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いまだに信じられない気持ちを持ちつつ、馬に乗って村に帰る。



「おーい、マリー!」



すると、店番をしていたニックが呼び止めてきた。マリベルは、馬を降り店の前に行く。



「また、公爵様のとこ行ってたのか? ご苦労なことだなぁ」

「悪い?」

「いんや、俺には無理だな」



 そう言ってニックは店の裏に行ってしまう。戻ってくると手に何か袋を持っている。

 


「お袋から、家族で食ってくれってよ」



 袋を手渡される。温かい。中を覗いてみると、焼き立てのパンが入っていた。マリベルは慌てて突き返す。



「悪いわよ。貴方の家だって生活が大変なのに、こんな美味しそうなもの貰えないわ」

「いいんだよ。お前の家のおかげで、俺たちは冬も越せるんだ。これくらいの礼はさせてくれ」

「いいのよそんな、助け合うのはお互いさまでしょ」

「だけど、学校に通えなくなったんだろ。せっかくお前のじいちゃんが残してくれた金なのに」



 マリベルの祖父は、貴族としてはあり得ないほどの倹約家だった。削れるところは削り、必要な時はドンと出す。そんな人だった。

 祖父は学園に通えなかった。お金がなかったからだ。貴族の世界では学歴は必須。学園に通えないものなど、爵位を持っているだけの平民。当時、祖父は相当苦労したらしい。そのことがあり、祖父は子供達には学校に通わせようと、倹約家になったそうだ。そのおかげで父は学園を卒業することができ、マリベルも通えるはずだった。

 しかし、それは日照りによってなくなってしまった。もしかしたら、ノット男爵家は跡継ぎができず、今代で歴史が途切れるかもしれない。だが、領民の命には変えられない。それが、今回の大飢饉の真相だった。


 マリベルの学費から捻出したとは言っていなかったはずだが、ニックはどこからかその情報を聞いてしまったらしい。しおらしい態度だ。マリベルは背中をバシッと叩いて喝を入れた。



「何辛気臭い顔してんのよ。鬱陶しいわね」

「お前、人が落ち込んでる時に」

「安心しなさい、学校には通えるようになったわ」

「あ? どういうことだ?」

「公爵様が学費を出してくれることになったのよ。だから、アンタが落ち込む必要はないの。まあ、アンタのご厚意に免じて、パンは貰ってあげるわ」

「…さすが、お金持ち。たっけー学費もポンって出すのな」



 ディレイン家だからできることなのだが、彼に言っても分からないだろう。学園に通えると聞いて、ニックはいつものようにニカッと笑う。



「あんだよ、通えるのかよ。んな大事なこともっと早く言えよな」



 バシバシと背中を叩かれる。遠慮がないので、とても痛い。



「痛い!」

「うぐ」



 鳩尾に拳をお見舞いする。ニックは蹲り、恨めし気にこちらを見る。



「てめ、もろに入ったぞ」

「アンタが叩くからよ」



 ニックが復活するまで、店の野菜を物色する。やはり、昨年より並んでいる種類や量が少ない。物も小さかった。



「…なんか、機嫌良いな」

「そう?」

「にやけてる」



 自分の顔を触ってみる。たしかに口角が上がっていた。



「学校通えんのがそんな嬉しいの?」

「それもあるわね」

「パン貰ったのが嬉しいとか?」

「それから?」

「もったいぶらずに教えろよ」



 イライラしてきた様子のニック。ニマニマとした顔を隠さずに、マリベルは言った。



「公爵令嬢様がね、私のこと友達と言ってくれたのよ」

「へー、奇特な方もいるんだな」

「言いたいことあるなら聞くわよ」

「さーて、店仕舞いしないとなー」



 ニックが店の奥に消える。マリベルは、その後ろ姿にベーっとしてから、店の外に待たせていたハビーに乗った。馬が歩き出す。



「マリー!」



 村の商店街を抜けようとしたところで、名前を呼ばれる。馬を止めて振り返ると、店の奥から出てきたニックが手を振っていた。マリベルは、彼に負けないくらいの大声で応える。



「なによ!?」

「何かあったら俺のとこ来いよ!」

「だから、何でアタシがやらかすこと前提なのさ!」

「ははは!」



 言いたいことだけ言って、ニックは店の中に戻っていった。マリベルはいら立ちを消化させようと、馬を走らせる。風が頬を駆け抜ける。



『あら、友人を助けるのに理由がいるのかしら?』



 閑散とした道を走りながら、今日のことを思い出して顔が綻ぶ。だらしない顔をしている自覚はある。こんな顔をさせている本人がいたら、はしたない顔と言って笑われただろう。



 そうか。友人だったのか。てっきり、使い勝手のいい娘としか思われていないとばっかり。だが、これは大きな変化だ。あのイザベル・ディレインが、マリベルを友達として認めたのだ。



 身分が高いか、使えるかで人を測っていたイザベルが。



(もう大丈夫よね?)



 正直、マリベルは大層なことはしていない。何が彼女をそこまで変えたのか、何度思い返しても分からない。だが、あんなに忌避していた兄に懐き、アーノルドに愛され、貴族界では聖女として尊敬の眼差しを向けられている。



 マリベルの悲願は叶うのではないか。


 貰った野菜とパンを、落とさないように大事に抱える。



 運命の日まで、あと3年。



 春が近づいていた。




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