に相談して良かった。本当にお前は頭が良いな。こういう奴をなんて言うんだっけ……。そうそう、賢者だ。今日からお前は賢者だ!」
「ちょっと、変なあだ名付けないでよ!」
「じゃあ、またなー、賢者」
「だからっ……」
少女の叫びは届かず、ヴァイトは意気揚々と去って行った。
以降、少女は賢者と呼ばれるようになってしまった。
***
「……なんか、懐かしい夢見た」
決して良くはない夢見に目を覚ましたクルミの眉間には、深い皺が刻まれる。
前世の夢を見ることは最近はなかったのだが、やはり昔なじみのリディアと会ったせいだろうか。
珍しくおばあさんに起こされる前に目を覚ましたクルミは、おばあさんの娘が使っていたという服に着替える。
外を見ると、今日はあいにくの雨。
畑仕事は休みだ。
朝食を食べ終えたクルミは部屋へ戻ると、ニンマリと微笑んだ。
やることもないので今日は一日魔法具作りに費やすのだ!
早速前世の遺産の中から魔石を取り出した。
それはクルミが自分の魔力で作った米粒サイズとは大違いの拳ほどの大きさがある魔石だ。
これは魔力の溜まり場であるヤダカインで取れた、自然から産まれた魔石である。
普通はこれほどの大きさの物を見つけるのはかなり難しいが、前世のヤダカインではそこらの道端にゴロゴロと落ちていたのだ。
それをせっせと集めるのが前世での日課であったことを思い出す。
そのおかげか、前世の空間と繋げたクルミの空間の中には、そう簡単には使い切れないほどの魔石が山積みになっている。
しばらく魔石で困ることはないだろう。
この魔石だが、硝子のように透明で、宝石のようにキラキラと輝いている。
魔石を知らぬ者だったら、普通に加工してアクセサリーにでもしそうだ。
けれど、分かる者にはこの石から発せられる濃密な魔力に気付くだろう。
居場所を求めて辿り着いたヤダカインだが、良質な魔石が取れるあの島は魔女にとってあれほど住みやすい場所はなかった。
結果的には竜王国から離れて良かったのかもしれない。
「さてと、おばあさんの要望通りに魔法具を作っていきますか」
とは言え、この魔石では少し大きすぎる。
なので、クルミはまずこの魔石を割ることにした。
一見すると普通の石のように固いが、魔石に魔力を流しながら『割れろ』と小さく分解された魔石を想像すると、直後に魔石はバリンっとその形を細かく分けた。
魔石はこうして魔力を流すことで自由自在に形を変えることができるのだ。
今回は割ったが、粘土のように別の形に変えることもできる。
そうして好きなように魔法具に最適な形にするのだが、今回はごくごく単純な着火するだけの魔法具なので魔石の形そのままで問題ない。
一つの魔石を複数に分けたことで、それぞれに含む魔力も分散することになるが、刻むのは着火するだけの単純な魔法なので消費する魔力も少なく、それだけでも数年は使い続けるだけの魔力はあるだろう。
老夫婦に米粒のような魔石の魔法具を渡しておいて、他の村人に大きな魔石を使ったものを渡すわけにもいくまい。
手間と時間を掛けたのが前者だとしても。
均一に分かれた魔石を確認したクルミは、机の上に用意した紙に魔法陣を書き込んで、先日作った時のように魔法陣の真ん中に小さくなった魔石を置き、複数の魔石に一気に魔法陣を刻み魔法具にする。
「よしよし、これだけあれば村人全員に行き渡るでしょう」
出来上がった魔法具を見てクルミは満足そうにする。
こうなってくると、どんどん魔法具が作りたくなってくるというものだ。
次に何を作ろうかと、頭の中で考えながら、クルミはふと前世で他に研究していたのはなんだっただろうと振り返る。
前世の記憶を来世へ残す魔法を研究したのが最後にしていたものだったのは覚えている。
殺されそうだったので、突貫で仕上げた魔法だった。
けれど、それまでに研究していたのは……。
「……あっ、使い魔だ」
そう、当時一番力を入れていたのが、使い魔を作る魔法。
自分の命令を忠実に守る生き物の生成である。
自身の魔力で作り上げるので本当に生きたものとは言えないが、当時のクルミは自分を絶対に裏切らない味方が欲しかった。
それは、魔女ということで迫害されてきた前世のクルミの闇だったのかもしれない。
まあ、ただ単にペットが欲しかっただけというのもある。
結局魔法を完成させたものの、実際に生成することはなく死んでしまったが。
あれを今作ってみようかと、クルミの好奇心が踊り出す。
「確か、研究資料があったはず……」
空間を開いて、手当たり次第に研究内容を書いたノートを何冊も取り出す。
「えーと、どこに書いたかな」
ノートには日付が書いていたので、それを確認しながら一番新しいのを探す。
念のためにと日付を書いていて良かった。おかげで探しやすい。
「これじゃない、これでもない、これは……。あった、これだ!」
テーブルの上に山のように積まれたノート。
こんなに書き溜めていたことに感心しながら、必要のないノートは再び空間にしまった。
そして、使い魔に関する資料を読んで頭の中に入れていく。
