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4話 村での生活





 ガタガタと揺れる馬車の荷台に乗ってしばらくすると、老夫婦が暮らす村の入り口が見えてきた。

 なんとか日が暮れる前に着いて安堵したのはクルミだけではなかった。



「ふう、やっと着いたな。この年になると隣村まで行って帰って来るだけで大変だわい」


「日が暮れる前に帰って来られてよかったですね、あなた」 


「本当にな。まあ、ここは大きな町からも離れている辺鄙なところだから夜盗に襲われることはないが、魔獣が出るからな」



 クルミは幸いなことに出会わなかったが、やはりこの辺りは魔獣が出るらしい。

 運がよかったということだろう。ほっとする。

 さらには老夫婦に拾われてしばらく困らない暮らしも手にした。

 この世界に来てから、運が良くなってきた気がする。



「クルミちゃん、このまま村長の家に向かってもいいかい? 一応クルミちゃんが少しの間暮らすことを伝えておきたいからね」



 おじいさんの問い掛けにクルミは頷いた。



「はい、大丈夫です。私もお世話になるのなら挨拶しておきたいですから」


「よし、じゃあ行こうか」



 おじいさんの一声で、馬車は村の中に入っていった。


 そこは想像していた以上に小さな村で、木造の家屋が点々としている。

 かなり薄暗くなってきたが、煌々と明かりが灯る家は見られず、聞くところによると明かりは蝋燭を灯すだけのようだ。

 これが、魔法の得意な種族だと光の魔法を使って夜でも明るさに困らなかったりするのだが、この村で魔法を使える者はいないそうな。


 まあ、元々人間は魔法を使える者が他の種族に比べて少ないので仕方がない。

 魔法の発達したこの世界では、地球のように科学も発達しなかったのだろう。

 前世から数千年経っても未だに蝋燭の明かりとは思わなかった。魔法を使う者の少ない人間の国なら科学のような別のものが代わりに発展しそうなものなのだが、魔法の存在が足枷となっているのかもしれない。


