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レイラはイザベル達に謝った。彼女のこれまでのことをイザベル達にすべて打ち明けた。ただ、姉に予知能力があることについては所々ぼかしていた。これはマリベルの助言だ。特別な力を持つことを知る者は、少ない方が良い。それに、もしそのことが周りに知られたら、それを悪用する者が現れるだろう。そのせいで、イザベル達にも被害が及ぶかもしれない。家柄のせいで多方面に恨みを持つ二人だ。これ以上敵を作らせたくなかった。
二人はレイラの話を真剣に聞いていた。
「間違いは誰にでもあるわ。でも、間違いに気付いたなら、いくらでもやり直せる。レイラさん、今度は私とお友達になってくれますか?」
「――私で、いいんですか?」
「ええ」
「僕とも友人になってくれるか?」
「はい、こんな私でよければ」
二人は謝罪を受け入れ、一から関係を築くことになった。
「ご迷惑いっぱい掛けた分、恩返しできるように不肖レイラ頑張ります!」
謝罪を受け入れてもらえたことで心機一転。レイラも本来の彼女に戻った。
モニカについては、今のところどうこうする気もないようだ。決定的に何かしたわけでもないし、レイラが彼女に助けられたことも多い。ただ、これからも姉の近くにいると、また楽な道に逃げてしまう可能性があるということで、しばらくは距離を置くらしい。マリベルもその方が良いと思った。もっと自分の力で考えられるようになってから、姉との関係を見直せばいい。今は、自分の意志というものを取り戻すことが大切だ。
とは言っても、彼女のことだから、すぐに解決しそうな気もするが。
「そうか、俺が寝ている間にそんなことが」
「ええ、お兄様が寝ている間にそんなことが起きたのです」
「もっと早く教えてほしかったな」
「お兄様の心労を増やしたくないと思いまして」
「へー、ベルは優しいね」
「お兄様ほどではありませんわ」
「あはは」
「ふふふ」
(なんでここだけ極寒なんだろ)
マリベルは思わず腕をさすった。年々寒さが増しているのは気のせいだと思いたい。
「あ、そうだわお兄様、マリーに言うことがあるのよね」
「え」
「?」
イザベルが思い出したとでもいうように、両掌を叩く。言いたいこととは何だろうか。マリベルはノアを見た。しかし、肝心の彼も思い当たらないようで首を傾げている。それを見てイザベルは呆れた。
「もう、やだわお兄様。せっかくマリーをデートに誘うチャンスなのに」
「で」
「デート?」
デート? 誰が?
ノアの手がイザベルの口を塞ぐ。いつになく強引な手だった。
「気にしないでくれ。デートは語弊があるというか、いや間違いではないんだけど、ちょっと違うというか、とにかく変なことではないから」
「はあ」
気のない返事が出る。珍しく彼が狼狽えている。つまり、どういうことだ?
「その、外出許可がやっと下りたんだ」
「! まあ、おめでとうございます!」
それを聞いて、マリベルは自分のことのように喜ぶ。まさかこんなに早く町に行けるようになるとは。彼が外に出られるようになるのは、もっと先だと思っていたので純粋に嬉しい。だが、まだ続きがあるらしく、言いにくそうにノアが言う。
「以前した約束を覚えているか?」
「……ええ」
「今度、俺に町を案内してくれないか? 君にお願いしたいんだ」
『マリベル嬢。お願いがあるんだ。もしこの籠から出られるようになったら町を案内してくれないか?』
(そういえば、あれから1年経つのね)
一日が過ぎるのがあっという間で、昨日のことのように思い出される。それに思い至ったら、ようやく実現されるのだと実感が湧いてきた。
「はい、嫌というほど連れまわしますわ」
「お手柔らかにね」
得意気な顔を見せると、ノアが柔らかい笑みを浮かべた。
「んー、んー」
「おっと」
「ぷは、――酷いですわお兄様!」
「ごめんごめん、忘れてたよ」
ずっと口を押さえられていたイザベルが、外すように訴える。それに気付いたノアが手を外すと、酷いと怒られた。ノアは、悪びれた様子もなく平謝りした。
「もういいです。今日は意気地なしなお兄様に免じて許してあげます」
「はいはい、イザベル様ありがとうございます」
「むー、今日のお兄様は一段と意地悪です」
イザベルが不貞腐れる。ノアは彼女のご機嫌取りを始めた。それを見て、マリベルはくすくすと笑った。
「マリー、どうしてお兄様の体調が回復されたと思う?」
医者が来たことで部屋を辞した二人は、今度はイザベルの部屋に向かった。今頃診察中の彼を思いながら、午後のティータイムを楽しむ。
「治療法が見つかったからでしょうか」
「それもあるけど、それだけじゃあそこまでお元気になられなかったわ」
ほかにどんな理由があるのだろう。何もせずにあそこまで回復するとは思えないのだが。
「分からない?」
マリベルは頷いた。皆目見当もつかない。
「貴女と会ったからよ」
イザベルはことさら優しい声で告げた。
「私が貴女に出会わなかったら、私はお兄様とお話をしようとすら思わなかった。貴女に出会わなかったら、お兄様は本気で病気を治そうとすら思わなかったわ」
「そんなこと」
「あるのよ」
自分と出会っただけで病気が簡単に治るとは思えない。だから否定しようとしたのに、イザベルはそれを遮るように強い口調で告げる。
「病は気からとも言われているでしょう。お兄様は、ご自分の体を治されることに消極的だった。なぜかは私にも教えてくださらなかったけれど、でも貴女と出会ったことですべてが変わったわ。あんなにご自分のことに消極的だったお兄様が、自ら病気を治したいと治療に熱心に取り組まれるようになったの。そうしたらね、みるみる回復されていって、気づけば外にも出られるようになったわ。――それも全部貴女が変えてくれたのよ。ありがとうマリー」
「…もったいないお言葉です」
泣きそうになる。これまでのことが全て報われたような気持ちになる。過去の罪は消えないのに、今この瞬間、償いを終えたと錯覚してしまう。
「私も、お二人に出会えて幸せです」
お茶は冷めてしまったが、心は温かかった。




