表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/57

6話 時の精霊リディア



「えっ、追加ですか?」



 おばあさんから火を点ける魔法具の追加要請を受けたのは、魔法具を渡して二日後のことだった。

 おばあさんは申し訳なさそうにクルミに懇願する。



「そうなの。クルミちゃんからもらった物があんまりに便利で嬉しかったから、村の人達に見せびらかせてたら皆も欲しくなったみたいで、クルミちゃんに頼んでくれって言われちゃって」



 クルミの顔色を窺うように、おばあさんは「頼めないかしら?」とクルミに問う。



「えーっと……」



 魔法具の媒体となる魔石はそう簡単に手に入らない。

 老夫婦に渡したものも、クルミが一週間を掛けてやっと作った物だ。

 時間を掛ければ村人達に渡す分を作ることは可能だ。

 けれど、この村に来てもう二週間ほど経っていて、行商が来ると言われた日まで二週間を切っている。

 一週間に一個なら作れたと計算しても頑張って二個が限度。とても村人全員に行き渡るほどの量は作れない。



 この時になって、ようやくクルミは老夫婦に魔法具を渡してしまったことをしまったと思った。

 そりゃあ、これまで時間を掛けていた火を点ける作業を、すぐにできる便利な物をもらえたら他の人に自慢したくもなるだろう。

 そして、それを見せられた人達が欲しがるのも自然の流れだ。

 これは、調子に乗ってそれを失念していたクルミの落ち度である。

 老夫婦への恩返ししか考えていなかった。どうしたものか……。

 クルミの困惑が伝わったのだろう。



「ああ、困らせてごめんなさいね。無理だったらいいのよ。こんな貴重な物をおいそれと渡せないわよね。図々しかったわ」



 しょんぼりとしてしまったおばあさんに、クルミの心が痛んだ。

 このままだと、おばあさんも村の人達から色々と言われてしまうのではないだろうか……。

 恩返しどころか、余計に迷惑を掛けてしまったかもしれない。

 せめてあれが使えれば……。

 クルミの頭に浮かぶあるもの。



「少し時間をもらえませんか? 確約はできませんが、やってみます」


「本当!?」



 おばあさんは嬉しそうに顔を綻ばせたが、喜んでもらうのはまだ早い。



「いえ、絶対にできるとは言い切れないので、あまり期待しないで下さい」


「ええ、ええ、分かったわ。ありがとうね、クルミちゃん」


「お礼はできてからでいいです。もしかしたらこの村にいる間では無理かもしれないので」


「分かったわ」



 それで話は終わったものの、どうしようかとクルミは部屋で頭を悩ませた。



「魔法具を作るなら魔石をなんとか手に入れなきゃ……」



 クルミは何もない所に向かって手を伸ばし、心の中で『開け!』と力を込める。

 しかし、クルミの願いに反してそこには何も起こらない。



「…………」



 沈黙が部屋を支配する。

 しばらくその状態で粘ったが、やはり何も起こらない。



「くうぅぅ!」



 たまらず地団駄を踏むが、それで何が変わるわけではなかった。

 けれど、そうしたくなるほどの憤りを感じていた。



「どうして空間が開かないのよぉ。空間さえ開ければなんとかなるのに」



 自分の精霊との相性の悪さを恨んだ。



「一度でいいのよ。そうすればリディアになんとかしてもらえるのに」



 何もないところに向かって恨み言を言うが、そこはうんともすんとも言わない。


 今クルミが何をしようとしているかというと、空間を開こうとしているのだ。




 この世界には時と空間の精霊がいて、その時の精霊が住む次元とを繋げて空間を開くのだ。

 その空間の中は開いた者の魔力量によって大きさが決まり、その中に入れた物は時間が止まったまま収納することができるというすぐれものだ。



 クルミはこの村に来てから何度も時の精霊に働きかけて空間を開こうとしていたのだが、精霊との相性が悪いためか開くことができないでいた。


 この、空間の中に住む時の精霊はリディアと言い、初代竜王ヴァイトと契約をしていた精霊で、前世のクルミは何度か顔を合わせていた。

