33話 解決
一連の事件はファイウスの捕縛により一件落着となった。
利用された形となったロータスは、呪の精霊をふん捕まえて呪い返しによって受けた呪いを解かせた。
意識を取り戻したロータスは順調に回復したが、自分がファイウスにより知らず知らずのうちに皇帝に呪いをかけたと知り、ひどい衝撃を受けたようだ。
利用されたとは言え、皇帝に害をなした以上、無罰とはいかない。
何よりロータス自身が自ら死罪を望んだ。
とは言え、諸々を考慮されて死罪まではならないだろうとアスターに聞いて、クルミはほっとした。
しかし、主犯であるファイウスはそうもいかない。
どうあがいても死罪は免れないだろう。
学校でクルミが困っていると人好きのする笑みで世話を焼いてくれたあのファイウスが皇帝暗殺などという大それたことをしたなどと、判決が下った今でも信じられない。
学校でも、ファイウスが皇帝暗殺未遂で捕まったことに衝撃を受ける者達ばかりで、何かの間違いだと未だに受け入れられていない者も少なくない。
それだけ巧妙に隠された裏の顔を、クルミも気付かなかった。
中には皇帝にもう一度調べ直してくれるよう進言してくれとクルミに頼む者もいたが、クルミにはどうすることもできない。
ファイウス自身が自らの口で真実を話したのだから。それを聞き、実際に命を狙われたクルミができることなどない。するつもりもない。
人望もあったベテラン魔法師の捕縛に、しばらくは騒ぎが収まらないだろうと、クルミは学校へ行くことを控えることにした。
シオンとアスターからもその方がいいだろうと言われたので、素直に聞き入れる。
学校に行くと生徒教師問わず質問攻めにされるので、落ち着くまではクルミとしても助かる。
あんな事件があったにも関わらず、いつもと変わりない生活をしているクルミは、ある日騒がしさに研究部屋から外に出た。
すると、シオンの部屋の方で何やら揉めている声が聞こえてきたので様子を見に行く。
シオンの部屋の周りは常に護衛となる兵士がいるので平和そのものなのだが、クルミの部屋まで怒鳴り声のようなものが聞こえてくるのは珍しい。
いや、これまでなかったかもしれない。
何事だと見に行けば、そこにはシオンの他にここにいるはずのないアサリナの姿を見つけ、クルミはかなり驚いた。
どうやってここまで来たのか。
怒鳴っているのはアサリナのようで、そーっと近付けば内容が聞こえてくる。
「ファイウスを解放してちょうだい! あの人は何もしていないわ。きっと何かの間違いよ」
「間違いではありませんよ。彼は罪を犯した。罪には罰を。それは子供でも知っていることです。あなたをここまで連れてきた女官にも罰が必要なようだ」
シオンの冷めた声。シオンはチラリとアサリナの後ろにたたずむエビネを見ると、エビネはびくりと体を震わせる。
「なっ、エビネにまで何かするつもりなの!? あなたは悪魔よ! 私から何から何まですべて奪っていって、人の血は流れていないの! 母親である私を苦しめて楽しいの!?」
甲高いアサリナの悲鳴のような叫びが響き、シオンを護るようにして立つアスターや護衛の兵士も、どうしたものかと困った顔をしている。
そんな中でひどく冷静なシオンは対極にあった。
普段は浮かべている胡散臭い笑みすらない。
「さあ、あなたが僕の母親だったことなんてありましたか? 血が繋がっただけでしかないのに、母親と口にするなんて恥ずかしくないのかと驚いていますよ」
「あなたを産んだのは私よ! あなたが生きているのは私のおかげ。そんな私の願いぐらい聞いても罰は当たらないでしょう? ファイウスを解放してちょうだい!」
「できませんね。皇帝暗殺という大罪を犯した彼は死罪と決定していますから」
「そこをなんとかしてちょうだいと言っているの。皇帝であるあなたならできるでしょう!」
「なんのために?」
感情の一切ない返しにアサリナはたじろぐ。
「なんのためって、私がそう望んでいるからよ」
「くくくっ、あははははっ」
突然シオンが声を上げて笑い始めた。馬鹿馬鹿しそうに。
「な、何を笑っているのよ」
「あまりの愚かさに笑うしかないでしょう?」
笑いを収めると、シオンはひたりとアサリナを見つめる。
決して揺るがぬ強い強い眼差しで。
「あなたにそんな権限はない。価値すらない。ただ僕を生んだというその一つの功績のみで宮殿に住まうことを許された罪人であることを感謝すべきだ」
「罪人ですって? 私はなんの罪も犯していないわ!」