 これまで電気の明かりに慣れたクルミには、この村の灯りでは暗すぎると感じてしまう。

 井戸の存在も確認したので、水道も通っていないようだ。

 きっと他にも、これまでの便利だった生活との違いはたくさんあるだろう。

 慣れるまでは生活レベルの違いにしばらく苦労しそうだなと思った。


 けれど、悲観はしていなかった。


 ないのなら作ればいいのだから。



「んふふ、腕が鳴るわ」



 クルミは静かに闘志を燃やしていた。



 その後、村長への挨拶を終えると老夫婦の家へとやって来た。

 老夫婦の子供ぐらいの年齢の中年の村長とその家族は、老夫婦と同じ人の良さそうな笑みで、よそ者のクルミを歓迎してくれた。

 あまりに人が良すぎた人達ばかりで、悪い奴らに騙されないか心配になるほどだ。



「今日からよろしくお願いします」



 これからお世話になるので、改めて挨拶をして深々と頭を下げると、老夫婦はそれぞれ温かい言葉を掛けてくれる。



「こちらこそよろしくね」


「クルミちゃんが来てくれて家が華やかになったみたいだよ。自分の家だと思ってゆっくりしてくれ」


「はい!」


「じゃあ、早速夕ご飯の用意をしましょうかしらね。たいしたものはできないけれど」


「お手伝いします」


「ありがとう。ふふふっ、娘が帰ってきたようで嬉しいわ」



 ガスもコンロもない昔ながらのキッチンに驚きながらも、昔はこうだったなと古い記憶を思い起こす。

 だが、いかに便利に自堕落に過ごせるかを追求するが故、魔法具を惜しみなく使っていた分、まだクルミの前世の時の方が使い勝手が良かった気がする。


 まあ、そこはこれからのクルミの腕の見せ所だ。

 だが、クルミは人前で魔法や魔法具を使うことへの警戒もあった。

 それというのも、この世界では精霊魔法が一般的であり、宗教的な面でも精霊を信仰している国がほとんどだ。

 そんな中で、精霊を介して魔法を使わない魔女の使う魔術は邪法とされ、迫害される要因となってしまった。



 居場所を求めて渡り歩き、辿り着いたのが竜王国。


 しかし、そこでも、魔女は良く思われず安住の地とは言い切れなくなり、無人の島でヤダカインという国を作ることになったのだ。


 まあ、竜王国の場合は、魔女だからというよりヴァイトの贔屓による嫉妬が問題だった気がするが……。


 そんな中で特に魔女への迫害が酷かったのが人間の国だった。

 今は魔女への感情が変化したのかしていないのか分からない。

 だが、この夫婦に魔女のことを聞いても首を傾げていたので、魔女という存在を知らないことは分かった。


 それはここが情報が入ってこない小さな村だから魔女を知らないのか、帝都でもそうなのかは分からない。


 そもそも数千年経っているのだから知らないという可能性は捨てきれない。

 なので、気を付けるに越したことはないのだが、クルミは親切なこの夫婦のために何かを返したいと思った。

 けれど、魔法具なんてものを作って怖がられ、迫害された前世の二の舞にはなりたくない。


 人は分からないものを恐れる。

 それは今世での両親でも証明されている。


 とりあえずは様子を見て、この村の人達にどれ位の魔法の知識があるのか調査しつつ、魔女の使う魔術への忌避感がないのなら、少し生活に役立つ魔法具を作ってもいいかなと決めた。


 こうして、帝国のとある村で親切な老夫婦に居候させてもらうことになったクルミは、しばらくこの村で数千年の時を経た世界のことを知ることから始めることにしたのだった。


***


 村での朝はとても早く、日の出と共に始まる。


 毎度起こしてもらわなければ目が覚めないのは申し訳なかったが、あまりの起床の早さに目が開かないのだ。

 老夫婦の娘が使っていた部屋を使わせてもらっているクルミは、毎朝寝ぼけ眼で起きる。


 朝食の支度から始まり、食事を終えると老夫婦の畑仕事を手伝う。

 魔法を使える者がいないので、水を与えるにも井戸から水を汲んできて畑に蒔くのでそれほど大きな畑ではないのに中々に重労働な作業だった。

 これを年老いた夫婦がしていたのかと思うと驚きだ。



「ふう」



 夫婦の代わりに水やりを終えたクルミは額の汗を拭う。



「クルミちゃん、ご苦労さま。疲れたでしょう。少し休憩にしましょうか」



 おばあさんがそう言ってくれたが、クルミは断る。



「いえいえ、まだ大丈夫ですよ。薪も割っておきますね」


「あらあら、クルミちゃんは働き者ね」



 ニコニコ微笑むおばあさんに手を振って、今度は斧を持って裏庭に向かう。



「せいやー!」



 気合いを入れて斧を振り下ろせば、ガコンっと音を立てて丸太が半分に割れる。

 ドンドン小さくしていき、薪を使いやすい大きさにする。

 あまりのクルミの働きっぷりに老夫婦だけでなく、村の人達も驚いていたが、なんてことはない。ただ少し肉体強化しているだけなのだ。


 けれど、魔法とは無縁の村の人達がそれに気付くことはなく、クルミはいつの間にか尊敬の眼差しで見られるようになった。

 若い男性からも熱い眼差しで見られるのだが、どうやら男顔負けの働きをするクルミに惚れたらしい。

 けれどそれは色恋はまったく関係のない、男が強い男に惚れるような意味合いである。

 最初はモテ期到来かと喜んだのに恥ずかしい。



 一週間分はありそうなほどの薪を割り終えたクルミは、それを納屋へ収めて今日の仕事は終了だ。

 おばあさんの手作りの昼食を食べて村の中をブラブラする。

 けれどこれは別に暇で遊んでいるわけではない。

 村を歩き回っていると色んな所から声が掛かるのでそれを待っているのだ。



「クルミちゃん、こっちに寄っていってよ」



 そう声を掛けてきたのは、この村で一番のお喋りな村長の奥さんで、彼女を筆頭にした数人の主婦が井戸端会議をしていた。

 最初はよそ者のクルミを遠巻きにしていた村人も、元々の気性が優しいのか、生活に不自由はないかと、それはもうクルミに気を使ってくれる。

 そのお礼で老夫婦の仕事を終えた後に村の手伝いを率先してしていくことで、さらに仲良くなった。

 本当にいい人達に出会えたと、地球の生活で荒んだ心が浄化されるようだった。



 何気ない世間話に加わって、クルミは主婦達から情報を収集する。


 初めはこの村での生活の仕方。食事はどうしてるか、お金の稼ぎ方から貨幣の種類。


 この国で生活していれば当然分かるような常識までも聞くので、何故そんなことまで聞くのかと不思議がられたが、クルミは竜王国から少し離れた小さな国のど田舎からやって来た世間知らずの旅人という設定でなんとか押し通した。

