表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/57

10話 町へ




 町へ続く街道を、月の光と懐中電灯を模した魔法具の灯りを頼りに歩いて行く。


 念のためにとあらかじめ地図を確認していて良かったと思う。

 おかげで行く方向に迷うことはない。


 これから向かおうとしているのが行商人達も目的地としている町であることが少し心配だが、町の中に入ってしまえばあちらは手を出してこないだろうと思っている。


 クルミが今いる帝国では奴隷は非合法なようなので、町の往来でへたな真似はしないはず。

 あの村のように村ぐるみで悪事を働いているなら困ったことになるが、閉鎖的な村と違い人の行き来も多い所でそれはないと思いたい。


 そもそも大きな町のようなので人口も多く、その中からクルミが見つかること自体難しいかもしれない。

 町についたらすぐに帝都に向かう馬車に乗ってしまえば彼らも追っては来ないだろう。


 町に着くまでに行商人と鉢合わせしないことを祈るだけだ。

 本当は魔力強化をして早く先に行きたいのだが、たくさんの魔法具を壊すために魔力を使ったので今は少し休憩だ。

 夜の森で魔獣に出会ってしまうことも考えて、魔力を温存しておきたいのだ。



 そうして街道を足早に歩いていると、村の方向から話し声やたくさんの音がしてきた。



「まずい、まさかもう気付かれたの!?」


「主はん、早く隠れな」


「う、うん」



 クルミは慌てて草むらの中に身を隠す。

 しばらくすると、村の男達が馬に乗ってやって来た。



「おい、いたか!?」


「いや、いねぇ」


「探せ! あの小娘舐めやがってっ。村の魔法具のほとんど壊していきやがった!」


「見つけたらただじゃおかねぇぞ」



 口調が完全に変わっている。

 もうそこには優しい親切な村人の姿はなかった。

 松明を持って道を照らしていた一人が足下のあるものに気付く。



「……あっ、おい、これ見ろよ」



 馬から下りた男達が見つけたのは、できたばかりのクルミの足跡。

 この世界にはないスニーカーを履いていたので、その足跡がクルミのものであることが一目瞭然だった。



「やばっ」



 声を潜めて呟く。

 真っ直ぐ進んでいた足跡が途中で急に横に曲がっている。

 それが向かうのはクルミのいる草むらだ。


 声を出さないものの、頭の中は大騒ぎだ。

 来るな来るなと、念じるがその願いは届かず村人達はクルミのいる方へと向かってくる。

 見つかるっ。と、思った時、村人達の頭上から大量の水が滝のように落ちてきた。



「うわっ!」


「なんだ!?」

 


