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レイラは自分の不甲斐なさが許せなかった。何でも協力すると言いながら、結局今の自分にできることは少ない。イザベル達の方も成果があまり見られないようだった。時間だけが過ぎていく。こうしている間にもマリベルの死が近づいていくのに。
レイラは悔しくて、悔しくて、姉に会うことにした。
「どうしようお姉ちゃん、マリーが死んじゃう」
「気を落とさないで、なってしまったものは仕方ないわ」
昔のように、落ち込むレイラをモニカが抱き込む。辛いとき、悲しいとき、彼女はいつもこうやって慰めてくれた。
「ねえ、お姉ちゃんには未来が見えるんだよね?」
「ええ」
「じゃあ、どうしてイザベルさんのことは見えなかったの?」
姉が見ていたら、イザベルは倒れなかったかもしれない、マリベルは捕まらなかったかもしれないのに。
「前に言ったでしょ、私に見えるのは貴女に関わることだけ。それ以外の人のことはどんなことをしても見えないわ」
「でも、お姉ちゃんなら何とかできるんじゃない。だって、いつも私のこと助けてくれるでしょ。お姉ちゃんならマリーを助けることもできるよ」
レイラは、体を起こして姉と目を合わせる。
これも、自分で決められていないと言われてしまうのだろうか。誰かに委ねてしまっているのだろうか。レイラには分からない。だけど、大切な友達を助けるために誰かにお願いしているこれは、自分の意志だと思うのだ。
めったにないレイラのお願いに、モニカは眉を八の字にする。
「私にだってできることは限られるわ。それに、いつも私が貴女を助けられるのは未来が見えるからであって、それ以外のことは専門外よ」
「でもでも、お姉ちゃん頭良いし、イザベルさん達と協力したら、犯人のこととか分かるんじゃないかな」
食い下がる妹に、モニカは心底困った。どうやって丸め込もうか。
「レイラ、私、今回のことは精霊王の啓示だと思うの」
「王様が?」
「私には、貴女と殿下が結ばれる未来が見えていた。貴女は聖女の生まれ変わり、精霊王の血筋と言われる王族に嫁ぐのが正しいわ。でも、殿下はそんな気がなくて、周りもそれで良いと思っている。だから精霊王は怒って、罰を与えたと思うの」
「王様はそんなことしない!」
レイラは、姉の言葉が信じられなかった。啓示? 罰? 自分とアーノルドが結ばれるのが正しい? なんだそれは理解できない。したくない。久しぶりに妹に牙を剥かれたモニカは、手のかかる子供を見るようにこちらを見てくる。そして、ゆっくりとこちらに手を伸ばした。
「貴女は殿下と結ばれる運命なの。それは精霊王が定めた未来。覆してはいけないわ。だから、今回起こったことは正しいことなの。賢いレイラならわかるよね」
モニカの手が、再びレイラを抱き込む。落ち着かせるように肩から二の腕を優しく擦る。
「――うん」
レイラは、生まれて初めて肉親に恐怖を抱いた。
レイラは、イザベルの家に来ていた。気軽に外に出られなくなった身だが、ディレイン家ならば王家の信頼も篤い。レイラは早くイザベルに会いたかった。本当はアーノルドの方が良いのかもしれない。だけど、やはりイザベルに聞いて欲しかった。
「どうしたのレイラ? 貴女がいきなり来るなんて珍しいわね」
「じつは――」
レイラは、先日の姉の話をした。未来が見えることもすべて。イザベルの顔から表情が無くなっていく。
「…私、お姉ちゃんがイザベルさんに毒を盛ったんじゃないかって思うんです」
ドレスの裾に皺が寄る。いけないとは思う、だけど拳を緩めることはできなかった。
「お姉ちゃんを疑うなんて酷い妹だと思います。でも、今はずっとお姉ちゃんが犯人なんじゃないかって、そればっかり頭に浮かんで」
苦しそうに言葉を吐き出す。イザベルは何かを言おうと口を開く。しかし、それは言葉を紡ぐことなく再び閉じる。そして、お茶に映る自分の顔を見つめる。やがて、顔を上げた。表情はない。
「私にその話をして、貴女はどうしたいの?」
思ったよりも感情の無いが声が出た。
「貴女の話は、ただの憶測。根拠もないわ。――貴女はこの私に何をしてほしいの?」
ただのお友達ごっこでは駄目なのだ。安請け合いはできない。根拠のない物に時間は割けない。だって時間がない。レイラは綺麗な目で、イザベルに向き合い、頭を下げる。
「時間の無駄になるのを承知でお願いいたします。姉が事件に関係あるかどうか、調べて頂けないでしょうか」
「良いでしょう」
イザベルは揚々と頷いた。
「貴女のお願いだもの、断る理由なんてないわ」




