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「マリベル・ノット。君に国家反逆罪の疑いが掛けられている。異論はあるか?」



 薄暗い牢屋の中。マリベルは何も考えたくなかった。格子越しに、アーノルドが厳しい顔を向けてくる。その隣にはレイラもいた。言葉にはしなくとも、信じたくないと表情が訴えている。


 運命は変わったと思っていた。だが、それはイザベルだけで、マリベルの運命は何も変わっていなかったのだろう。


 アーノルドが、レンズの付いたものを取り出した。



「これは、写影機と言われるものだ。君も名前くらいなら知っているな」



 知っている。その時の姿を一枚の紙に残せるという物で、一時期爆発的に売れたものだ。だが、撮ってもできるのはモノクロで荒い姿。美しい姿で撮ることはできず。今ではほとんど出回っていない。それがどうしたのだろうか。



「実はこのカメラは、今までのよりも性能が上がっていてな。実用化に向けてテストをしていたそうなんだ。そんな時に、この写真が撮られている」



 写真を見せられる。城下町の街並みだ。これが一体何なのか。



「右端の方を見てくれ」



 小さくだが、マリベルが映っていた。見慣れない男から何かを受け取っている。



「これが何か?」

「君は学園の生徒に絡まれた時に、毒を使って相手を脅して追い返すそうだな」

「!」



 なぜそのことを知っている。いや、答えは目の前にある。



(あの時の、聞かれていたのね)



 どうやら以前令嬢に絡まれている時に、レイラがああやって助けてくれたのは、偶然ではなかったようだ。それでも知らないフリをしてくれたのか。だが、城の者から追及され、隠し通すことはできなかったのだろう。



「君の家も調べさせてもらった。ベルが飲んだものと同じ症状を出す花を育てているのを見つけたよ。それ以外にも、たくさん育てているな」



 それは、誰かに飲ませるために育てているためではない。たしかに前はそうだった。だが今は、どれもマリベルの好きな花なのだ。だから育てている。それだけだ。だが、今それを言ったところで信じてもらえないのはわかっていた。



「ベルが倒れた時に君が真っ先に拘束されたのは、この写真が事前に届けられたからだ。だから、あの時君は常に警戒されていた。そして、どうやって混入したのかは不明だが、君が持ってきた飲み物に毒を混入させて殺そうとした」



(違う! 私はそんなことしない!)



 何も答えないマリベルに、アーノルドは驚くほど静かに説明する。否定は意味がない。マリベルは、それをずっと前から知っている。温情は貰えない。



「…答えてくれマリベル嬢。君は、ベルを殺そうとしたのか」

「マリー」



 ここで初めて、アーノルドの表情が崩れた。苦しそうだ。レイラも、泣きそうな顔で見つめてくる。マリベルは彼らを見て場違いにも嬉しくなった。



「ベル様は、ご無事ですか?」

「――っ――ああ、昨日意識を取り戻した」

「そうですか」

「お願いだ、写真に写っていた男は誰なんだ。どうしてあんな花を育てていた。君は、毒を入れていない、そうだろマリベル嬢。頼むから、答えてくれ」



 ガツンと鉄格子が揺れる。アーノルドが強く掴んでいた。答えてと言うのなら、マリベルはいくらでも答えよう。隠し事など、たった一つ以外何もないのだから。



「写真に写っている男性については、私も知りません。ただ、落とし物を拾っていただいただけですので」



 もしかしたら、アレは仕組まれていたのかもしれない。



『お嬢さん、これ、落としましたよ』

『え、あ、ありがとうございます』

『いえいえ、今度は落とさないようにね』



 おかしいとは思っていた。落としたことなど一度もないのに、紫色に染めた水が入った瓶を見ず知らずの男に拾われたこと。そして、落とした瓶が割れなかったこと。普通落としたら気づくはずだ。染めた水を持っているのは、以前のように名も知らぬ令嬢に脅された時のためだ。言葉で言っても聞かないようなら、アレを使って実力行使するつもりで持ち歩いている。水を染めているのは、よりリアルにさせるため。紫色はいかにもな色だが、それくらい大袈裟な方が信じられやすいのだ。



「家に咲いている花は、私の趣味で育てている物です。毒のある花が好きなので。それから、私がベル様を殺そうとしたことについてですが事実無根です。――私にはベル様を毒殺する理由がありません」



 アーノルドと見つめ合う。



「信じて、いいんだな」

「はい」



 頷く。すると悪ガキのような笑みをアーノルドが浮かべた。



「その言葉が聞きたかった」



 檻の隙間から腕が伸ばされる。そして、マリベルの頭を乱雑に撫でた。



「待ってろ、すぐに出してやる。行こう、レイラ嬢」



 そう言って、アーノルドは地下牢から出て行った。あたふたしながら見守っていたレイラは、「これ!」と言ってマリベルに手紙を渡した。何かわからなくて、彼女を見上げる。



「イザベルさんからの伝言です“必ず助けるから安心しなさい”ですって」



 彼女は、「あ、もちろん私も頑張るけど!」と言うと、意気揚々と出て行った。マリベルはそれを呆然と見るしかなかった。



(なに? なんなの?)



 どういうことだ。レイラに渡された手紙を見る。封蝋にはディレイン家のマーク。マリベルは、ゆっくりと手紙を開封した。




 “君を諦めない”




 ポタ、ポタ。


 紙が濡れる。嬉しいのに涙が出てしまう。


 ずっと怖かったのだ。もしも信じてもらえなかったら。諦観している気でいたが、心のずっと奥の方では、誰か助けてと訴えていた。でも、きっと前のように誰も助けてくれないと思っていた。きっと過去の罪が、まだマリベルを蝕んでいるのだと。過ちを犯そうとするイザベルを止めなかった。一人だけ過去の記憶を持って、過去に戻ってしまった。その代償なのだと。だが、違ったようだ。

こんなこと彼女たちの前では絶対に言えないが。



「もう、死んでも良い」



 悔いはなかった。自分ために誰かが動いてくれると言うのが、こんなに嬉しいものだとは知らなかった。



写影機はカメラのことです。勝手に言葉を作りました。


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― 新着の感想 ―
[一言] さぁここからが正念場だ 今まで辿ってきた運命の分岐点 その行く末が決まる時は近い 願わくばその先に幸あらんことを… …なんて言いながら場違いでしょうけれども、一つ ノア氏からのプロポーズの…
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