そうだこんな内容だったと、思い出しながら読み進める。
いくら前世を覚えているとは言っても、十八年クルミとして魔法とは無縁の世界で生きてきたのだ。
覚えていないこと、すっかり忘れてしまったことも多い。
それは魔法に関してもそうなので、これから穴埋めしていくのが大変だろう。
複雑な魔法ほど魔法陣も難解になっていくので、しばらくは記憶の整理に従事するべきかもしれない。
とりあえずは、やる気になっている使い魔の生成をすることにする。
資料を読み込み、紙に魔法陣を書くべくペンを取った。
着火するだけの魔法陣とは違う、より精密で複雑な紋様のような文字を書いていく。
細かいこの文字列の一つでも間違えれば魔法は発動しないので、クルミも慎重にペンを動かしていく。
書くだけで数時間は経っただろうか。
途中で食事だとおばあさんが部屋の外からノックをしてきたが、クルミは辞退してそのままペンを動かし続けた。
そうとうな集中力で書き上げた魔法陣は、前世を含めても複雑難解。
これを読み解ける者はそう現れないだろうと自信を持って言える、前世のクルミの魔法研究の集大成とも言えるものだった。
まあ、大袈裟に言っているが、短い生涯での集大成である。
もっと生きていればさらに凄い魔法を産み出すこともできただろうに、本当に前世の短命さが惜しまれる。
まあ、代わりに今世は存分に魔法研究に人生を費やすつもりでいるから、今さら過去はどうでもいい。
出来上がった魔法陣の上に、クルミが持つ魔石の中で最も質の良い魔石を空間から取り出してその上に置く。
どんな使い魔を作ろうかと頭で想像しながら、形が確定すると、針を用意する。
綺麗に拭いてから消毒代わりに火であぶり、人差し指の腹をプスリと指す。
痛みに一瞬顔をしかめたが、刺した所から血がぷくりと溢れてくる。
その血を自身の魔力と共に魔石の上から垂らした。
痛いのはできるだけ避けたいクルミだが、これは使役者が誰かを記録するために必要なことなので仕方がない。
そうして血に濡れた魔石を中心に置いた魔法陣に、クルミはありったけの魔力を流し込んだ。
魔法陣が光ると共に魔石も輝き、その形が次第に変化していく。
そして最後にカッと部屋を包むほどの光が発した。
クルミはあまりの眩しさに目を細めるも、魔石から目は離さない。
そして次第に光が落ち着いていくと……。
「成功!?」
期待に胸を膨らませる。
光が収まったそこに現れたのは、お世辞にもスリムとは言えないおデブなオカメインコがデンっと鎮座していた。
つぶらな瞳でクルミを見るインコは、人が手を上げるように片方の羽を広げて挨拶をしてきた。
「あんたが主はんでっか? よろしゅう頼んます」
使い魔の第一声に、クルミの笑顔が凍り付き言葉も出ない。
「…………」
「いややわ。無視でっか? 最初の挨拶は肝心やで。親しき仲にも礼儀ありって言うやろ?」
「……関西弁。なにゆえ?」
ようやくクルミの口から出たのは疑問だった。
おかしい。関西弁などという情報は入れていないはず。
しかもなんだ。このおデブインコは。
普通のオカメインコを想像して作ったはずなのに……。
クルミは使った魔法陣を調べ始めた。
パラパラとノートをめくって、実際に書いた魔法陣とノートの記録とを比べるがおかしな所は見つけられない。
そもそもの魔法陣が間違っていたのかと考えて、一文字ずつ確かめていく。
「おーい、主はーん」
それでも関西弁になる理由が分からない。
「感動の初対面やのに無視するってどないやねん」
「バグった?」
それしか考えられない。
ようやく使い魔に視線を戻したクルミは、何度見ても変わらないその姿を目にして……。
「……いっそ魔石に戻して作り直すか?」
思わず飛び出した不穏な言葉に、使い魔はクワッと目をつり上げ抗議する。
「そんなせっしょうな! せっかく産まれてきたのにこんな短時間でお払い箱なんて理不尽やわ。こんな可愛いわいを作り直したら一生後悔するで」
ギャーギャーと騒ぐ関西弁インコ。
「いくら主はんと言えど魔石に戻したら恨むでぇ! デブの何が悪いんや。可愛いやないかい! よく見てみい。この思わず頬ずりしたくなるぽっちゃりなフォルムと、モフモフ加減。それに関西弁の何があかんのや。関西人に喧嘩売ったで自分」
「分かった、分かった! このままで良いわよ」
「分かればいいんや」
魔石に戻されないと言質を取ってほっとした使い魔は、ふうっと安堵の息を吐く。
クルミはというと、ちょっと使い魔を作ったことを後悔していた。
まさかこんなに自己主張の強い使い魔ができるとは思わないではないか。
また同じようなのを作らないように、魔法陣のどこが悪かったか調査が必要なようだ。
「とりあえず、あなたの名前付けるわね」
きちんと使役するためには名付けることで正式な契約となる。
「いいの、頼んます」
「えーっと……ナズナ……とかは?」
「おお、ええやん。可愛いわいにはぴったりやな。おおきに、主はん」
「私はクルミよ。これからよろしく、ナズナ」
「よろしゅう、主はん」
こうして、当初の想像とはまったく違った使い魔が仲間に加わった。