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推理パートです。ミステリー小説じみた回になります。後半会話文多めです。
判決の時がきた。
「これより、異端審問を開始する。マリベル・ノット、前へ」
マリベルは、警備兵に連れられ証言台に立つ。目の前には、陛下やアーノルド、レイラ、審議官などがいた。後ろには、父や母、貴族の重鎮が揃っている。ノアやイザベルの姿は見られない。
(体調を崩されたのかな? ベル様は、どうしたのかしら? お父様に止められたとか?)
普段は自由にやらせているが、さすがに自分を殺そうとした女の審議には、娘を出席させられなかったか。だが当主の姿も見られない。どうしたのだろうか。まさかノアに何かあったのだろうか。自分のことよりこの場にない者を心配するなど、我ながら末期だな。
「ああ、そんな、誰か嘘だといって」
「落ち着きなさい」
母のすすり泣く声が聞こえた。
(前もそうだったな)
あのように泣く姿を見るのは、今回で二度目だ。親不孝者で申し訳ないと思う。でもやはり、後悔は微塵もないのだから、マリベルは酷い娘なのだろう。審議はどんどん進んでいく。マリベルが口を挟む隙はない。なぜなら、すでに答えは決まった裁判だから。異端審問など名ばかり。すでに証拠は揃っている。この場はただの形式。皆は間に合わなかったのだ。致し方ないことだと思いながら、ガッカリしている自分がいる。
(早く終わらないかなぁ)
どうせ判決は決まっているのだから、もっと簡略してくれれば良いものを。
「それでは、判決を言い渡す」
審議は順調に進み、審議官が判決を言い渡そうとしている。やっと終わる。早くこの場から退散させてくれ。アーノルドとレイラは、感情の起伏が見受けられなかった。アーノルドはともかく、レイラがあんな顔をするのは初めて見た。正直、この場から早く去りたいのは、その二人の顔を視界に入れたくないからだ。マリベルは友人のそんな顔を平気で見られるほど、できた人間ではない。
「マリベル・ノット、国家反逆の罪で死刑を」
「お待ちください!」
扉が音を立てて開いた。マリベルは振り向く。扉の先には、イザベルとノアがいた。
「間に合ったか」
アーノルドがボソリと呟く。レイラは依然、固い表情を浮かべていた。イザベルとノアは、審議官の元に向かう。
「数日しか経ってないのに、なんだか久しぶりな気がするわね」
イザベルが証言台にいるマリベルの隣に立つ。会場が騒めいた。それはそうだろう。自分を殺そうとした人物の隣に、無防備に立つものなどいない。
「早くご息女を被告人から離せ!」
彼らはイザベルをマリベルから引き離そうとした。しかし、彼女は彼らを一睨みして黙らせる。そして、マリベルの腕に自分の腕を絡ませた。
「ベル様」
「黙って」
抵抗を見せたのはマリベルだ。だが、イザベルの一声で抵抗を止める。彼女はいつになく頑なだった。マリベルはこうなった時の彼女を小さい時から知っている。こうなってしまった彼女を諦めさせる方法は、残念ながら未だ見つけられていない。
「陛下、判決は私の話をお聞きいただいてからでもよろしいですか」
ノアの申し出に、陛下は悩む様子を見せた。
「父上、私からもお願い致します。どうか彼の話を聞いてはいただけませんか」
「――審議の場を荒らしたのだ。それ相応の内容であろうな」
「ディレイン家の名に懸けて、ご期待は裏切りません」
「聞こう」
アーノルドの懇願もあり、ノアは発言の許可を得た。
「まず初めに結論から申し上げます。犯人はマリベル嬢ではありません」
またも審議会場が騒めく。
「実は事件当日、マリベル嬢の持っていた飲み物も調べていたのですが、面白いことに、彼女の飲み物にも毒物が混入されていました」
「!」
それはマリベルも初めて知った。ではあの時、マリベルが先に飲んでいたら、自分が死んでいたのかもしれないのか。
「犯人は、マリベル嬢かイザベル、どちらが死んでも良かったのです。もしくは、両方殺す気だったのでしょう」
「なぜ、マリベル・ノットも殺す必要がある? 彼女が狙われる理由などないだろう」
審議官から疑問の声があがる。なんとなく失礼な気がするが、自分を殺しても益がないことは自覚している。
「それは犯人に聞いてみなければわかりません」
「して、その者は誰だ? 君は見当が付いているのだろう」
「…聖女様から興味深いお話を伺いました。マリベル嬢が飲み物を受け取るときに、自分と姉がいたと。その時、彼女の姉がマリベル嬢の代わりにウエイターから飲み物を貰ったそうです。間違いありませんね、聖女様」
(まさか、そんなことって)
ハッとして、レイラを見る。彼女は、驚くほど落ち着いた様子で頷いた。