すると、シオンはアサリナに近付いて耳元で何かを囁いた。
見る見るうちに顔を強張らせ青ざめさせるアサリナ。
「ど、どうしてそれを……」
「知られていないとでも思ったのですか? これを公表しても良いんですよ? そうすればあなたは自由だ。ああ、ユリアーナだけはあの家に住むことを許してあげましょう。何せ同じ母を持つ妹ですから。あなたはどうぞ勝手に宮殿を出るなり国外逃亡するなり好きにしてください」
天使ではないまさに悪魔の微笑みを浮かべたシオンに、こっそり覗いていたクルミと肩に乗っていたナズナは「怖っ!」と声をそろえた。
小さな声だったにも関わらず、シオンがクルミの方に目を向けた。
すると、にっこりと手招きをされ逃げるに逃げられなくなった。
そろそろと近付くと、アサリナもクルミに気付き、シオンの元へ行くより先に縋り付いてくる。
「あなたからも頼んでちょうだい。ファイウスを助けるように。あなたもファイウスとは仲が良かったのでしょう?」
「えーっと……」
クルミは困惑した表情で、助けを求めるようにシオンとアスターを交互に見る。
シオンはにこりと笑っているが、笑っていないで早くなんとかしてくれ。
その思いが通じたのか、シオンが流れるような動作でアサリナからクルミをかっさらった。
「僕の妃を困らせるのは止めてもらえますか? あなたがなんと言おうとファイウスの刑は変わらない。あなたがそんなに騒ぐなら、さっさと刑を執行しても良いんですよ?」
キッと睨むアサリナに、シオンは先程までの笑顔を消す。
「大人しくしていてください、あの小さな箱庭で。そうすれば変わりない毎日を過ごせる。ユリアーナと共にね。けれど、そうしないならば僕にも考えがありますよ」
今までに感じたことのない気迫をシオンから感じ、クルミは内心で驚く。
「エビネと言ったかな? さっさとその女を連れ帰るんだ。これ以上僕の不興を買いたくないのならね。今なら見逃してあげるよ、この女を連れてきてしまった君共々ね」
エビネはぐっと唇を噛みしめた後、アサリナへと声をかける。これ以上は本当にアサリナの不利になると悟ったらしい。
「アサリナ様、帰りましょう」
「待って、エビネ。ファイウスはどうなるの?」
「諦めましょう。仕方がありません」
「嫌よ、嫌よ。この悪魔! 人でなし! あなたなんて生まなければ良かった!」
ズルズルと引きずられていくアサリナ声が段々と遠くなっていき、聞こえなくなった。
シオンとクルミだけ部屋へと入り、そこでようやく張り詰めていた空気が和らぐ。
「はぁ……」
深い溜息を吐くシオンに苦笑して「お疲れ」と声をかけた。
最後までシオンへの罵声を浴びせ続けたアサリナ。
母親だと何度も言っておきながら、彼女がかける言葉は母親としてはひどい言葉ばかり。
「どうしたらあそこまで子供を憎めるのかしらねぇ」
やれやれという感じで口にしたら、シオンも困ったようにくすりと笑った。
その表情はどことなく弱々しいと感じるのはクルミの気のせいだろうか。
「本当にどうしてかなぁ。僕は何かをした覚えはないのにね」
「シオン……」
思い返せば、アサリナのことを話す時、アサリナから嫌われているとは言っても、シオンがアサリナを嫌っているとは一度として耳にしていない。
「これでも昔は母親に期待していたんだ。いつか自分に優しく笑いかけてくれる、抱き締めてくれるんじゃないかって。まあ、そんな幻想すぐに諦めてしまったけど」
「シオンはそんなアサリナ様が憎く思ったりしなかったの?」
「憎くは思わなかったかな。ただ、悲しかったかもしれない。何故自分だけと。世の中には子のために命を惜しまない親だっているのに、何故自分はあんな親の元に生まれてしまったのか……。愛し子だと周囲からちやほやされていても幸せだなんて感じたことはないよ」
過去形ではないその言葉。
「それは今も? 今も幸せとは思えてないの?」
「いや、アスターもいるし、それに今はクルミもいるからね。三人でいる度に幸せだと噛みしめてるよ」
愛し子で皇帝で、なんでも手に入る地位にいるはずなのに、シオンが望んだものはもっとささやかなことだったのかもしれない。
シオンはゆっくりとクルミを腕の中に閉じ込めた。
「ちょっとだけ我慢してくれ」
まるで甘えるようにクルミに頬を寄せるシオンに、クルミは仕方なさそうにされるままになった。
腕を回して背中をトントンと叩く。慰めるように。また尊大ないつものシオンに戻るようにと願いながら。




