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「お部屋に戻りましょう。ベル様には私が後で言っておきます」

「ごめん」



 目立たないように、ノアを連れて会場の外に出る。



「部屋に戻る前に、少し外の空気を吸っても良いかな」

「ですが」

「大丈夫だから」



 たしかに辛そうではあるが、ふらついてはいない。マリベルは、彼を庭に連れていくことにした。ベンチに彼を座らせ、マリベルもその隣に座った。ノアは顔を下に向けている。遠くでは、また音楽が鳴り始めていた。



「情けないな」

「え?」



 ノアがポツリと呟く。聞き取れなかったマリベルは思わず聞き返す。俯いているため、彼がどんな顔をしているのか分からない。



「本当は、最後まであそこに居たかったんだ。それなのに、ちょっと人前に出ただけで、この有り様だ。なんて情けない」



 ノアは自分の拳を強く握る。口元は悔しさが滲み出ていた。マリベルは、慰めの言葉が苦手だ。慰められたって、どうにもならないこと理解しているからだ。そんな言葉を掛けるなら、助けてほしい。救ってほしい。それができないなら、放っといてくれ。そう思ってしまう。

 だからマリベルは、誰かに慰めの言葉を掛けるのも掛けられるのも苦手だった。



 だからマリベルは、本当のことしか言わない。



「……私は、一緒に居られてとても嬉しかったですけどね」



 ノアが顔を上げる。顔色は相変わらず悪い。マリベルはにこっと笑った。



「今度は私とも踊ってくださいね」

「……それはこっちの台詞だよ」



 この時のノアの顔は、今までで一番優しい色をしていた。









 庭で休んだ後、マリベル達はノアの部屋に来た。異性と部屋で2人きりというのはどうかと思ったが、すれ違った使用人たちが何も言わないのでそのまま入る。ノアが、ジャケットだけ脱いでベッドに横になる。



「医者は呼びますか?」

「いや、そんなに大事じゃないよ。大丈夫。一晩眠れば良くなるよ」



 そうは見えない。いつもは元気な時にしか彼に会ってこなかった。そのため、ここまで酷い彼を見るのは初めてで、どうしても医者を呼んだ方がいいのではないだろうかと思ってしまう。一向に心配げに見てくる彼女に、ノアは苦笑を浮かべた。



「本当に大丈夫だから。心配しないでくれ。それより、君は早く戻った方が良い。あの子たちが探しているよ」

「ふふ、それこそ心配いりません。むしろ、私達がいなくなって2人で仲良くしているのではありませんか」

「…ああ、そうかもしれないな」



 お邪魔虫は早いところ退散した方が良い。ノアとマリベルの存在がイレギュラーだったのだ。いつもだったらイザベルはアーノルドにエスコートされる。だが、ノアが出ることになったことでそれはなくなり、代わりにマリベルがアーノルドにエスコートされた。だから、周りも混乱したのだ。イザベルとアーノルドは当たり前のようにパートナーとして考えられていたから。そのため、自分たちが会場からいなくなった今、本来のペアに戻っていい感じになっているだろう。むしろマリベルが戻ってしまうと、イザベルは代わりの男を探さなくてはいけなくなる。要するにいろいろとややこしいのだ。

