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 さて、最近忙しかったマリベルは新作のパンケーキを食べるべく、城下町に来ていた。貴族の娘が気軽に一人で出歩くのは危険なのだが、一目見てマリベルを貴族と見抜く者はいない。それに、護衛なんて用意するお金もないので、いつも町に出かけるときは一人だ。


 マリベルはルンルンと、町中を歩く。



「パンケーキ♪ パンケーキ♪ クリームたっぷりパンケーキ♪」



 楽しみ過ぎて自作の歌まで口ずさみだした。しかし、今日は休日ということもあり町は賑やかだ。マリベルを気にかける者はいない。あと少しで店に着くという時、見覚えのある後ろ姿を見つけた。



「来ないな~……そんなことないよ、来るって言ってたもん……嫌だ、もうちょっと……今日はお休みだからね~……」



 彼女は建物の陰に潜み、噴水広場の方を見ていた。誰かといるようで、時折話し声が聞こえる。だが、マリベルにはその人の声は聞こえない。一見すると不審者だ。

 マリベルはどうしようかと迷ったが、思い切って声を掛けることにした。彼女の後ろに近づく。やはりもう一人の姿は見えない。



「レイラさん」

「うひゃあ!」



 レイラが変な声があげて飛び上がる。そこまで驚かれるとは思っていなかったマリベルも、同じようにビックリしてしまった。彼女が勢いよく振り向く。



「あ、マリベルさんか、ビックリしたー」

「それはこっちの台詞よ!」



 レイラがホッと息を吐いた。一体、なんだと思ったのだ。



「こんなところで何をしているの?」

「いや~、な、なにも、してない、ですよ~」



 あからさまに誤魔化すレイラ。そんな彼女の様子にマリベルは半目になる。



「な、なにもしてないですってー、いやだなーマリベルさん、私がそんな可笑しな子に見えますかー?」

「そうね、誰もいないのに大きな独り言をいう人がいたら誰だって可笑しな子がいると思うわよね。それが仲良くしている子だったら特に」

「う」



 言い逃れのできない状況に、レイラは観念したように取り繕うのを止めた。



「誰にも言いません?」

「時と場合によるわね」

「マリベルさんて、時々意地悪ですよね」



 分かりやすいくらいにレイラの頬が膨れる。それが面白くてマリベルはふふっと笑った。



「ごめん、嘘よ。言わないから教えてもらえると嬉しいな」

「しょうがないですね。今日は、アーノルドさんがあそこを通るみたいなんで、見張ってたんです」

「あそこって噴水広場?」

「はい、イザベルさんと一緒に来るそうですよ」



 イザベルからそんな話は聞いていないが。彼女がマリベルに話していないことを、レイラに話すとは考えられない。それに、わざわざどこを通るとか言うだろうか。



「だから、アーノルドさんが来るまでここで待つことにしたんです。でも、いくら待っても来ないから、リッチが煩くて」

「リッチ?」

「仲良くしている精霊の名前です」

「貴女、精霊が見えるの!?」



 マリベルは驚いて大きな声を上げる。レイラが慌てて、マリベルの口を押さえた。「あははー」と言って、周りに苦笑いを浮かべる。マリベルの声でこちらに視線を向けていた者達が再び歩き出す。



「あんまり大きな声で言わないでください」

「ごめんなさい。でも、精霊と話せるって本当なの?」



 2人は小さな声で話し始める。信じられなかった。精霊の姿を見える者は、この世界では確認されていない。たしかに魔法を使う際は精霊に助けてもらうが、それはこちらの声を届けることができる者だけだ。姿まで見えることはない。稀に小さい頃に精霊の姿を見られるものがいるが、それも大人になるにつれて見えなくなる。


 イザベルも小さい頃見えていたようで、城の庭園で湖に落ちそうになったのも精霊の悪戯だったそうだ。本人も、大きくなるにつれてあれが精霊の仕業だと気づいたようで、こっそりとマリベルに教えてくれた。それを聞いてマリベルも腑に落ちた。どうりで不自然だと思ったのだ。イザベルが誤って湖に落ちるヘマなどするわけがないのだ。今は精霊の姿も見えなくなったらしい。今は庭園に行っても、湖に落ちることもなくなった。


 そして、レイラはすでに16歳。小さい頃に見られたとしても、イザベルのようにもう精霊が見えなくなる年齢だ。それなのに今も見えて、会話をしている。これはかなり稀有なことだ。



「陛下達は知っているの?」

「アーノルドさんは知りません。陛下と学園長先生だけです」

「…そんな大事なこと私に教えちゃっていいの?」

「はい、だってマリベルさんですし」

「どういう意味?」

「えへへ」



 笑って誤魔化された。微妙に腑に落ちない。だが、これで納得した。聖女を決める儀式の際、陛下はレイラが選ばれても驚かなかった。彼はレイラが精霊の姿が見えることを知っていたから、彼女が聖女に選ばれることを確信していたのだ。初代聖女も、精霊が見えていたから。これは良い収穫かもしれない。



「その精霊は今もいるの?」

「はい、ずっと私の周りをウロウロしています」

「この辺?」

「惜しい、もうちょっと左です」

「こっちね!」

「残念! 右に行っちゃいました」



 見えはしないが、精霊がいるところを知りたい。こっちか、あっちかとマリベルが聞きながら、レイラがどこにいるか教える。しかし、いたずら好きな精霊なのか、マリベルがその方向を見るとすぐに違うところに飛んでしまった。はたから見ると可笑しな2人組である。



「そういえば、殿下達は噴水広場を通ったのかしら?」

「あ、忘れてた!」



 2人は物陰から噴水広場を覗き見る。どうやらまだアーノルド達は来ていないようだ。大分時間が経っているが、いつ来るのだろうか。


「ねえ、殿下たちはいつ来るの?」

「そろそろ来ると思いますけど」



 しばらく2人で噴水広場を見張る。だが、いくら待てどもアーノルド達は来ない。



「来ないわね」

「ですね」

「お腹空かない?」

「ペコペコです」



 ちょうどレイラのお腹がくぅと鳴った。2人は顔を見合わせる。



「近くのお店に新作のパンケーキが出たんだけど、行く?」

「行きます」

 


 2人は噴水広場から離れた。


 その5分後、噴水広場には仲睦まじく歩く美しいカップルが目撃された。


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