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5話 精霊魔法と魔術





 その日は早めに畑仕事を終わらせると、森へ野草を採りに行くことにした。

 一人で行ってくると告げるクルミに、おばあさんは心配そうにしながら何度も誰かを一緒に連れて行くべきだと助言してくれる。

 しかし、やりたいことがあったクルミはそれを固辞した。



「本当に大丈夫なの、クルミちゃん?」


「大丈夫ですよ。そんな遠くまでは行きませんから」


「でもねぇ。森には魔獣が出るから心配だわ」


「逃げ足の速さだけには自信があるので心配しないで下さい。危ないと思ったらすぐに帰ってきますから」


「そう? 本当に気を付けてね」



 クルミが折れないと分かると、おばあさんは渋々送り出すことに決めたようだ。



「はい。いってきます」


「ええ、いってらっしゃい。暗くなる前に帰ってくるのよ」


「はーい」



 心配そうにするおばあさんに手を振って、クルミは村を出た先に広がる森の中へ分け入った。

 前世の記憶と村のおば様達に教えてもらった知識を総動員して、食べられる野草やきのこを摘んでいく。

 その後の予定のために、身体強化して森の比較的入り口の方でちょこまか動き回ると、あっという間に集まった。

 若干食べられるか不安なものも混ざっていたが、まあ、後でおばあさんに選別してもらえばいいだろうと、籠がいっぱいになったところで採取を止める。


 そして、森の中の人のいなくて平らな場所を探すと、邪魔な落ち葉などをどけて、次に枝を探し始めた。

 ほどよく長くて細く片手で持ちやすい、地面に後が残せそうなほどの固さを持つ枝を見つける。



「うん。これなら地面にも字が書けそう」



 野草でいっぱいの籠を邪魔にならないところに置くと、クルミは見つけた枝で地面に文字を書き始めた。


 日本語でもない。そして、この国の文字でもない。まるで紋様のような文字を躊躇いなく書いていく。

 それはまるで絵を描いているかのように見えるほど、よく分からない文字の羅列だった。

 ただお絵かきをしているだけのように見えるが、描きながらクルミは魔力を流していた。


 その顔は真剣そのもので、途中何度か何かを思い出すように唸りながら手を止めたりもしたが、それ以外で手が止まることはなく、ひたすら手を動かし続けた。


 小一時間は没頭していただろうか。


 最後の一文字を書いて、やっとクルミは手を止めた。



「よし。魔法陣の完成っと。随分経ったけど、記憶の継承がちゃんとできてて良かった」



 前世で行った最後の魔術。


 それは前世のクルミの記憶を来世へと引き継ぐものだった。

 今ある知識をなくしたくない。もっと研究を続けたい。そう願っていたクルミが生み出した魔術だ。


 記憶が残るかはかなりの賭けだったが、こうして魔法陣を難なく描けるほどきちんと記憶は継承されていることに、クルミは満足げだった。



「やっぱり死ぬ前に記憶の継承の研究をしてて良かったわ。あの時の私、グッジョブ。前世では天才とまで言われたこの私の知識が失われるのは世界の損失だものね」



 足下に描かれた魔法陣を見て得意げにそう言ってのけた。

 年老いていたならまだしも、当時まだ若かったクルミがそんな死んだ後のことを考えて記憶を残す魔術を研究していたのは、身の危険をなんとなく感じていたからだった。

 クルミは自身が殺されるかもしれないことをなんとなく察していたのだ。


 それなら、旧知である竜王国の国王ヴァイトに助けを求めれば良かったのだが、それよりもこれまで培った知識が失われることを恐れて、そんな魔術を生み出すことに残りの時間を費やした前世のクルミは、変わった人物だったのか、殺されると気付いて動揺していたのか。


 とりあえず、やるべきことは別のことだったのは間違いない。

 だが、まあ、おかげで魔術の記憶があり、この世界でも魔術を使うことができる。


 クルミは地面に描かれた魔法陣に手を乗せ、魔力を流す。

 すると、魔方陣が輝き、魔法陣の上に炎が燃え上がった。

 手を離して魔力を流すことを止めると、炎はすぐに消えてなくなった。



「よしよし、ちゃんと発動できるわね。精霊魔法ができればこんな面倒な方法取らなくていいのに、ほんと面倒臭いったらありゃしない」



 まあ、その面倒な過程の研究がクルミは好きだったりするのだが。

 精霊魔法と魔術の違い。

 この世界で魔力のない者の火の付け方は、火打ち石を使うか棒をこすって火種を作るか原始的な方法が一般的だ。


 けれどそれらの行程をすっ飛ばして精霊に願い、火を作り出すのが精霊魔法。


 一見すると精霊魔法はとても簡単ではあるが、これには難点がある。使う者の魔力の質によって成功率と火の強さが変わってしまうのだ。

 クルミのように精霊に好まれない魔力だと、魔法の成功率がぐんと下がる上、大きく強い魔法は使えない。

 精霊の好む魔力かそうでないかが大きく魔法の力に関わってしまう。

 それだと、いくら魔力量が多くても意味をなさない。



 魔術は、そんな精霊から好かれない魔力をした者が精霊の力を借りずに魔法を使えるようにと作り出されたもので、それを使う者は魔女と言われた。


 魔術には人を呪う方法もあったことから時には呪術とも言われたが、人を呪うには色々と面倒かつ難しいのでする者などいないのだが、できるというだけで人からは嫌悪されるらしい。