 少し苦しかったが、根がいい人達なのか素直に納得してくれた。


 家事育児と生きていく上で必要な情報に精通しているであろう主婦達を散々質問攻めにして、この辺りの基本的な情報はだいぶ入手できた。

 だが、やはり帝都からも離れているこの小さな村では、生活に関する情報を得る位が限界のようだった。


 あまり識字率も高くなく、日本のように義務教育もないので、文字を書いたり計算したりができないのは極々普通のことのようだ。

 そんな人達に歴史や他国の文化について聞いてもクルミの欲しい情報が手に入るはずもなく、ネットもないので彼女達の最新の情報は帝都では数ヶ月前の話、酷い時には数年前ということもざらにあるらしい。

 新聞の配達があるわけでもなく、行商や町へ行った人から人伝に情報が流れてくるのを待つだけなので、そんなタイムラグがあるのだろう。

 これはもう帝都かもう少し大きな町に行ってから自分で聞き回るしかないかと諦めた。



 そんな時ばかりは、精霊魔法が使えればと思ってしまう。


 風の精霊の力を使えば、遠くの情報を手に入れたりもできるのだ。

 ヴァイトはよくそうして遠い国の情報を仕入れていたが、残念ながらクルミは前世も含めてできない。


 一応この前試してみたが、やはり無理だった。

 まあ、想定内のことなので問題はない。恨めしい気持ちはあるが。


 だいたいの生活のことが分かると、次に気になったのは魔法に関することだ。

 多種族国家である竜王国と違い、帝国は人間が多い国のようなので、恐らく魔法を使える者は少ないと思っている。

 なので、どこまで魔法を見せてもいいかはクルミが一番気になることだった。

 もうすでに一時間は軽く喋っている奥さん達の話をそれとなく断ち切り質問してみる。



「ちなみになんですが、皆さん魔法についてはどれ位知っています?」


「魔法? そんなの使えないのに知るわけないじゃないか。使えたらこんな村になんかいないわよ」



 村長の奥さんは、あはははっと豪快に笑ってクルミの背中をバンバンと叩いた。



「魔法が使えたら帝都で王宮に勤めることも夢じゃないものね」


「そうそう。まあ、大きな町とかならたまに魔法が使える人もいるけれど、そんな人は貴族に仕えていたり大きな商会に勧誘されたりして職には困らないらしいわよ。本当に羨ましいわよね」


「子供の頃は精霊が見えないかとワクワクしたものだけど、そんなの見たことないわよね。どんな姿してるのかしら」



 なるほど。やはり人間で魔法が使える者は数千年前と変わらず少ないらしい。



「亜人だと魔法を使える人はたくさんいるらしいけどね。竜王国や獣王国じゃ生活するのに魔法は当たり前らしいよ」


「夢のようだね。魔法が使えたら生活も楽になるのにね」


「ほんとにねぇ。私らは火をおこすのにも一苦労だってのに」


「私も亜人に産まれたかったよ」



 亜人とは人間以外の種族を総じて言う者達だ。

 竜族なんかも亜人の中に含まれる。

 見た目は普通の人間と変わらないが、竜の姿に変化することもできるのだ。

 そんな二つの姿を持つ者達を亜人と言う。

 獣と人間の姿が混ざった獣人なども亜人と一緒くたにされたりする。


 その昔、亜人は人間によって奴隷にされたりしていた。

 そんな者達が竜王国に集まってきて、全ての人をヴァイトは受け入れていたが、今はどうなのだろうかと疑問が湧いた。

 未だに酷い奴隷狩りが行われているのだろうか?

 女性達の話を聞いている限りでは、亜人への差別や嫌悪は感じられなかったので、帝国では亜人への差別はなさそうに思える。

 それもあくまでクルミの予想だ。



「亜人は未だに奴隷にされたりしているんですか?」


「そういう国もあるようだね。けど四大大国である、霊王国、獣王国、竜王国、そしてこの帝国では、四カ国の間で取り決めた条約により禁止されているよ。でも、噂によると奴隷商人が紛れ込んでいて裏で亜人や人間問わずに人身売買をしてるって話だけどね」