 それに思い当たったノアも、マリベルの言葉に同意した。



「それじゃあ、パーティーが終わるまで話に付き合ってくれないか。あまり眠る気が起きなくてね」

「私で良ければいくらでも」



 それから、しばらく2人はたわいもない話に興じた。以前は2人きりになると何を話せば良いのかわからなかったのに、今日は次から次に話題が出てくる。

 近所にある店のこと。今度行くカフェについて。幼馴染について。最近読んだ本など。どうして今までこの話をしなかったのだろうとさえ思う。


 この部屋までは、パーティーの音楽は聞こえない。静かな夜が続いていく。



「そういえば、レイラ嬢と言ったかな。不思議な子だね」

「不思議、ですか?」



 たしかに彼女には謎なところがあるが、今日が初対面の彼には失礼な令嬢にしか見えないと思うのだが。



「なんというのかな、彼女の周りは空気が澄んでいるんだ。まるで精霊の世界にいるような感じだ」

「それは、彼女が魔法を使えるからではないでしょうか。あの子は才能がありますから」



 精霊の世界は、心の透き通った者しかいられないと言われている。つまり、どこまでも清廉で美しい心を持ったものしか精霊とは相容れないという意味だ。レイラを精霊の世界に例えたノアに、マリベルは才能があるからではないかと答えた。しかし、そえに納得しない様子でノアが唸る。



「うーん、それを言うならベルや殿下もそうだ。あの子たちは、魔法が使える者達の中でも抜きん出た才能がある。でも、彼女はそれとは少し違うな。例えるなら、―――聖女かな」



 マリベルの体がピクっと動いた。顔が強張る。それに気付いたノアが、「マリベル嬢?」と聞いてくる。



「どうかしたかい?」

「なんでもありません。…ノア様は、あの子のことどう思われますか?」

「そうだな……最初に選ばれた聖女は、彼女のような人だったのかなと思うよ」

「……」



 なぜ初対面の人をそこまで評価するのだとか。どうしてそこまで好意的なんだとか。いろいろと言いたいことが浮かぶが、それは言葉になることはなく喉元で飲みこむしかなかった。





「ノア様、そろそろお開きでしょうから、私はこれで失礼させていただきます」

「ああ、もうこんな時間か、すまないマリベル嬢。今日はありがとう。楽しかったよ」



 マリベルは、部屋のドアを開けようとした。しかし、ノアに呼び止められる。振り向くと彼が笑みを浮かべていた。



「次は俺にエスコートさせてくれるかい?」

「―――はい、喜んで」



 今度こそ部屋を出る。パーティー会場への道を進む。



(変に思われなかったかな)



 動揺が顔に出なかっただろうか。まさか、彼の口から聖女の言葉が出るとは思わなかった。というより、こんなに早い段階でその言葉を聞くとは。これは予想外だった。



 昔、この世界は戦に溢れ、土地が荒れ果てていた。それに怒った精霊王が、自分が創った世界を一度リセットしようとしたという。それを鎮めるために、一人の清純な少女が生贄として選ばれた。少女は見事精霊王の怒りを鎮め、後に聖女として崇められる。以降、10年に1度。聖女を選ぶ行事が行われる。選出されるのは、15歳から20歳までの少女。マリベルも来年受ける。



 その選出で来年、レイラが聖女として選ばれるのだ。社交界では、イザベルが聖女と言われているが、それは来年の行事で選ばれるのは彼女だと皆が思い込んでいるからだ。しかし、本当は彼女ではなくレイラが選ばれる。



 そして、マリベルは知っている。


 知っているのだ。



 レイラが、初代聖女の生まれ変わりであることを。


 それは来年、皆が知ることになる。



「なんでわかったのかしら?」



 マリベルは首を傾げる。まさかノアも、自分と同じように死んで過去に戻ってきたとか。いや、そんな奇跡みたいなことが、そう何度も起こるとは思えない。それに、たとえそうだとしてもマリベルに聖女の話をしてくる意味が分からない。



「うーーーん」



 いくら唸っても思いつかない。どうせなら直接彼に聞けば良かっただろうか。こういう考える作業はマリベルは苦手なのだ。どうせなら体を動かすか、細々としていたい。



(ま、何とかなるでしょ)



 マリベルは考えるのを放棄した。今までも何とかなったので、最近は前向きに考えるようにしている。

 会場に再び入る。先程よりも、人がまばらになっている。パーティーはお開きのようだ。



「マリー!」



 イザベルが手を振ってくる。隣にはアーノルド。レイラはいなかった。マリベルは、2人の元に向かうべく、人の流れに逆らって会場の中央に向かうのだった。



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