 だから、一度開くことができれば、リディアにお願いして空間を開きやすくしてもらうよう頼むことができると思っているのだが、その最初の一歩で挫折していた。

 精霊と相性の悪い魔力の質をしているクルミは何度試しても空間を開くことができなかった。



 ヴァイトによると、空間を開いた者の数だけ空間の部屋が存在し、時の精霊リディアはその部屋を管理している。

 空間は作った本人にしか開くことができないため、亡くなった者の空間には誰も入ることができない。


 そんな誰も使えなくなった空間を消すこともリディアの役目だというのだが、クルミは戻ってくることを考えて前世で空間の部屋を残すように頼んでいた。


 リディアがその通りに空間を消さずにいてくれているならば、クルミは前世で残した遺産を手にすることができる。

 残した空間の中には、前世で溜め込んだ研究資料や魔法具やその材料が入っている。今クルミが喉から手が出るほど欲しい魔石が大量にあるはずなのだ。


 なので、是が非でも空間を開きたい。開きたいのだが……。



「あーもう! なんで開かないのよ!」



 文句を言ったところでどうにもならないのだが、この憤りをどこに持っていけばいいのか分からない。



「くそぅ、なんとかして開かないと……」



 どうしたら開けるだろうかと色々と悩みに悩んだが、結局実践あるのみだった。


 暇があれば幾度も幾度も挑戦していると、ある時何事もなかったかのようにすんなりと空間への道は開いた。

 どうせ今日も駄目なんだろうななどと思いながらやけくそ気味だったクルミは呆気に取られた。

 そしてすぐに理解すると、喜びを通り越して地に手を突いて涙した。



「やっと……やっと開いた……」



 何度自分の魔力の質を恨み心が折れそうになったことか。

 多くても精霊には好かれない魔力をこれほど役立たずと思ったことはなかった。

 日に日に増す、おばあさんや村人からの期待の眼差しが痛くて仕方がなかったのだ。

 だが、そんな視線にいたたまれなくなるのは今日で終わる。

 空間が開いたのだから。



 ぽっかりと開いたその空間の穴の中に、クルミは躊躇わずに飛び込んだ。


 そこは何もない真っ白な世界だった。

 まあ、クルミになってからこれが空間を開いた初めてなのだから当然ではある。

 魔力量によって大きさが決まる、クルミの空間はとても広かった。

 クルミ以外誰も何もない空間に向かってクルミは大声で呼びかけた。



「リディアー!!」



 声が反響することなくどこかへ消えていくのを感じながら、しばらくその場に留まった。

 目的の者が現れるのを信じて。


 少しすると、何もなかったそのにふわりと現れた人。

 長い純白の髪に金色の目をした優しげで美しい女性が浮かんでいた。

 その背には四枚の羽がある。

 クルミを見て胡乱げな眼差しで見つめてくる女性に、クルミはにこやかな笑みを浮かべて近付いた。



「リディア、久しぶり」


『……あなた、誰?』



 頭の中に直接語りかけてくるような声が響く。

 警戒心を露わにしている彼女がこの空間を管理する時と空間の精霊リディアである。

 クルミにとっては昔馴染みに久しぶりに会った感覚なのだが、前世とでは姿も変わったクルミを見て警戒するのは当然だった。

 なんと説明したものか……。



「えーと、覚えてない? 昔にヴァイトと一緒にここに来たことあるでしょう? 生まれ変わって来たの」



 こてんと首を傾げるリディアからは若干向けられる感情が軟化したようだ。

 ヴァイトの名を出したのが良かったのだろうが、まだ記憶を辿っているのか沈黙が落ちる。

 そして少しすると、クルミを見て目を大きく見開いたかと思うと、クルミを指差して驚く。



『あなたまさか、賢者!?』



 その呼び名に、クルミはガクッと崩れ落ちそうになる。



「賢者って……また懐かしい呼び名をよく覚えてたわね」



 賢者というのはヴァイトが前世のクルミに付けたあだ名だ。

 段々と人が増え大きくなっていく国の資金繰りに困っていた時、相談されたクルミが解決策を提示たことで「お前は天才だ」となり、何故かそこから「お前は賢いから賢者だな」などと冗談と茶化すために言っていたのがクルミの意に反して定着。

