31話 味方か敵か
ファイウスは血走った目でクルミに掴みかかってきた。
手首に触れられた瞬間に、アスターと同じように呪いを植え付けられようとしたのを感じたが、あらかじめクルミが付けていた魔法具により呪いは弾かれた。
だが、よほど強い呪いだったのだろう。その一撃で魔法具だった指輪は粉々に砕け散ってしまう。
再びファイウスが襲いかかってきたので、クルミはとっさに別の魔法具を発動させる。
それは雷の魔法を刻んだ、スタンガンのようなものだ。
死なない程度に調整されているその魔法を受けて、ファイウスが悲鳴を上げる。
「ぎゃあぁぁぁ!」
死なないが、気絶してもおかしくないぐらいかなり痛くなるようにしてあるので、ファイウスはうずくまって痛みに耐えている。
その隙を突いて出口となる扉へ向かおうと振り返った瞬間、クルミはぎょっとして足を止めた。
扉の前に立ちはだかるようにしていたのは、ずっと探していた呪の精霊。
鮮やかな赤い瞳がクルミを楽しげに見つめている。
「こんの、今頃出てきてなんなのよ。そこをどいて!」
「嫌だと言ったら?」
不敵に笑う呪の精霊に、苛立ちが募る。
すると、痛みに顔を歪めるファイウスが叫んだ。
「呪の精霊、そいつを殺せぇ!」
喉から血を噴くような叫びを前にして、呪の精霊はくつりと笑った。
クルミはファイウスと呪の精霊を交互に見てから目をつり上げる。
「二人は知り合いなの!? ってことはやっぱり今回の問題にあなた関係あったんじゃない。何したのよ!?」
「人聞きが悪いな。俺はただ教えてやっただけだ。人を呪うその方法を」
「十分関わってんじゃないのよ!」
「何を言ってる。それをどう使うかはその者の心次第。現に、お前にだって人を呪う術をたくさん教えてやったが、お前はそれで誰かを殺したことはなかっただろう? それこそ、殺されることになっても、呪い殺そうとはしなかった」
「それは、そうだけど……」
クルミの持つ呪いに関する知識の多くは呪の精霊から教えられたものだ。
アスターの呪いを解呪した方法も、呪の精霊から与えられた。
おかげで無駄に呪いの知識を持ってしまったが、クルミがそれで誰かを呪ったことはなかった。
それがたとえ身を守るためだとしても、人は殺さなかった。
前世で殺されることを知っていても、弟子を呪うことができたのに、クルミは人を殺すより自分の死を受け入れた。
使うかどうかはその者次第。呪の精霊の言う通りだ。だが、ここで頷くのはなんだかしゃくに障る。
「そもそも教えなきゃいいでしょうが! なんでこんなヤバい思考回路をしてる奴に教えるのよ。悪用するに決まってるじゃない!」
「だって、面白そうだったから」
悪気もなくしれっと答える。
「くっ……」
クルミは怒りでふるふる震えた。
そうだ、こういう奴なのだ、呪の精霊とは。知っていたではないか。
「何を無駄話をしているんだ、さっさと殺せ!」
やっと痛みから回復したのか、よろけながら立ち上がったファイウス。
前には呪の精霊が立ち塞がり、分が悪いことを悟る。
さすがのクルミでも、呪の精霊を相手に勝つことはできない。
どうにかこの場から逃げることはできないかと内心焦るクルミをよそに、ファイウスが再び吠えた。
「殺せ、殺せ! 私とアサリナを邪魔する者は皆殺せ!」
「うるさい、お前」
呪の精霊は、まるで邪魔なコバエを追い払うように手を振り払うと、ファイウスの体が突然びくりと跳ね、そのまま床に崩れ落ちると白目を剥きながら全身を痙攣させた。
「ちょ、ちょっと何したのよぉぉ!?」
「俺とお前の久しぶりの逢瀬を邪魔するから黙らせただけだ」
「何、当然みたいな顔してんのよ! 早く止めなさい!」
クルミは呪の精霊であることも忘れて胸ぐらを掴んで揺さぶった。
そんな荒っぽい扱いをされたにも関わらず、呪の精霊は至極楽しそうに口角を上げた。
「名前」
「は?」
「俺の名前を呼べ。そしたら考えてやる」
遠い昔、クルミにのみ呼ぶことを許した呪の精霊の名前。
「…………」
クルミは首をかしげ、上を向いて下を向いて、それから沈黙が落ちた。
「まさか忘れたわけではないよな?」
先程まで楽しげに笑っていた呪の精霊の目が笑っていない。
「……なんだっけ?」
「おい」
不機嫌そうにすごまれるが、忘れてしまったのは仕方がない。
「そんな大昔のこと覚えてられないわよ。いったい何年前だと思ってるのよ。精霊と違って人間は寿命が短いんだから」
逆ギレ気味にそう言い返せば、呪の精霊はクルミの腰に腕を回し引き寄せた。
「いい度胸だ。やはり俺のお気に入りなだけある」
そうして、まるで愛を囁くようにクルミの耳に口を寄せる。
「忘れるな。俺の名は……」
その時、けたたましい音を立てて扉が開いた。
「主はん、大丈夫でっか!? 助け呼んできたで」
ナズナの言葉と共にたくさんの兵士が雪崩れ込んできた。
「あっ、ナズナ」
そういえばいつの間にか姿が見えなかったと、今さら気付く。
どうやらクルミの危機を感じて兵士を呼んできてくれたようだ。なんと気の利く使い魔だろうか。
後で何かご褒美をあげなくては。
助かったと気を抜いたその時、背筋が凍るような低い声が耳に入ってくる。
「何をしてるんだい?」
兵士に続いて入ってきたのはシオンとアスター。
シオンはひどく冷たい眼差しでクルミを……、いや、正確にはクルミと呪の精霊を見ている。
「何を抱き合っているのかな?」
にっこりと顔は笑いながらも目はまったく笑っていない。
その時になって、ようやく自分が呪の精霊に、抱き締められているような形になっていると気付き、呪の精霊を押して距離を取った。
「僕という旦那がいながら浮気かい? これはお仕置きが必要かな?」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。こいつが探してた呪の精霊よ!」
すると、シオンは目を丸くした。
「彼が?」
「そうよ。こいつがファイウスさんに呪いの知識を与えて引っ掻き回してくれたのよ」
「心外だな。俺はせっかく戻ってきたお前のために、楽しい舞台を用意しただけだ」
「楽しいのはあなただけでしょ。私は全然楽しくないわ!」
クルミがぎゃあぎゃあ騒いでいる間に、ファイウスが兵士に捕らえられている。
未だ白目で気を失っているようだが、呪の精霊はファイウスから手を引いた様子。
だらりとしたファイウスの首に魔力を封じる首輪の形をした魔法具が取り付けられた。
これで彼自身が魔法も呪術も使うことができなくなる。だが、魔石を持っていたら魔法が発動できるので、身体検査を念入りにするようにと付け加えておいた。




