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 マリベルは城に向かう前から、すでに疲れていた。昨日は散々イザベルのわがままに付き合ったからだ。いまだに体が休息を求めている。驚いたことに、イザベルの傍若無人ぶりは前世よりも進化しており、さすがのマリベルも限界だった。



『マリベルさん、私お腹が空いたわ』

『ごめんなさいマリベルさん。彼女に何か飲み物を持ってきてくださる?』

『マリベルさん、空気は綺麗なものを吸いたいわよね(訳:離れろ)』



「マリベルさん、どうしてそんなに離れていらっしゃるの?こちらにいらしてちょうだい」



(いやどっちよ!?)



 と思うが、マリベルに反論する権限はない。イザベルの言われたとおりに行動するだけだ。前世の時よりも扱いが酷い気がするのだが、気のせいだろうか?いや、もっと酷いことをされたこともある気がする。その辺は記憶が曖昧だ。




 お茶会2日目。イザベルの機嫌はよろしくない。むしろ昨日より悪化していた。



(そんなに助けられるのが嫌だったの?)



 料理をよそいながら過去の自分の行いを後悔する。タメ口で話したのが、そんなに気に障ったのだろうか。それにしては昨日まで音沙汰がなかったし、家が潰れることもなかった。一体何が原因なのか?いくら考えても、答えはでない。こんな不当な扱いをされても、イザベルへの不満がでないのだから、かなり末期だ。

 料理を皿によそい終わり、イザベルの元に運ぶ。城の使用人よりも手慣れている。



「お待たせいたしました」

「そうね、だいぶ待ったわ」



 顔が引きつりそうになるが、これくらいの嫌味は慣れっこだ。むしろ彼女のおかげでメンタルが強くなっている。おかげで、前世で陰口を言われまくっても平気だった。



「こちらお持ちいたしました」



 イザベルの前に料理を置いた瞬間、また一段と不機嫌になる。齢9歳とは思えないほど、恐ろしく美しい笑みを向けられた。



「いらないわ。下げてくださる」

「はい」



 料理を別のテーブルに移す。マリベルはひたすら困惑していた。



(何で?)



 料理を持ってきただけなのに。イザベルが席を立つ。



「来ないでね」



 付いていこうとする前に先制される。イザベルは一人、どこかに行ってしまった。令嬢達がクスクスとマリベルを見て笑う。明日は我が身かもしれないと気づかずに、人の不幸をあざ笑っている。彼女の前では、どんなに身分が高くとも、等しく蟻と変わらないのに。



「大丈夫か?」



 追うか迷っていたところで、声を掛けられる。それは忘れようもない声だった。マリベルは、急いで礼を取る。



「これは殿下、ごきげんよう」

「ああ、楽にしてくれていい」

「かしこまりました」

「君はノット家のご令嬢だろ? たしか名前は」

「マリベルでございます」

「僕はアーノルドだ。お初にお目に掛かるマリベル嬢」



 彼は光り輝いていた。太陽の光で金色の髪が反射している。たれ目から除く翡翠の瞳が、彼の優しさを表していた。左耳には、王国のマークがあしらわれたピアスが付いている。令嬢達が、キャーキャーと遠巻きにアーノルドを見ていた。



「先程のやり取りを見ていたが、大丈夫か? 彼女にはあとで僕の方から言っておくよ。それでも何かあったら知らせてくれ」



 アーノルドの表情は、いつもの柔和な表情を潜め険しい。



(しまった)



 イザベルとのやり取りを見られていたのだ。気付かなかった。マリベルは、見られていたことに気付けなかった己を恥じた。彼は、元から低かった彼女の評価を、さらに下げてしまったようだ。思い描く未来とは真逆の方向に行っている。せめて、先程のことは何でもないということを伝えなくては。


「いえ、問題ありません。ちょっとした喧嘩をしてしまっただけですので、今から謝ってまいります」


 それだけ言うと、マリベルはアーノルドに背を向けて走り出す。後ろから制止する声が聞こえるが無視する。走るなど令嬢らしくないが、彼に止められるわけにはいかない。


 会場から出る。後ろを振り返ると、アーノルドの周りにはたくさんの人だかりができていた。


(よし)