 ヴァイトだけでなく、他の者達まで言い始めたのだ。


 まあ、リディアのような精霊はヴァイトが言っていたからそう呼ぶようにしただけで他意はなかったが、他の者達はヴァイトに目を掛けられているクルミに対する嫌味で言っていたのが見え見えだった。



『本当に、あの賢者なの?』



「その賢者です」



 自分で賢者などというのはこっぱずかしいが、リディアに伝わるようにするためには肯定するしかない。



『信じられないわ。懐かしい』



 リディアからは先程までの警戒は感じられなくなった。

 代わりに、嬉しそうに表情を柔らかくさせる。



『あなたが帰ってくるなんて。あんな別れ方だったんだもの、私だって驚いたのよ』


「その節はご迷惑をおかけしました」


『あなたが死んだ後、ヴァイトったら荒れてヤダカインに怒鳴り込みに行ったりで大変だったらしいわよ。私はここから出られないから他の精霊から伝えられただけだけど』


「どこまで知ってるの?」


『ほぼ全て知ってると思うわよ。あなたが精霊殺しの魔法を作り出した弟子と揉めたあげくに、殺されたんでしょう?』


「あはは……。さすが精霊はなんでも知ってるわね。っというか、精霊殺しの魔法って何?」


『あなたの弟子が作り出した魔法のことを精霊殺しと私達は呼んでいるのよ。精霊を殺してしまう魔法。そのままでしょう』


「確かに」



 クルミは苦笑を浮かべる。


 前世、クルミは若いながらにその才能から弟子がたくさんいた。

 その内の一人が決して手を出してはいけないところまで手を伸ばしてしまったのだ。

 魔女の使う魔法は、世界に干渉し己の魔力をエネルギーに発動させる。

 どれだけの魔法が使えるかは、使用者の魔力量で変わってくる。

 それを弟子の一人が魔法陣に手を加え、より大きな魔法を使うべく、世界から強制的にエネルギーを徴収して使用する魔法を作り出したのだ。


 より大きな魔法を使うことができたが、その反面、周囲から魔力という魔力を吸い取ってしまう。

 精霊の力すら強制的に使ってしまうその魔法を危険視したクルミは、即座に使用を禁止させた。


 この魔法は世界にとってよくないものだと判断したからだ。


 しかし、それに不満を持った弟子は、あろうことか自分の方が優れている。クルミさえいなければ自分が一番の魔女だと恨み、最終的には邪魔となるクルミを殺した。


 クルミは弟子の不穏な気配に気付いていたが、どうしたらいいか分からなかった。

 クルミが気付いた時には話し合いで解決する段階をとうに超えていたのだ。


 その時に、殺されることよりもこれまでの研究が無駄になることを心配してしまったクルミは、根っからの研究者気質だった。

 大慌てで来世へと記憶を残す魔法を作り出した後は、ヴァイトに何か言うことも忘れて、リディアに空間の保管を頼んだ。

 そして、その直後に殺されてしまったのだ。



「ヴァイトには悪いことをしたなぁ」


『しばらく落ち込んでいたわよ。時が経っても、たまに思い出したようにあなたの話をしていたもの』



 ますます申し訳なくなる。

 しかし、ヴァイトには、たとえ周りを気遣う余裕があったとしても相談はしなかっただろう。

 ヴァイトは竜王国の王様で、クルミはヤダカインの女王だった。

 気軽に助けを求めるには互いに責任ある立場になりすぎた。

 しかもクルミには、助けを求めてヴァイトの所に行っておきながら竜王国を捨ててヤダカインに逃げたという負い目もあった。



「ヴァイトは私が死んだことを知った後どうしたの?」


『大変だったわよ。あなたを殺した弟子を八つ裂きにしてやるって息巻いていたけど、あなたは竜王国国王であり、ヤダカインとは関係ないって言われて追い返されたみたい。それで、その後にはあなたを殺した弟子が次の女王になったらしいわね。それ以降、他国も精霊を殺してしまう魔法を使うヤダカインとは段々と交流を持たなくなっていって鎖国状態になっていったわ』


「そう」



 クルミが返したのはその一言だけだった。



『それだけ? もっと質問攻めされると思ったわ』


「昔の話だしね。もう弟子もいないし、ヴァイトもいないんじゃ何かしようもないもの。数千年も経ってるんじゃあねぇ……。ただ、その精霊殺しの魔法がどうなったかだけは気になるかな」


