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マリベルは、ノアと共に城下町に来ていた。
「どこか行きたいところはありますか?」
「マリベル嬢が行きたいところでいいよ」
「まあ、良いんですか? 私もそれほど知っているわけではありませんが」
「俺は外に出ること自体が初めてだからね。実は、どこに行けば良いのかもわからないんだ。だから、君の好きな物を俺も見てみたい」
「そういうことでしたら」
まずは、本屋に案内した。彼はよく本を読んでいるが、自分で選んでいるわけではない。だいたい使用人が買ってくるので、マリベルは常々こうやって自分で本を選んでもらいたいと思っていた。
「こんなにいろんなジャンルが売っているんだね。どれも興味深いな」
棚に大量に並んでいる本に、ノアは興味津々だった。まるで初めて絵本を読んでもらったような顔をして、目についた本を片っ端から物色する。
「うーん、迷ってしまうな」
しばらく本を物色すること数十分。ノアの前には大量の本が積み重なっていた。
「またいつでも来られますから、今読みたい物をお買いになられたらどうですか?」
「そうなんだが、どれも読んでみたい物ばかりでね。…そうだ、マリベル嬢が選んでくれないか?」
「私が、ですか?」
「うん、君に選んでもらいたいんだ」
ノアにお願いされたマリベルは、散々悩みながら三冊選んだ。その後、本屋を出た二人は町中を歩く。
「マリベル嬢、あれはなんだ?」
「あれはアイスクリーム屋さんです」
「アイス?」
マリベルはアイスクリームの出店に興味を示したノアのために、アイスを買うことにした。
「美味しい。あの値段でこんなに美味しい物が売られているんだね」
ノアは、安い上に今まで食べたことのない食感に驚いていた。その後も、あれは何だと聞かれるたびにマリベルが答え店に入るを繰り返した。その間の彼は、まるで子供のようなはしゃぎっぷりだった。心底楽しんでいる様子の彼に、こちらも嬉しくなる。
(ずっとこのままでいられたらいいな)
だが、それもすぐに終わってしまう。まだ、町に出て二時間も経っていない頃だった。ノアの具合が悪くなってしまったのだ。以前のパーティーよりはしっかりとした足取りだが、顔色はどんどん青白くなっている。マリベルは、彼を人気のない公園へと案内した。ベンチに座らせて休ませる。
「ごめんね、マリベル嬢」
「謝らないでください」
ノアの顔色は依然として悪い。これではもう町に戻るのは無理だろう。しばらく休ませてから、護衛の者に頼んで馬車を呼んでもらわなくては。いや、すでに呼んでいるかもしれない。
「…君にはいつも、みっともないところばかり見せているな」
「その話はおやめください。以前も申しましたように、私は楽しかったですよ」
「だが、やっと君と出歩けるようになったのにすぐにこの様だ。それに、年甲斐もなくはしゃいだ自覚があるよ」
「あら、そんなノア様も私には素敵に映りましたけどね」
マリベルが茶目っ気たっぷりに片目を閉じると、ノアが困ったように笑う。本心なのだから良いだろう。ノアが、ベンチの背もたれに体重を乗せた。そのまま青い空を仰ぐ。
「次は、いつになるかな」
彼もこれで家に帰らなくてはいけないことを分かっているのだろう。そうなれば、次はいつ出られるのか分からない。また暫くは経過観察になる。いつ外出許可が下りるのか、それは医師の判断に任せるしかない。ノアが、背もたれに掛けた体重を戻す。そして、徐にマリベルの両手を優しく自分の両手で包み込んだ。
「マリベル嬢」
「は、はい」
「次の約束をしても良いかな」
「約束?」
「うん」
包み込んでいる手は、自分の手より幾分か冷たい。だが、それなのに体温が上がっている気がする。ノアの顔がグッと近づいてくる。
「君に聞いて欲しいことがあるんだ。だから、聖女生誕祭の時、俺は必ず外に出られるようにする。その時に、俺の話を聞いて欲しい。――ダメかな」
無意識にコクコクと首を縦に振っていた。早く離れてほしかった。何を言われているのか半分も分かっていなかったが、早く離れてほしい一心で頷く。それに満足そうな笑みを見せたノアが離れる。しかし、手は一向に離れる気配がない。
「ノ、ノア様」
「ん?」
「て、てを、あの、手が」
「ん?」
「手を、ですね、あの」
「うん」
「~~っ~~いじわる」
「そうだね」
護衛の者が現れるまで、マリベルは手を離してもらえなかった。そして、家に帰ってから今日のことを振り返り、悶えるのだった。
一方、イザベルとアーノルドはというと…。
「活き活きとしているな」
「ええい、まっどろこっしいですわ。生誕祭じゃなくて今言っちゃいなさいよ。お兄様の意気地なし」
ノアが言っていたように、二人を尾行していた。アーノルドは全くそんなつもりはなかったのだが、可愛い婚約者のお願いを断れず、つい付いてきてしまった。
「ベル、そろそろお暇した方がいいんじゃないか。あの二人も帰るみたいだぞ」
「いいえ駄目ですわ殿下。最後まで見届けないと、私の長年の計画が無駄になります」
「計画?」
「お兄様とマリーを結婚させて、私が合法的にマリーをお姉様と呼べるようにする計画ですわ」
アーノルドはなるほどと頷いた。
「ベルらしい考えだな」
「うふふ、私は欲しい物を手に入れる為にはいかなる手段であろうと講じます。それがいかに年月が掛かろうとも」
イザベルは振り返る。彼女の表情を見たアーノルドは、おかしそうに笑う。
「上手くいきそうか?」
「はい」
そう言ったイザベルは、妖艶にほほ笑んでいた。
モニカは爪を噛んでいた。その表情は、とても令嬢とは言い難い。
「よく見ればアイツ、雑魚キャラのマリベルじゃない。なんで隠しルートキャラとイチャイチャしてんのよ。……ちょっと待って、あそこにいんのイザベルとアーノルドじゃない。なんであの2人があそこに居んの? というかこの世界おかしいわよ。なんで形だけの婚約者の二人があんな風に仲良くしてんのよ。ていうかレイラも何なの。ゲームのキャラの癖に私に何の報告もしてこなくなったし。ちっ、あーイライラする。これじゃあ、いつまで経ってもレイラとアーノルドのハッピーエンドが見れないじゃない」
ガジガジと噛んだ爪の間から、血が出てくる。しかし、痛みを感じないのか、彼女はいまだに爪を噛んでいた。しばらくして、何かを閃いたのかパッと明るい表情に変わる。
「そうだわ、私がルートを作ればいいのよ」
モニカは、スキップでもするようにその場を離れる。
(どうせここはゲームの世界)
「まずは、邪魔なキャラを消さないとね」
モニカの頭にはある一つの案が浮かんでいた。




