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 11歳になった。来年にはデビュタントを迎える。ドレスの資金も、少しずつ貯まっている。

 マリベルは、馬小屋に向かった。そこには、少し老いた馬がいた。馬は、マリベルが来ると嬉しそうに鼻を鳴らす。



「ハビー、今日もお願いね」



 馬の背中を撫でると、返事をするように鼻を鳴らす。ハビーは、ノット家が唯一所有している馬だ。残念ながら、ノット家には馬車というものがない。そのため、少し遠くに行く時は、ハビーの背中に乗って行かなくてはいけなかった。マリベルは、慣れた様子で背中に乗る。



「さ、行くわよ」



 馬が歩き出す。2年前は、村の者にお願いしてハビーに乗ってもらっていたが、今は一人でも行けるようになった。ディレイン家への道も慣れたものだ。

 屋敷に付くと、すぐにメイドに部屋へと案内される。最初は可哀想な目で見られていたマリベルだったが、現在は好意的に見られており、世間話をする仲にまでなった。あの時庇ったメイドは、兄の治療費が貯まったようで、医療が発展している隣国に行ってしまった。季節の変わり目には彼女からの手紙がマリベルの元に来ている。

 

 部屋に入ると、色とりどりの花が目に入った。ぱちりと瞬きをする。これはどうしたことか。部屋の中心にいるイザベルは、メイドに指示を出していた。



「これとこれはいらないわ。あと、こっちはもっと華やかな色の物を持ってきてちょうだい。そこのネモフィラも下げて。青なんて論外よ」

「イザベル様、マリベル様が参りました」

「マリー! 1か月ぶりね」

「お久しぶりです、ベル様。こんなにたくさんのお花を用意されて、どうなさったのですか?」

「忘れたの? 明後日は殿下の誕生日じゃない」



 イザベルの手には、黄色いバラが握られている。メイドが持っている花束は、オレンジや赤といった派手な色の花が使われていた。それでも、色が喧嘩せず上手く調和が取れている。

 こんなに豪華な花を貰ったら、マリベルも嬉しいと思う。しかし、渡す相手はアーノルドだ。彼女が用意しようとしている花は、彼の好みではない。


 この2年で、イザベルの横暴は形を潜めていた。メイドを庇った時から、少しずつ普通の令嬢らしくなっていったのだ。これならアーノルドとも上手くいくはず、と思っていたのだが、まだ色々と障害がありそうだ。この花がきっかけで、2人の仲が悪くなられては困る。マリベルは仕方なく口を出すことにした。



「ベル様、殿下にはそちらの花をプレゼントなさるのですか?」

「ええ、我が家自慢の庭で取れた、とっておきの子達よ」



(うーん、完全に自分の趣味に走ってるわね)



 どうもイザベルの見せびらかしたい病が出てしまっているようだ。マリベルは、部屋の隅に置かれたポピーを手に取る。



「ベル様、殿下にはこのような小ぶりなものがよろしいのでは? 以前、お茶会でお見かけした時に、殿下はナデシコやマリーゴールドなど、あまり目立たない花を見ておられました」

「そういえば、殿下はあまりご自身が目立つのは、お好きではなかったわね」



 思い出したようにイザベルが呟く。すっかり忘れていたみたいだ。



「当日は、殿下の元に華やかな花がたくさん届くでしょうから、目がお疲れになるでしょう。ですので、逆に落ち着いた物にしたほうが、殿下の目を惹くと思います」

「貴女が言うなら、そうしましょうか。マリーの持っている花を中心に見繕って」

「かしこまりました」



 メイドがマリーから花を受け取る。それからパパっと、先程よりも見どころに欠ける花束が出来上がった。



「やっぱり作り直そうかしら」



 出来た花束を見て不安げな表情を浮かべるイザベル。

 オレンジ色のポピーを中心に、薄桃色や白の花が辺りを囲っている。ポピーだけでなく、マーガレットやキンギョソウ、さらに先ほど却下されたネモフィラがアクセントとしてあった。正直、マリベルもそういったセンスには自信がないので、なんとも言えない。ただ、あの大輪の花たちよりはマシだと思われる。地味ではあるが品がある。



「少なくとも、落胆されることはないかと」

「それでも不安だわ。こんな地味な物つまらないもの」



(つまらないって)



 何気に殿下にもつまらないと言っている。本人がいたら、ますます嫌われてしまっただろう。最悪不敬罪にもなりかねない。こういうところがあるから、いまだに彼女といると気が抜けないのだ。



「マリー、明後日も家に来てね」

「構いませんが、明後日は殿下に会われるのでは?」

「ええ、だから貴女も一緒に行くのよ」



 ん? どうして自分も行かなくてはいけないのだ。場違いではないだろうか。



「貴女の言った通りに用意したのだもの。私一人で行くわけないでしょう」



 イザベルは、さも当たり前のように告げた。マリベルの同行は、すでに決定事項のようだ。仕方ない。行くしかないだろう。マリベルとしても彼がどのような反応をするのか気になる。それに、彼がイザベルのことをどう思っているのか、この目で確かめたい。マリベルは快く頷くのだった。








