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1話 ここではない世界




 元々は日本の高校に通っていたクルミ。

 黒目黒髪日本人らしい平凡な容姿で、ごくごく普通の女子高生だった。

 箸が転んでもおかしいお年頃だ。

 だが、今のクルミはとても笑えない状況にあった。

 付き合って一年になる彼氏の浮気が発覚したのだ。



「許すまじ。あいつらぶち殺す」



 人ひとり殺しそうな危ない目つきで、お弁当に箸を突き刺した。

 そんなクルミの正面に座っていた友人のなっちゃんこと棗は、必死でなだめる。



「まあまあ、落ち着いて」


「なっちゃん、これが落ち着いていられると思ってるの!? よりによって相手は春菜なのよ!」



 春菜というのはクルミの友人の一人だった。


 女の子らしい守ってあげたくなるような可愛らしい容姿に、人懐っこい性格。

 だが、以前からあまりよくない噂があった。友人の彼氏を取るというよろしくない噂が。それ故に彼女には女友達と言えるのはクルミぐらいだったろう。


 周りの子達にも付き合いを止めた方がいいよと言われたりしたが、クルミは噂なんかで人を決めるのはよくないと、春菜との付き合いは止めなかった。


 そしたらどうだ。見事に彼氏を取られた。


 確かにちょっと男子に対しても距離が近いなとは思っていたのだ。クルミという彼女がいる彼氏に対してもボディタッチが多かった。

 デートだというのに着いてきたり、彼氏と二人でいるとどこからともなく現れては話に加わったり。

 思い返せば色々と引っ掛かることはたくさんあった。



「あの女、最初っから取るつもりだったのよ。取られる方も方だけどね」



 二人揃って手を繋いで仲良く別れを告げに来た時は、地面に埋めてやろうかと本気で思った。

 その場で彼氏への想いは冷め、春菜には絶縁を叩き付けてやったが、クルミの腹の虫はおさまらない。



「まあ、春菜って可愛いもんね。あんな子に迫られたら落ちちゃうか」


「なっちゃんはどっちの味方なの!?」



 ダンっと机を叩くと、慌てたように棗がフォローを始める。



「勿論クルミだよ。浮気は駄目だよね、うん。全面的にあの二人が悪い」


「でしょう!?」


「うんうん」


「絶対に奴らは許さない」


「は、犯罪だけは犯さないでね……」



 そう棗が思わず忠告してしまうほどには危険な目つきをしていた。



「そう思うなら、今日の帰りにパンケーキ食べに行くの付き合って。こうなったらヤケ食いよ!」


「あっ、ゴメン。今日は彼氏とデートなの」



 即断られてクルミは涙がちょちょぎれそうだ。



「なっちゃぁぁん! あなたは傷心の友人と彼氏、どっちが大事なのぉぉ!?」


「えっと……彼氏」



 クルミは、ガクッと崩れ落ちた。


 少し考える間があっただけましなのかもしれない。即答されるよりは。

 棗はつい最近彼氏と付き合い始め、今が一番ラブラブな時なのだろう。今日とて本当は彼氏と昼ご飯だったのを、泣きついて無理矢理付き合わせたようなものだった。



 仕方ないと諦めたクルミは、授業が終わると一人カラオケで熱唱し、パンケーキ三段乗せをヤケ食いした。

 最後にバッティングセンターで思いっ切り打ちまくり、ちょっと怒りが昇華されたような気がした。


 もう、後は奴らの不幸を神に願うしかない。

 まったくどうしてこんなことになってしまったのか。

 周りの忠告を聞いて、春菜と縁を切っておけば違った今があったのだろうかと考えてしまう。



 思えばクルミの短い人生は不幸の連続だった。

 はっきり言って、クルミの産まれた家庭環境からして悪かった。

 幼い頃から両親は喧嘩の毎日。

 罵詈雑言の声がクルミの子守歌代わりだった。


 さらに両親のダブル不倫も発覚。

 どうやらお互いに探偵を雇って調べたらしい。

 その辺りの詳しいことを何故知っているかというのも、クルミがいても所構わず言い合いをする両親の言葉から分かったことだ。


 そして、互いに相手がいながらどうして離婚しないのかというと、クルミが原因だった。


 どっちが親権を取るか。それが離婚できない一番の要因だった。

 どちらもクルミを欲しがっての争いなら幸せなことだったが、残念ながら二人共クルミを引き取ることを嫌がったのだ。



「お前が母親なんだから、お前が引き取れよ!」


「母親だからってどうして引き取らなきゃ駄目なのよ。私は嫌よ、あんな気味の悪い子」


「俺だっているかっ」



 なんてことを、平然とクルミが聞こえるのも構わず言うのだから、両親は親としてはクズかもしれない。

 どうしてこんな家に生まれてきてしまったのかと、クルミは両親の喧嘩を目にする度に思うのだ。



 だが、少し自分も悪かったなと思うことがクルミにはあった。


 それは……。クルミにはここではない世界の記憶がある。

 いわゆる前世の記憶というやつなのだが、そこでクルミは魔女と言われていた。


 そこでは魔法があり、精霊がいて、獣人と言われる人間以外の種族がいた。

 クルミはその前世で、記憶を次の生に引き継ぐ呪術を行使した。成功率の低い術だったが、クルミは無事に記憶を引き継いだ。