『大丈夫よ。少し前に精霊殺しはヤダカインから排除されたから』



 精霊の少し前がどれだけ前か分かったものじゃないが、解決されたなら問題ないのだろう。

 今のヤダカインがどうなったかは、実際にヤダカインに行って確かめるしかない。

 できることなら、そこで暮らす人々が幸せであることを願うばかりだ。



「本題に入るんだけど、前世で私が頼んでいたこと覚えてる?」


『ええ、覚えているわよ』



 パチンとリディアが指を鳴らすと、今まで何もなかったその場は、たくさんの物に溢れかえった。

 どれもこれも見覚えのある前世で残していったものだ。



『約束通りあなたの空間は消さずに残していたから、この空間と繋げたわ』


「ありがとう!」



 ものを手に取り確認しながら、その中にたくさんの魔石があるのを見つけたクルミのテンションは一気に上がる。

 これで、当分魔石に困ることはない。



『戻ってくるから空間を消さずに残しておいてくれだなんて、あの非常識の塊のヴァイトですら言わなかったことを忘れたりしないわ』


「私もまさか本当に術が成功するとは思わなかったんだけどね。しかも、生まれ変わったのがこことは違う世界だったからなお驚いたわよ」


『どうりで、それほど成長した姿になるまで接触がなかったわけね』


「話したいことはたくさんあるけど、そろそろ戻るわ」


『その方が良いわね。ここに人が居続けるのは危険だから』



 この空間の中にあまり長くいると、人は廃人になったり強い影響を及ぼすのだ。

 ヴァイトはリディアと契約していたので、ちょくちょく遊びに来ていたようだが、契約をしていないクルミが長居をするのは危険だった。



「ちなみにだけど、リディアは私と契約する気はある?」



 契約とは、簡単に言えば精霊が気に入った相手に力を貸したり加護を与えたりすることだ。

 リディアは以前にヴァイトと契約をしていた。

 ヴァイトがいない今、もし良かったらと思ったのだが……。



『申し訳ないけどお断りするわ。今契約している人がいるの』


「そうなの、それは良かったわね」



 リディアはこの空間の管理者。他の精霊のように外に出ることはできない。

 そのことでヴァイトはリディアが一人で寂しがることをいつも気にしていた。

 だからもし契約者がいないなら、契約して話し相手ぐらいにはなれるかと思ったのだが、すでにリディアの孤独を癒してくれる人がいるならクルミの出る幕はないと、クルミは素直に引いた。



「その契約者って、もしかして男じゃないわよね?」


『女性よ』


「それは残念ね。男だったらヴァイトが焼きもち焼いたでしょうに」



 そう言うと、リディアは小さく笑った。



「まあ、たまに昔話がしたくなったら私を呼んで。暇潰しぐらいにはなれるから」


『ありがとう』



 そうして作った入口から帰ろうとした時思い出した。



「そうだ。できれば空間をいつでも開けるようにして欲しいの。ここを開くのにかなり苦労したんだから」


『生まれ変わっても精霊との相性の悪さは変わらないようね。いいわ。懐かしい再会を祝して特別サービスよ』



 リディアはクルミの額に、トンっと人差し指で軽く触れるように突いた。



『これで祝福を与えたから、いつでも空間が開けるわ』


「助かるわ、ありがとう」



 精霊の祝福は契約とは違い、複数の人にでも与えられる。

 力を与え、その精霊の力が使いやすくする効果があるのだ。

 これまで相性が悪くて空間を開けずにいたが、リディアの力を分け与えられたことで空間を開くのに苦労することがなくなる。


 空間を開くのに苦労しているクルミを見かねてヴァイトが頼んでくれたことで、前世でもクルミに祝福してくれていたので、リディアも今のクルミに祝福することに忌避感がなかったのだろう。


 すんなりと祝福を得られて良かったとほっとする。



「じゃあ、またね」


『ええ、また話しましょう』



 リディアと別れを告げてから、クルミは空間を後にした。

 これで魔法具が作りたい放題だとニンマリとしながら。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