 藻掻く村人達が、水がなくなった後に上を見上げると、そこにはナズナの姿が。



「あっ、あの鳥は娘と一緒にいた奴じゃないか?」


「ああ、間違いねぇ。あんなデブな鳥、他にいねぇよ」



 デブという単語にナズナがキレたのが分かった。

 再び滝のような水が村人を襲う。



「うわっ、止めろ!」


「なんだ、あの鳥。魔法を使いやがるのか!?」


「くそっ」



 ナズナに魔法具を渡していて良かったと心から思う。

 ナズナから強請られて作った物だが、まさかさっそく役に立つとは……。

 しかし、ナズナが時間を稼ぐのにも限度がある。

 今の内のどうにかしなければ見つかってしまうと、クルミはグルグルと頭を回す。

 何か身を隠す方法。彼らから逃げるためには……。


 そう考えて、あれの存在を思い出した。

 急いで空間から取り出したのは先程まで使っていた猫になる腕輪。

 それを着けて黒猫になったクルミは、ナズナに『ナズナ、もう大丈夫よ』と、念話で伝える。


 攻撃を止めたナズナは、クルミがいる場所とは反対の森の中に消えていった。

 クルミには近くにいることが分かっていたが、夜の闇の中では松明の灯りだけで探すことができなかったのだろう。村人達はナズナを探して右往左往している。

 しかし、目的はナズナではないことを思い出したのか、それ以上森の奥に入っていくことはしなかった。



「もう良い! あんな鳥より娘だ!」


「あ、ああ」



 村人達は先程見つけた足跡を追って草むらの中に入ってこようとする。

 そこへクルミは意気揚々と飛び出した。



「うわっ!」



 驚いて尻餅をついた男に対し、黒猫の姿のクルミは可愛らしく「にゃーん」と鳴いた。



「なんだ、猫か……」


「猫なんかで驚いてるんじゃねぇよ」


「仕方ねえだろ、突然だったんだから」


「いいから、早く娘を探すぞ。そう遠くに行ってねぇはずだ」


「おう。あんな金づるを逃がすわけにはいかないからな」



 足跡を追って草むらの中に入っていった村人達を冷めた目で見送り、クルミは再び町に向かって街道を走った。

 少しすればナズナも後ろから追ってくる。



「なんや、今日は厄日やな」


『まったくだわ。この腕輪作ってて本当に良かった』


「まさかあいつらも、主はんが猫になってるとは思わんやろなぁ」



 してやったりという様子でナズナは上機嫌だ。

 クルミはまだ心臓がバクバクしているというのに。


 実際の力関係なら、魔法を使えるクルミが圧倒的に有利なのだが、地球で平和にぬるま湯に浸かって十八年間生きてきたクルミには、まだ人を傷付けてまで身を守るということに抵抗感があった。

 村人達は弓矢や剣を持っていたので、多少手荒なことをしてでもクルミを連れて帰る気だったのだろう。

 そんな相手を傷付けずに戦意を奪う方法がすぐには思い浮かばなかったのだ。

 なので、逃げる一択だったクルミにとっては、この腕輪は願ってもないものだった。


 猫になっているとも知らずに、今頃彼らは森の中を探し歩いていることだろう。

 ざまあみろである。

 永遠に探していればいいのだ。


 その間にクルミは町へ向かって、即刻帝都に向かう馬車に乗っておさらばだ。

 ……そう思っていたのに。



「こりゃ偽金だな」


「なんですってぇ!?」



 クルミは衝撃の言葉に目を剥いた。

 あれから魔獣に出くわすことなく数日かけて町までやって来たクルミは、とりあえず底をついた食料を調達すべく、お店に直行した。

 そこでの支払いのため、村を逃げ出す前におばあさんにもらっていたお金で支払おうとすると、先程の言葉が返ってきたのだ。



「何かの間違いじゃ……」


「いやいや、これはよく子供達にお金の使い方を教えるために使用する玩具のお金だよ。ほら、裏をよく見な。普通なら帝国の紋章があるが、お前さんが持ってるお金にはないだろう?」



 店員が本物のお金とクルミが持っていたお金とを並べて違いを説明する。

 そうすると、確かにクルミが持っていたお金の裏には紋章のようなものが描かれていない。

 剣と盾に薔薇のような花が巻き付いた紋様だ。

 これが帝国の紋章かぁ……などと感心している場合ではない。


 あのくそばばぁ! っとクルミは心の中で盛大に罵声を浴びせる。

 確かに売ろうとしている人間にお金を渡すなんておかしいに決まってる。

 そのことにもっと早く気付くべきだった。



「お嬢ちゃん騙されたのかい?」



 店員が気の毒そうな目でクルミを見る



「そうみたいです……」


「憲兵に相談した方がいいんじゃないか?」


「いえ、できればもう関わりたくないので諦めます……」



 がっくりと肩を落として、何も買わず店を後にしたクルミは、噴水のある広場で座り込む。



「どうしたものか……」


「難儀やなぁ」



 クルミの肩にとまっているナズナも心なしか声に元気がない。



「どうにかお金を工面しないと……」



 とは言っても、この町で地道に働いてお金を稼ぐわけにはいかない。

 いつ、あの行商人がこの町にやって来るか分からないのだ。

 魔力強化で距離と時間を稼いだが、早く帝都に向かいたい。

 そのために早急にお金を手にする方法……。

 考えを巡らせているクルミの目に入ってきたのは、フリーマーケットのように、広場の片隅で商品を並べて物を売っている人達だ。

 クルミは、その何人もいる物を売っている中の一人に声を掛ける。



「あの、すみません」


「はい、いらっしゃい」


「お客じゃなくて、聞きたいことがあるんですけど」


「なんだい?」



 客じゃないのかと当てが外れたような顔をしつつも、その女性は答えてくれる。



「あなたはここで商品を売ってるんですか?」


「そうだよ。見りゃあ分かるだろ」


「それって、誰にでもできますか?」


「ああ、手続きして許可を取れば誰でもできるよ」


「許可……」



 やはりそれなりに大きな町。勝手にというわけにはいかないようだ。



「その許可ってすぐに取れますか?」


「書類を書いて手数料払ったらすぐさ」


「ここでも、お金かぁ……!」



 お金を稼ぎたいのに、そのためにはお金が必要という悩ましい事態。



「あんたお金ないのかい?」


「…………はい」



 よほどクルミの様子が憐れに見えたのか、女性がアドバイスをしてくれた。



「それなら、何でも買い取ってくれる店があるから、そこへ行って物を売ってきたらどうだい? 私のようにここで商売したいってことは売れる物があるんだろう? 店を紹介してあげるよ」


