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「マリーは、デビュタントは誰と踊るの?」



 デビュタントまで、あと2か月に迫った今日。ディレイン家の庭で散歩していた時に、イザベルが聞いてきた。



「父でございます」

「まあ、婚約者の方はどうしたの?」

「私に婚約者はおりません」

「ええ? デビュタント前には殿方がいるものでしょ」

「大抵の家は、デビュタント後に決まるんですよ。イザベル様が特別なのです」



 イザベルは少し世間知らずなところがある。以前はそんなことなかったはずだが、今世では不特定多数の令嬢と交流をしていないからだろう。



「私もお父様と踊った方がいいのかしら?」

「それは、殿下が悲しまれますわ」



 おそらくイザベルのパートナーとして皆の前に立てるのを楽しみにしているはずだ。それなのに、突然父と踊ると言われれば落ち込みまくるだろう。



「皆、お父様がパートナーなの?」

「いえ、兄君や親戚の方と踊る方も多いです。私の家は、親戚は全員平民ですし、兄弟もおりませんから」



 それを聞いて、イザベルが何やら考え出した。

 デビュタントには、イザベルから貰ったドレスを着ていこうと思っている。家で用意しようとしていた物より上等だし、周りと見劣りしない。ドレス用に貯めたお金も違うことに仕えるので、一石二鳥だ。



「そうだわ! お兄様にお願いしましょう!」



 イザベルが閃いたとばかりに、手を叩く。



「何のお話ですか?」

「貴女のパートナーよ!」



(どういうこと?)



 たしか彼女の兄は、体が弱かったはずだ。マリベルは、いまだに会ったことがない。



「こうしてはいられないわ! さっそく行きましょう!」



 手を引かれて走る。すれ違う使用人達は驚いた表情をしていた。執事長の制止する声も聞こえる。


 屋敷の3階。西向きの部屋にたどり着いた。イザベルが、ノックもなく部屋の扉を開ける。



「ごきげんよう、お兄様!」

「やあ、ベル。昼間に来るなんて珍しいね」



 深窓の令息がいた。黒髪に紺色の瞳。白いブラウスを着た男が、ベッドに座っていた。おそらくアーノルドよりも年上だろう。窓から差し込む光が部屋を照らされ、儚げな印象を受ける。彼の手元には、本が置かれている。マリベルは見惚れた。



「お兄様、マリーのパートナーになってください!」



 何もかもを吹っ飛ばし、イザベルが用件だけを伝える。そこでようやく彼女の考えが分かった。慌てて止めに入る。



「ベル様、私のパートナーは父で十分です。お兄様のお手を煩わせるわけにはいきません」

「いいえ、マリーはお兄様と踊るのよ」

「いいえ、いいえ、私はお父様と踊るのです」

「いいえ、いいえ、いいえ、認めません。マリーはお兄様と一緒にダンスを踊るのよ」

「えっと、まずは説明をしてくれないかな?」



 彼が戸惑ったように聞いてくる。マリベルはハッとし、慌てて礼を取る。



「申し遅れました。ノット男爵家が長女、マリベルと申します。イザベル様とは、親しくさせていただいております」

「そうか。俺はノアだ。イザベルの兄にあたるんだけど、ご覧の通り体が丈夫じゃなくてね。こんな格好でごめんね」

「いえ、こちらこそ突然お邪魔してしまい失礼いたしました」

「謝らなくていいよ。全部君を連れてきたベルが悪いからね」

「む、お兄様酷いですわ」

「酷いと思うなら、もう少しお淑やかに来てくれ」



 遠慮のない言い合いに、目を白黒させる。兄妹だからこれくらい当たり前なのだろうが、たしかイザベルは兄のことをあまり好いていなかったはずだ。それなのに、これはどういうことだろうか。どこにでもいる兄妹に見える。



「それで、何の用だ? マリベル嬢まで連れてきて」

「先ほど言いましたでしょ。お兄様には今度のデビュタントでマリーのパートナーをしていただきたいのです」

「マリベル嬢には、パートナーがいないのかい?」

「いえ、父にしていただく予定です」

「なら、俺でなくてもいいだろう」

「駄目ですわ」

「なんで?」

「私が嫌だからですわ」



 圧倒的自分中心。何がどう嫌なのだろうか。マリベルが誰と踊っても、彼女には関係ないと思うのだが。ノアが溜息を吐いた。本が閉じられる。



「ベル、血の繋がりのない者がパートナーになる意味を知っているか?」

「もちろん知っております」

「なら、俺の言いたいことも分かるな?」



 イザベルが小さく頷く。無理を言った自覚はあるのだ。


 ノアにパートナーをしてもらうと、マリベルは彼の婚約者として見られてしまう。それは今後、本当に将来のパートナーを探す時に支障となる。また、ノアの存在は社交界でもあまり知られていない。それなのに、彼が突然パーティーに現れれば、一躍有名になり注目を浴びる。さらにマリベルにも貴族たちの興味の対象となり、ますます婚約者を探せなくなるかもしれない。最悪の場合、行き遅れになるかもしれないのだ。


 マリベルは、酷く落ち込んだ様子の彼女にそっと話しかけた。



「ベル様、どうしてノア様がいいと思ったのですか?」

「だって、お兄様がお外に出られるでしょ」



 ノアが驚いて目を大きく開いた。なおもイザベルは話を続ける。



「私、お兄様とたくさんしたいことがあるの。殿下にお兄様をご紹介したいでしょ。ダンスも踊りたいわ。マリーと踊っている姿も見てみたいし、四人でお茶を飲んでみたいわ。それから」

「イザベル」



 ノアがイザベルの両手を優しく掴む。彼女を見つめる瞳は、慈愛に満ちている。



「ごめんね。君にはずっと我慢ばかりさせて。いつか必ず元気になるから。それまで待っていてくれるかい?」

「約束ですわよ」

「うん」

「マリーが証人ですからね」

「うん」

「いいわね、マリー」

「はい」



 ほほ笑む2人の姿はそっくりだった。







「ありがとう、マリベル嬢」

「私、何かお礼を言われるようなことをしたでしょうか?」



 最近はお礼を言うのが流行りなのだろうか。だが、彼とは初対面のはずだ。お礼を言われる覚えがない。彼は首を傾げるマリベルを見て、イザベルを仰ぎ見る。



「まあ、思い当たらないのも無理はないよ。ね、ベル」

「何かあったかしら?」



 話を振られたイザベルも、思い当たる節がないようで首を傾げている。そんな2人を見て、ノアがおかしそうに笑う。



「良かったら、また2人で遊びに来てくれ。1人でずっと部屋にいるとやることもなくてね」

「ベル様がよろしいなら」

「いいわ。寂しがりのお兄様のためですもの」

「もう少し可愛げがあると良いんだけどね」

「どういう意味ですお兄様?」

「ん? 何か言った?」



(なるほど。毒舌なのは兄譲りだったのね)



3人は、マリベルが帰る時間になるまで雑談をしていた。時々部屋の外に漏れる笑い声に、たまたま通りかかった使用人たちが思わず顔を見合わせていたことを彼らは知らない。




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