 人々から異端扱いされた魔術は、精霊を介さず直接世界に干渉し、己の魔力をエネルギーとして魔法を行使するのだ。

 世界に干渉するために使うのが魔法陣というもので、魔術を使うためには絶対に必要な物である。


 言わば魔法陣とは世界に対する請願書のようなものだ。

 この魔法陣の内容により、どの魔法をどのように使うかが決まる。

 内容に不備があれば世界は力を使わせてはくれない。たった一文字でも違えば魔法陣は無意味な文字の羅列でしかない。

 お役所よりも手厳しいのである。

 だからこそ、完璧な魔法陣を作り出せるかは魔女の力量に掛かってくる。


 そして、その魔法陣を使うことに長けていたからこそ、クルミはヴァイトから目を付けられて問題ごとを押し付けられ、ヤダカインでも初代女王に担ぎ上げられ、さらには殺されるという事態になってしまった。


 短命だったというのに、よくよく考えると波瀾万丈な人生である。

 できれば今度は平々凡々であることを心の底から願いたい。



「さてと……。魔法陣はちゃんとできたから、今度はこれを魔法具にするための魔石が必要ね」



 魔石とは、魔力が集まり形となったものである。

 魔力の多い場所などで何年も掛けて塊となるのだ。

 そんな魔力が豊富な場所は世界のいくつかあるが、その場所は簡単に見つかるようなものではないので魔石を見つけるのは中々難しい。


 ヤダカインはそんな魔力が集まる特異な場所だったため、多くの良質な魔石が採れたので魔法具が作り放題だったが、あいにくとこの辺りに魔石が採れそうな場所はない。


 だが、しかし! そんな魔石の元となるのは魔力。

 なので、自然に生成されるだけでなく、魔力のある人間なら作ることは可能なのだ。

 問題は、大変魔力操作が難しい上に、大量の魔力を必要とすること。

 けれど、クルミはその二つの条件をクリアするだけの、魔力操作と魔力量を持っていた。


 この日のために、クルミはコツコツと寝る前に自身の魔力を圧縮し、一つにまとめ、魔石を作り出していた。

 一週間ほど掛けて、毎日毎日あるだけの魔力を注ぎ込んで作ったのだ。

 魔力を使い果たした後は精根尽き果てて気絶するように寝てしまうので、夜な夜なこっそりとその作業を頑張っていた。



 ポケットから取り出したのは、そんな汗と涙と努力の結晶の魔石である。

 大きさは米粒ほどしかないのがなんとも虚しいが……。 

 石と言うぐらいなので本来はもっと大きい物なのだが、魔力量の多いクルミの魔力をもってしても、一週間ではこれが限界だった。

 いかに魔石が貴重な物か分かるというものだ。


 しかし、これからクルミが作ろうとしている魔法具ならこれ位の大きさでも問題ない。



「ようし、魔法具作るぞー!」



 魔法具とは、魔法陣を媒体に刻み込むことで、いつでも刻み込んだ魔法を使えるようにできるものである。

 これならば、魔力というエネルギーさえあれば皆が皆魔力の質に左右されることなく同じ強さの火を点けることができる。

 ライターのように使う人が全員同じ強さの火を点けることができるのだ。


 クルミは魔法陣を刻む媒体としてこの魔石に火の魔法を刻み込んで、いつでも火を点けられるようにしようと思っている。

 そうすれば、一々火打ち石などで時間を掛けなくても火を点けることができる。



 魔法具には半永久的に使える物と、回数制限がある物とがある。


 半永久的に使えるのは、使用者に魔力がある場合だ。

 それだと、その人物の魔力をエネルギーにして発動できるので、魔石が壊れない限りは使い続けられる。


 回数制限があるのは魔力を持たない者が使う場合だ。

 その場合は魔石の魔力をエネルギーに発動させるので、魔石の魔力がなくなれば使えなくなる。

 半永久的と回数制限とでは、刻む魔法陣も違ってくる。

 クルミは、魔力のない老夫婦にも使えるようにしたいので、魔石をエネルギーに発動する魔法陣を刻むことにした。



 先ほど地面に描いた魔法陣の一部を書き換えると、魔法陣の中心に米粒のように小さく、一見すると硝子のような透明な魔石を置く。

 そして、魔法陣に手を乗せて魔力を流していくと、魔法陣が光り、その光が魔石へと集まっていく。

 全ての光が魔石に吸い込まれると、光が消える。

 ちゃんと刻み込めたかを確認するために、落ち葉の上にそれをぽいっと投げた。

 すると、ぽっと蝋燭のような小さな火が点いて落ち葉を燃やす。



「よし!」



 思わずガッツポーズをする。