「ありがとうございます!」


「でも、何でも買い取ってくれる分、普通に売るよりかなり安く買い叩かれるけどね」


「この際文句は言ってられないです」



 店の場所と許可を取るのに必要となる金額を聞いてから女性にお礼を言ってその店に向かう。

 店にやって来ると、愛想のないおじさん店員が「らっしゃい」と声を掛けてくる。

 


「物を売りたいんですけど」


「じゃあ、出しな」



 無愛想に言われるまま、クルミはカウンターの上に魔石を一つ置く。



「ああん、これだけか?」


「まあ、とりあえずです。これがいくらになるか分からないので」



 おじさん店員はふんと鼻を鳴らし、魔石を手に取ってじっくりと観察する。



「これなら値段はこれ位だな」



 そう言って提示された金額はクルミの予想を遙かに下回る金額だった。

 あまりの安さにクルミは反射的に抗議した。



「これだけ!? 魔石なのよ、そんなに安いはずないじゃない!」


「ああん? 魔石だぁ? そんなもん知らん。これで嫌ならとっとと帰りな」



 人の足下見やがってとふつふつと怒りが沸き起こるが、グッと堪える。

 物が悪かったのかもしれない。

 魔石は知らない者が見ればただの綺麗な石だ。

 宝石に間違われてもおかしくない。

 まあ、宝石に思われたとしても安すぎる鑑定だが。


 クルミは店員から魔石を回収し、次にただの魔石ではなく魔石で作った懐中電灯の魔法具を出した。

 灯りを付けたり消したりしてみせると、店員の目の色が変わった。



「こ、これは……」


「魔法具よ」


「魔法具だと……。偽物……じゃない。確かに光りやがる」


「どうするの、買ってくれるの? くれないの?」



 おじさん店員の反応から好感触であることを察したクルミは、今度は強気に出る。

 安く買い叩くなら売らないぞと言うように。



「これならどうだ?」



 提示してきた金額は、魔法具という貴重品から考えれば安すぎる値段。



「他に売っても良いのよ?」


「くっ、じゃあ、これでどうだ!」



 金額を見てクルミは鼻で笑った。



「もう一声!」


「ええい、これならどうだ!」



 おじさん店員的にこれが限界そうだと判断したクルミはその値段で売ることを決めた。

 と言っても、恐らく端金と言われてもおかしくない値段だろう。


 ここに来るまでに色々な店で商品とその値段を確認してきたので、ある程度の物価を知ることができた。

 やはりどの店にも魔法具などは置いてはおらず、町でも高級店に分類される店にもなかった。


 そこで、少し魔法具について聞いてきたのだ。

 魔法具は基本的に帝都でしか出回っておらず、この辺りでは大きいと言ってもこんな帝都から離れた町では数年に一度お目に掛かるかどうかという程度らしい。

 そしてその値段も桁外れに高い。

 とてもじゃないが、今買い取ってもらった金額では手に入らないほどの。


 しかし、早急にお金を要する以上文句は言っていられない。

 場所の許可を取るための手数料と、朝から食べていないお腹を満たす食べ物を買えるだけのお金を持って、クルミはとりあえず食事処に走った。

 ぐうぐう鳴るお腹を満たしたら、許可を取るために町の役所に向かって届出と共に手数料を支払って、場所で商売をする許可をもぎ取った。



「よし、これでなんとかなる!」


「主はんは行き当たりばったり過ぎへんかいな。もうちょっと考えて行動した方がええんちゃう? わい、これからのことを思うとむっちゃ心配やわ」


「なんとかなってるんだから良いのよ」


「ほんまかいな」


「ナズナはとりあえず愛想振りまいて客引きしてちょうだい」


「へーい。わいの可愛さでお客さんをメロメロにしたるわ」


「臨時のクルミの魔法具店のオープンよ」



 上機嫌のクルミは、影からクルミを見つめる存在に気付いてはいなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