 マリベルは、また前を向いて走る。向かうはあの場所だ。




 バラの庭園に行くと、案の定イザベルがいた。ベンチに座って顔を俯けている。いつも前を向いている彼女にしては珍しい。先程まで不機嫌そうだったのに、今は落ち込んでいるようだ。

 マリベルは木の陰からそっと窺う。付いてくるなと言われた手前、今出ていくのは得策ではない。タイミングが重要だ。


 ふと、イザベルが顔を上げ、虚ろな表情で立ち上がる。そのまま、覚束ない足取りで湖の方に向かう。マリベルは無意識に走り出していた。イザベルが湖の前に立つ。体が傾く。足が地面から離れる前に、腕を引いた。2人して尻もちを付く。3年前よりも力が強くなったので、勢いがついてしまった。お尻が痛い。左手でお尻を擦る。



「イテテ……ちょっと、落ちたら危ないじゃない! なんで同じことするのよ!」



 二度目ともあり、心配よりも怒りの方が先立ってしまう。イザベルは背を向けていて、表情が分からない。



「聞いてるの!?」



 マリベルは、ぐいっと彼女の体をこちらに向けさせる。



「いくら私に怒っててもね、落ちるなんて駄目よ! 今度こそ死ぬかもしれなかったんだからね! そりゃあ、あの時引っ張ったことは悪かったわよ。でも、落ちる方が悪いんだし。ああ、いや違う。引っ張った私が悪いわね。ごめんなさい。舐めた口もきいちゃったし、だからずっと怒ってたのよね。どうしてら許してくれる? じゃなくて、ああもうとにかく、二度と同じことしないでよ! 次やったら出禁にするんだから!」



 文脈がおかしすぎて、結局何が言いたいのか分からない。それに、今言っていることの方がよっぽど失礼だろう。だが、興奮しているマリベルは気づかない。それなのに、イザベルは心ここにあらずといった様子で、なんの反応も示さない。どこかぶつけたのだろうか。



「もしかしてどっか怪我した? あ、足?足怪我した!? お医者様に見せる!?」



 その様子にマリベルも気づいて、今度は心配の色を見せる。そんな彼女に、イザベルが緩慢に首を横に振る。意識はあるようだ。



「本当? お尻は?」

「少し痛いわね」

「ええ! 大変! やっぱりお医者様に見せましょ! さ、立っ、て」



 立ち上ろうと腰を上げるが、またストンと地面に座ってしまう。もう一度力を入れる。立てない。これは、もしかしなくとも。



「腰、抜けちゃった」



 今回は助けるのが結構ギリギリだった。そのため、助けた途端に安心で腰が抜けてしまったようだ。早く医者に診てもらわなくてはいけないのに。どうしようか。



「ふふ、ふふふ、あははははは」



 イザベルが突然笑い出す。お淑やかさはなく、ひたすら大きな声で笑っている。こんなに笑う彼女は、見たことがなかった。マリベルは、呆然と彼女が笑っているのを見ている。だが、一向に笑い続ける彼女に、だんだん恥ずかしさが出てくる。



「笑わないでください」

「いやよ、ふふ、ふ、ふふふ」



 マリベルの顔は真っ赤だった。暫く庭園には少女の笑い声が響いていた。






「貴女、とんでもなく頭が悪いのね」



 ようやく笑いが収まったイザベルの言葉が、グサッと刺さる。何も言えないでいると、またイザベルがふふっと笑った。



「行くわよ」



 イザベルが立ち上がり、歩き出す。医者は良いのだろうか。それに。



(腰が抜けてるんだけど)



 試しに足に力を入れる。すると、簡単に立ち上がれた。いつの間にか治っていたらしい。



(もしかして、治るまで待っていたとか?)



 イザベルはすでに庭園から出ようとしていた。マリベルは、彼女の不器用な優しさに一人ほくそ笑みながら後を追いかける。


 そんな2人を見送るように、湖の水がほんのりと光ったのだった。




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