 クルミに生まれ変わって初めて作った魔法具の完成である。

 持ってきていたペットボトルに入れた水を掛けて火を消すと、それを持って意気揚々と村へ戻った。



「戻りましたー」



 老夫婦はどんな反応を見せるだろうかとウキウキしながら家の扉を開けると、おばあさんがすぐに出迎える。



「おかえりなさい。大丈夫だった、クルミちゃん?」


「はい。ばっちりです。野草もたくさん採ってきましたよ」



 ほらっと、おばあさんに野草やきのこがたくさん入った籠を渡すと、嬉しそうに微笑んだ。



「あらあら、こんなにたくさん。助かるわ。……あ、でも、これはちょっと食べられないわね。……あらこれも」



 やはり早さを優先させたせいか食べられないものも入っていたらしい。

 おばあさんは苦笑を浮かべながら食べられるものと食べられないものを選別していく。



「すみません……」


「いいのよ。野草やきのこは見分けるのが難しいから」



 そんなフォローをされつつ選別をしながら野草やきのこの見分け方を教えてもらっていると、おじいさんが帰ってきた。



「ただいま」


「おかえりなさい」


「今日はクルミちゃんが野草をたくさん採ってきてくれましたよ、あなた」


「そりゃあ、ありがたい。この年になると足が悪くて足下の悪い森の中を歩き回るのはしんどいからね」


「今日の夕食は野草ときのこの炒め物にしましょうね」



 おばあさんが夕食の準備に取りかかろうとかまどに火を点けようとした時、クルミの出番がやって来た。



「あっ、ちょっと待ったー!」


「どうしたの?」



 突然大声を上げたクルミに老夫婦は目を見張る。



「実は試してもらいたい物があるんです」

 


 そう言ってポケットから出したのは、先ほど制作した米粒のように小さい魔石。 



「小石?」


「いや、ガラスだろ?」



 魔法はおろか、魔石を知らない老夫婦のこの反応はもっともなものだった。



「これはですね、魔法具です!」


「魔法具……」


「へぇ」



 いまいちピンときていないようだ。

 まあ、魔法とは無縁の生活をしていたなら仕方がない。



「まあ、見ていて下さい」



 クルミは魔石を持ってかまどに近付くと、かまどの燃料になっている小枝を取って、魔石をペしぺしと叩く。

 すると、魔石が光り、小枝が燃えた。

 それをかまどの中に放り入れると、他の薪にも燃え移り、火がパチパチと音を立てて燃え上がった。

 あっという間に火を点けてしまったクルミに、老夫婦は唖然としている。



「これが魔法具です!」



 ドヤ顔で胸を張るクルミ。

 老夫婦はクルミと燃えるかまどを交互に見た後、クルミが満足するほどの驚きを露わにした。



「まあまあまあ」


「こりゃおったまげた」


「こんな簡単に火が点くなんて」


「クルミちゃんは本当に魔法が使えたんだな」


「いえ、これは魔法じゃなくて、魔法具です」


「何が違うんだ?」


「魔法は魔力がないと使えないけど、魔法具は魔力がない人でも使えるんですよ!」


「それなら私達でも使えるの?」


「はい。というか、お二人に使ってもらうために作ったんです。お二人には道で拾ってもらってとても感謝してるので、何かで恩返ししたくて。でも私ができるのは魔法具を作ることぐらいなので、迷惑じゃなかったら受け取って下さい」



 本当にいい人に拾ってもらったとクルミはこの二人の老夫婦に感謝しているのだ。

 自分なら絶対にこんな不審人物と出会ったら見て見ぬふりをする自信がある。

 だからこそ、その優しさが痛いほどに身に染みる。



「まあ、そんな気を使わなくても十分クルミちゃんにはお世話になってるのに」


「そうだぞ。畑仕事を手伝ってもらってかなり助かってるんだ」


「そう言わず受け取って下さい。ほんの気持ちなので」



 有無を言わさずクルミは魔石をおばあさんの手に握らせる。



「使い方は私がさっきやったみたいに小枝で叩いたら火が点きますから。回数制限があるのが申し訳ないですが、火種程度の威力しか出ないから数年は保つと思います」


「こんな便利なもの。本当にありがとう」



 申し訳なさそうにしながらも喜んでくれているようでクルミも嬉しかった。

 自分が誰かの役に立ったと思うのは気持ちが良い。

 老夫婦は物珍しさから、何度も火を点けるのを試しては驚いたり喜んだりしていた。





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