「はい、私とマリベル様がお話に興じている間に、姉が二人分の飲み物を受け取っていました。私たちは話に夢中でしたので、その間に毒を混入することは可能でしたでしょう」
「レイラ、貴女なんてこと言うの!?」
それまで後ろの方で聞いていたモニカが大きな声を上げて立ち上がる。場の視線が彼女に集まる。彼女は、その視線にたじろいだ。
「モニカ嬢、どうぞこちらに」
ノアに促され、モニカはもう一つの証言台に移動する。この場の主導権は完全に彼が持っていた。その間レイラは、姉から視線を逸らさなかった。
「私は貴女が犯人だと思うのですが、どうでしょう?」
「どうも何も、事実無根です。名誉棄損も甚だしいですわ。だいたい動機は何ですか? 私には殺す動機などありません。私よりも、イザベル様と親しい間柄のマリベル様の方が、ストーリー性があるでしょう」
モニカは憤慨した様子で反論する。大事な妹にも犯人扱いされたのだ。怒りも凄まじいだろう。彼女達の両親は、どうしてこうなったのというように審問の行方を伺っている。
「今回の事件を調べていると不可解な点を見つけました。それは、飲み物を運んでいたウエイターは、レイラ嬢に飲み物を渡したことは覚えているのに、貴女に渡したことを覚えていなかったことです」
モニカの瞳に剣呑さが増した。
「貴女はずっとレイラ嬢と共にいたんですよね。ウエイターは、レイラ嬢に三回飲み物を渡したことを覚えていた。それなのに、ずっと彼女といた貴女のことは全く記憶になかった。不思議な話ですね」
「噂の聖女様しか眼中になかったのでは? 身内の贔屓目を抜いても、妹は可愛いですから」
「ほかにも興味深い話がありますよ。貴女は家のパーティーにも出席したことがありますね。その時のパートナーの方も調べてみたんですが、パーティーに行ったこと自体覚えていなかった。自慢ではありませんが、ディレイン家のパーティーに参加したことを忘れる人はそういないでしょう」
どういうことなのだろうか。なぜ、彼女に関わったことのある者達は、彼女のことを忘れているのだろう。
「まだありますよ。マリベル嬢が疑われるきっかけになった写真ですが、あれを撮った人に話を聞いたら、誰かに頼まれたようでして。さらに、マリベル嬢に接触している男も探しあてたら、彼女から物を盗んで落とした体で渡してくれとお願いされたようです。どちらも、お金を貰って。ですが、二人とも誰からお金を受け取ったのか覚えていなかった」
どんどん明るみにされていく事実に、マリベルは怖くなった。まさか、自分の周りでそんなことが起きていたとは思っていなかった。そんなに用意周到に行われていたなんて。それに、また記憶がない? 依頼人の顔を忘れる人などいない。記憶を消さない限り。
「モニカ嬢、君は魔法を使えるのだろう」
ノアが決定的な一言を告げた。審議官が待ったを掛ける。
「待ちたまえ、魔法を使える者は聖ヒスピリアン学園に通うのが原則。だが、彼女が通っているのはごく普通の学校だ。それに我々は魔法が使える者がいないか定期的に検査をしている。それを何度も誤魔化すことはできんぞ」
「それができるのです。簡単ですよ。記憶を消せるなら書き換えればいいんです。魔法の才能はないという記憶を植え付けてしまえば、いくらでも改ざんできます。レイラ嬢が突然魔法の才能があると発覚したのも、それまで貴女が記憶を弄っていたからではないですか」
「……仮に私が魔法を使えるとして、証拠がありません」
ようやくモニカが口を開いた。鋭い眼光がノアを射抜く。
「それから、わざわざ妹の才能を隠すことも私は一切していませんし、記憶を書き換えられるからといって、私がイザベル様を殺したことにはなりませんよ」
「ええ、なので貴女の家を調べさせてもらいました」
「!」
モニカの表情が、焦りを見せた。ノアは、ポケットから紙の束を取り出し審議官に渡す。
「これは写影機で撮った、彼女の家の写真です」
一枚ずつ写真を捲っていた審議官の顔が歪んでいく。そして、慌てて陛下にも見せる。
「面白いくらいにいろいろありましたよ。イザベルが飲んだ毒物と同じ症状を起こす花だけが育てられた庭に、毒の作り方、作るための材料や道具。その他いろいろ。よくもまあこれだけのものを、家の中に隠せたものですね」
「あの写真、ここに来るちょっと前に撮ったものなのよ」
あんな物いつ撮ってきたのだろうと思っていたら、イザベルがコソっと教えてくれた。だから、ここに来るのが遅れたのか。ギリギリまで頑張ってくれたのか。マリベルは、こんな時なのに口元がムズムズした。
「ふふ、ぶさーいく」
イザベルに口元を挟まれてしまった。不覚。
「まだ、反論はあるか?」
ノアが問いかける。彼女は、ゆっくりとレイラの顔を見た。レイラは、一度たりとも目をそらなかった。それまで剣呑な雰囲気を持っていた空気が霧散した。
「あーあ、バレちゃった」