 だが、生きてきたあの世界ではなく、魔法の存在しない地球で生まれ変わったのは想定外だった。



 こんな話を言ったら病院に連れて行かれるか、精神鑑定を受けろと言われるかもしれないが、確かにあの世界は存在したのだ。


 それを証明するように、この地球にも精霊は存在している。

 あっちのおじさんの頭にも、車の上にも、電線に乗る雀の隣にも。精霊はありとあらゆる場所にいる。

 だが、その存在を視認できる者はこの地球にはいなかった。

 いや、もしかしたらこの地球のどこかにはいるのかもしれないが、あいにくとクルミは会ったことがない。



 そんな普通の人が見えない精霊をクルミは見ることができた。

 あちらの世界では特に珍しい存在ではなかった精霊。

 むしろ、あちらの人々は精霊に力を借りて魔法を行使していたぐらい誰もが知る存在だった。


 けれど、こちらでは魔法も精霊も見ることのできない空想の存在。

 クルミはまだ前世の記憶が戻りきらない幼い頃、よく精霊のことを口にしていた。

 記憶が戻っていないので、精霊という存在のことも、それが普通の人間には見えないもので、見えることの方がおかしいのだということも分からず、両親に疑問をぶつけていた。



「あれは何?」


「あの小さな羽の生えた子達はなんていうの?」



 無知だからこその疑問だった。

 もし、その時すでに記憶が戻っていたらそんなことは聞かなかっただろう。


 人は分からないことを恐れる。

 皆と違うことに拒否反応を見せる。

 結果、両親はクルミを気味の悪い子として認識した。


 クルミが前世の記憶を完全に取り戻し、精霊は普通の人間には見えないことを理解した頃には遅かった。

 どうにか取り繕ったりもしたが、両親はクルミを完全に奇異の者とした。

 自分の子供と認めるのも嫌悪するほどにクルミを嫌がったのだ。


 幸い虐待をするような人達ではなかったが、我が子への愛情はごっそりなくなってしまったようだ。

 まあ、仕方がないかと、達観していられたのは前世の記憶のおかげだ。



 前世でも魔女は異端者扱いされていた。

 よくよく思い返せばその頃から不幸続きだった気がする。


 前世でも亡くなったのは早かった。

 そう、今のクルミと同じ年齢ぐらいまでしか生きられなかったのだ。

 しかも、その死因が殺人という残酷さ。相手は姉のように思っていた弟子だった。


 前世では異端者扱いされた上に信頼していた者に殺され、今世では家族愛にも恵まれなかった上に、彼氏を寝取られ……。


 そんなことがあったクルミは軽く人間不信だ。

 自分は神様に何か嫌われるようなことをしただろうかと、生まれ変わったクルミは何度思ったことか。



 それでも、元々の性格が図太いクルミは、多少ひねくれたものの元気に育った。

 両親に対しても多少悪いと思っているのだ、念願の子供がこんな異世界人だなんて。

 せめてもっと早くに記憶が戻っていたら、子供らしく振る舞うこともできただろうに。

 しかし、クルミとて別の世界に生まれるとは思わなかったのだから仕方ない。


 前世で親交のあった精霊から、基本的に魂はその世界で循環すると聞かされていたから、当然産まれるのも同じ世界だと思っていたのだ。

 まさか魂がこちらに転移するとは思っていなかった。

 だが、まあ、一応友人もいるし、こっちはこっちで楽しく過ごしている。



 ……けれど、時々思い出す。


 あの世界の風景を。


 そんなことを考えていると、記憶から抹消したい奴らが前から歩いてきた。

 向こうもクルミに気付いたようで、男の方は顔を強張らせている。

 そんな反応をするなら、浮気などせずにしっかりと別れてから付き合えば良かったのだ。

 別れた後ならクルミとて文句は言えなかった。 



「あっ……クルミ」



 気まずそうに視線を彷徨わせている目の前の男は、クルミの元彼。

 そして、そんな元彼にべったりと腕にしがみ付いているのは、その彼氏を奪った元友人の春菜だ。



「あー、クルミちゃんだ。クルミちゃんも寄り道?」



 気安く話し掛けてきた春菜に、クルミの目が据わる。

 よくもまあ、彼氏を奪っておきながら笑顔で挨拶ができたものだと感心する。

 無視をしてその場を通り過ぎようとしたが……。



「ゴメンね、やっぱり怒ってるよね?」



 しゅんとしおらしく落ち込む春菜に対し、クルミのこめかみに青筋が浮かぶ。

 いけしゃあしゃあとよく言えたものだ。

 その瞬間、戦いのゴングが鳴った。



「怒ってないとでも思ったの? そうだとしたら随分とおめでたい頭をしてるわね。さすが友人から男を寝取れる女だわ」


「おい、そんな言い方ないだろう?」



 元彼の方が何か吠えていたが、ギロリと睨み付けると視線をそらした。

 度胸もないくせに口を挟むべきではない。



「彼を怒らないで、悪いのは私なのっ」



 庇ってるつもりかしれないが、クルミの目をさらに冷たくさせるだけだ。



「当たり前でしょう。そんなの最初っから分かってることじゃない。友達の彼氏と知っていながら言い寄る女が悪いのは古今東西どこでも同じよ。だけど、それに惑わされて落ちる男も大馬鹿でしょうが」