「帝国は広いから目が行き届かないんじゃないかい?」


「なるほど……」


「クルミちゃんも帝都に行くなら気を付けるんだよ。クルミちゃんみたいな美人さんで黒目黒髪の珍しい色をした子は狙われやすいから」



 美人さんという言葉に頬がにやけそうになるが、今彼女はかなり大事なことを言っている。


 この世界を日本のように思っていてはいけない。

 治安の悪さは比べものにならないのだ。


 そして、クルミの持つ色。

 黒目黒髪という極々一般的な日本人の色だが、この世界では珍しい部類に入る。


 井戸端会議をしている奥さん達は、茶色や赤茶色、目の色も鮮やかな色をしていたりするが、この世界ではそれが一般的な色だった。

 一見地味に見える黒目黒髪は逆に目立つのだ。



「そうですね、気を付けるようにします」


「そうしな。まあ、このままこの村にいてくれてもいいんだよ。クルミちゃんは働き者だから、息子のお嫁さんになってくれるなら大歓迎だ」


「何言ってるのよ、あなたのところの子供はまだ十歳じゃないの」


「ちょうどいいじゃないかい。ちょっと年上ぐらいでクルミちゃんもあまり変わらないでしょう?」


「……私、十八歳です」



 その場に沈黙が流れる。



「……あら、いやだ。若く見えるからてっきりまだ十三、四歳ぐらいだと」


「私の国の人は若く見られやすいので……」


「まあ、老けてみられるより良いじゃないか」


「そうそう、可愛い時間が長く続くってことだからね」



 奥さん達がフォローするが、地味に落ち込む。

 しかし、気を取り直して、脱線していた話を戻す。



「皆さんは、もし魔法が使える人がいたらどう思いますか?」


「うーん、会ったことがないから分からないけど、羨ましい限りだね」


「魔法が使えたらって何度も思ったもんだよ」


「嫌な気持ちになったりしませんか? 怖いとか、気持ち悪いとか」

 


 真剣にそう聞くと、奥さん達は互いに目を見合わせ、直後大きく笑い声を上げた。

 クルミはその反応にきょとんとする。



「大丈夫だよ、クルミちゃん。クルミちゃんのことを気持ち悪いなんて思ったりしてないから」


「クルミちゃんは、魔法が使えるんだろう?」



 クルミの心臓がドキンと跳ねる。



「えっ、あの……」



 過剰に反応すれば肯定しているようなものだというのに、クルミはおろおろとしてしまった。

 それを見て村長の奥さんが、クルミの肩をポンポンと優しく叩く。



「そんな質問されたら、そうだと言っているようなものだよ。それにあんな男顔負けの働きっぷりを見せてもけろりとしているから、魔法が使えるんじゃないかと村人の間じゃあちょっと噂になってたしね」


「そ、そうなんですか?」



 気付かれないようにしていたつもりが、少しやり過ぎていたよう。

 少しでも恩を返したいという気持ちが先走り過ぎたようだ。



「大丈夫だよ。何を心配してるか分からないけど、気持ち悪いとか思うようなそんな狭小な人間はこの村にはいないよ」


「まあ、羨ましくはあるけどね」



 奥さん達の表情は柔らかく、クルミの心を温かくする。

 だから、この人達なら大丈夫なのではないかと思ってしまった。



「精霊魔法じゃなくてもですか?」



 前世で魔女が迫害されていた理由。精霊信仰のあるこの世界で、精霊魔法を使わない魔女の魔法。

 精霊魔法を使っていないと言うのは一種の賭けだった。

 前世と同じように迫害される可能性もあったが、この人達なら……。クルミの願いを込めた告白だった。

 けれど、彼女達の反応はクルミの斜め上をいく。



「魔法に種類なんかあるのかい?」



 きょとんと首を傾げる奥さん達は、本当に魔法についての知識がないのだろう。

 よく分かっていないようだった。



「ええ、一応……」


「へえ、クルミちゃんは、博識だねぇ」


「生活のことはなんも知らないけどね」


「まったくだ」



 あはははっと笑い合う奥さん達には魔法の種類など明日の天気よりどうでも良さそうで、クルミはなんだかほっと体から力が抜けた。


 数千年経って魔法への考えが変わった可能性もある。

 ただ単に情報があまり回ってこない小さな村でだったからで、他では違うのかもしれないが、少なくともこの村でクルミが迫害や差別される心配はなさそうだった。



 念のため、複数の村人にも確認してみたが、やはり魔法の違いなど分かっておらず、クルミが魔法を使えることを知っても、むしろ村の仕事をがはかどって良いじゃないかと歓迎ムード。

 そうと分かればクルミも自重する必要はない。






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[一言] またまた。一気読みです。 そして寝不足です。 続き楽しみに待っています。 暑い夏、ご自愛くださいませ
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