 まさか、デビュタント以外でお城に上がれるとは思っていなかった。マリベルは、今まで着たこともないような高級ドレスに身を包んでいる。一体、ノット家の生活費何か月分だろうか。今着ているドレスは、城に行く前にイザベルから渡されたものだ。



『貴女、私が安物のドレスを纏った子を連れて、殿下に会いにいくと思ってないわよね』



 マリベルはビクビクしながら、自分が持っている服の何十倍も値が張るだろうドレスに袖を通した。城に行く時も、彼女の馬車に乗せてもらった。桃色のドレスが、振動で揺れる。イザベルの手には、昨日用意した花がずっと握られていた。今日の彼女は、花束と合うように薄黄色のドレスを着ている。



「そのドレス、似合っているわね」

「ありがとうございます。こんなに素敵なドレスを頂けて大変うれしいです。あの、本当に貰ってもよろしいのですか? その、見るからに高そうですし、私には身の丈が合わないような気がします」

「あら、貴女が貰っていただかないと、そのドレスはゴミ箱行きよ。それに、安物のドレスしか持っていないんだから、こういう時はありがたく受け取っておきなさい」

「ですが」

「なに?」

「大切に着させていただきます」



 圧力に屈した。しつこい女は嫌われるのである。


 城に着き、イザベルの後ろを使用人よろしく歩く。城のメイドに案内され、客室に通される。部屋にはアーノルドがすでに待っていた。イザベルが駆け寄る。



「殿下、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう、イザベル嬢」



 アーノルドの表情は暗い。前世で見ていた時と同じような顔をしていた。彼はイザベルと会う時は、いつも暗い表情をしていたのだ。イザベルが持っている花を渡す。それを見て、アーノルドは驚いた。



「これは、君が?」

「はい」

「ありがとう。とても嬉しい」



 アーノルドが満面の笑みを見せた。イザベルの頬が真っ赤に染まる。視線が斜め下に向く。彼は、どんな花が使われているのか確かめていた。



「綺麗な花だな」

「私の家に咲いているお花です」

「そうか、匂いもいい。部屋に飾らせてもらうよ」



 お世辞でもなんでもなく、マリベルたちが帰った後、彼の部屋には花が飾られた。本当に嬉しそうだ。アーノルドと目が合う。



「マリベル嬢。君も来ていたのか」

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。お誕生日おめでとうございます、殿下」

「ありがとう」

「マリー、殿下とお知り合いだったの?」

「以前、お茶会でご挨拶をさせていただきました。覚えていただけて光栄です」

「一度会った者の名前と顔は忘れないさ」



 それができる者は、なかなかいないと思うが。アーノルドの能力の高さは、この時から際立っていたのか。マリベルの腕にイザベルの腕が絡む。



「殿下、馴れ馴れしいですわよ」

「すまない、イザベル嬢」



(やっちゃった!)



 アーノルドと話しすぎた。イザベルが拗ねた表情を見せる。どうやら怒ってはいないようだ。気付かれないように安堵を吐く。



(ん?)



 イザベルの言葉に引っ掛かりを覚える。



(なんだろう?)



 そんなマリベルをよそに、2人は楽しげに会話をしている。好きな人が喜ぶ姿を見れたイザベルは機嫌が良い。最初は沈鬱な表情をしていたアーノルドも、楽しそうだ。



(まあ、いっか)



 2人を見る限り、仲は良好のようだ。部屋に入ってアーノルドの表情を見た時は、駄目かと思ったが、どうやら毎年貰う彼女のプレゼントが嫌だっただけだろう。一昨日マリベルが助言をするまで、彼女は毎年あの派手な花束を贈っていたはずだ。むしろ年々進化していただろう。

 今は大切そうに花束を持っている。このまま、仲を育んでいってほしい。そして、脱処刑エンディングにしてくれ。






 その後、イザベルは存分にアーノルドと楽しいひと時を過ごした。マリベルは時折会話に参加しながら、2人の邪魔をしないように静かにしていた。

 そして、帰る時間となり、イザベルが部屋を出た時だった。後に続こうとしたマリベルを、アーノルドが呼び止める。



「マリベル嬢」

「はい?」

「ありがとう」

「何のことでしょうか?」

「イザベル嬢を変えたのは君だろ」



 確信を得た口調だった。真摯な瞳が、マリベルを射抜く。



「これからも彼女を支えてやってくれ」



 マリベルは、深く礼をすることで返事をした。







「殿下と何を話していたの?」

「これからもベル様をよろしくと」

「あら、殿下はいつの間に私の保護者になったのかしら」

「それだけ大切に思われているのですよ」

「それに、マリーに言うのも納得いかないわ。私が仲良くしてあげているのに」



 不満そうに言っているイザベルだったが、その顔には笑みが浮かんでいた。




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