「そんな、言い寄るだなんて……。ただ好きになっちゃただけなの。それはそんなに悪いことなの?」


「普通は友達の彼氏と思ってたら手は出さないんじゃないの? お互いに」



 二人の顔を交互に見ながら語尾を強くする。

 何故か春菜の方が目をウルウルさせて泣きそうにしているのがかんに障る。

 被害者はこっちだろうに。



「悲劇のヒロインぶるの止めてくれる? 加害者はあんた達の方なんだから」


「そんなこと言わないで。酷いことしたのは分かってる。でも私はまだクルミちゃんのこと友達と思ってる。応援してほしいの」


「はあ!?」



 思わず心の底から、この女マジかと思って声が出た。



「人の彼氏取っておいて友達なんてよく言えたわね」


「取ったわけじゃ……。好きになっちゃったの。好きすぎてこの気持ちを抑えられなかったの」


「春菜……」



 何故か感動している元彼。



「クルミは、まだ俺を好きなんだよな。だからそんな厳しいこと言うんだろ? けど、俺は春菜が好きなんだ。好きな俺の幸せを思うなら春菜をこれ以上傷付けるな。それは俺が許さない!」


「あっ、そう」



 ドヤ顔する元彼に、あっさりした言葉を返す。

 男としてキメたつもりなのだろうが、寒くて鳥肌が立ってきた。

 なにやら二人して盛り上がっているようだが、クルミの心はこれ以上なく冷めている。

 というか目が覚めた。


 この男を取られてなにを未練たらしく怒りを覚えていたのか。

 こんな簡単に浮気をする奴はきっとまたいつか浮気をする。

 それか、春菜が次のターゲットを見つけるのが先か……。

 どっちにしろ、クルミの中で一生関わり合いになりたくない人間に落ちたのは確かだ。

 むしろ、この男をもらってくれてありがとうと思おう。

 そう考えたら、なんだか怒っていたのが馬鹿らしくなった。



「じゃあ、そういうことならお二人共お幸せに~」


「認めてくれるのか」


「嬉しい、クルミちゃんなら分かってくれると思った」



 後ろで何か二人が言っていたが、右から左に流れていった。

 家に帰ると、真っ暗な誰もいない家の中。

 いつも通りの我が家だ。



「ただいま」



 そんなことを言っても、返ってくる言葉はない。

 ここ最近は滅多に両親の姿を見ないし、帰ってきたと思ったら喧嘩した姿しか見ない。

 一応お金は置いてくれているので、飢えることはないのがせめてもの救いだ。



 だが、やはり家に一人でいると、時々無性に虚しくなる時がある。

 自分はこんな所で何をしているのかと。


 そもそも前世の記憶を残すように術を施したのは、生前に研究していた魔法具に関する研究成果を来世に引き継ぎたいと思ったからだ。

 だが、科学が発達し、電力をエネルギーとして成り立つこの世界で、魔力で動く魔法具の知識を持っていたとしても宝の持ち腐れ。


 前世では研究尽くしの生活だった。


 それが楽しくて、唯一の趣味といっても良かったが、この世界で魔法具の研究をするわけにもいかない。

 精霊が見えるのは魔力がある証拠。

 だからクルミは魔法が使えるはずだけれど、科学の発達した世界で魔法なんて使おうものなら、この世界でもクルミの居場所はなくなってしまうと怖くて使っていない。


 この世界に娯楽はたくさんあるが、一番の楽しみだった研究を取り上げられた今の生活は幸せかと言われると首を傾げてしまう。



「帰りたいな……」



 あの懐かしい世界に。

 魔法のある不自由な世界に。

 この世界は便利で楽しみもたくさんあるけれど、クルミの心を満たしてくれるものはこの世界にない。

 もう前世で生きた年齢に達してしまったが、自分がいるべき場所はここではないと叫ぶもう一人の自分が心にいる。



「帰りたい」



 自分が自分らしくいられるあの世界に。

 帰りたい……。

 そう強く思ったその時。

 カッと足下が光る。



「えっ、何!?」



 動揺するクルミの体を光が包み込む。

 目も開けられない光に飲まれ目を瞑ったクルミは、直後、めまいのようなものを感じて座り込む。

 光が治まったのを感じて目をゆっくりと開けると、クルミは木々が生い茂る森の中に座り込んでいた。



「……はっ?」



 クルミは意味が分からず、しばらくポカンとした顔で座り込んだままだった。







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