表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/36

2



 高らかに宣言したは良いが、生憎マリベルの頭はそこまでよろしくない。成績は常に真ん中、顔も平凡。身長、体重、その他もろもろ、どこまでも平凡を地で行く女だった。そんな女が、性格以外は才色兼備、文武両道を備えたイザベルの機嫌を損ねずに、普通の令嬢に更生することができるだろうか?



(無理だ)



 マリベル主導の更生プログラムは、早くも詰んでいた。


 しかも、まだ問題があった。お茶会は3日間行われる。それが終わると2年後のお茶会までイザベルと会えないのだ。

 王家主催のお茶会は、デビュタント前の子供達の予行練習でもある。幼い時から多くの貴族と接することで、貴族社会にある程度触れてもらおうという皇妃のご意向により開催された。お茶会は、5歳と9歳の子供が集められる。参加は自由であるが、王家主催とあってどの家も必ず1回は参加している。マリベルもそのうちの一人だった。

 2度目のお茶会で再会したイザベルは、わがままっぷりに拍車がかかっていた。一体マリベルと再会するまでに何があったのか。彼女が通ると、モーゼの如く道が開いていた。この時には、アーノルドも彼女に極力近づかないようにしていたほどだ。


 つまり、9歳になるまでの4年間がカギになるのだ。そのため、マリベルは1回目のお茶会でイザベルと頻繁に会えるぐらい近しい間柄にならなくてはならない。彼女と会う機会が増えれば、何とか更生できるかもしれないのだ。


 お金も名誉もないマリベルには、このお茶会だけがチャンスだった。



「頑張れマリベル! あなたはやればできる子よ!」



 通りがかったメイドに、奇異な眼差しを向けられたのはご愛嬌だ。




 そして、2日目。意気揚々とお茶会に挑んだのだが……。



「駄目だわ、全く隙が無い」



 マリベルは撃沈した。帰ってすぐにベッドにダイブする。行儀が悪いが、今日だけは勘弁してほしい。なにせ、成果が全く得られなかったのだ。ただただ、イザベルの後ろを付いていき、ほかの令嬢にあざ笑われながら終わってしまった。



『イザベル様の後ろにいるのは、どなたかしら?』

『古臭いわね~』

『皇后さまに失礼よね~』



 さすが貴族のご令嬢。齢10歳未満にして、人を見下すことに長けている。



「ぬああ、やばいー!」



 バタバタとベッドの上で暴れる。ここにメイドや母がいたら大目玉を食らうが、今はいないので思う存分鬱憤を晴らす。ひとしきり暴れたら気が済んだので、ベッドから降りる。



「大丈夫よ、マリベル。明日こそはイザベル様とお近づきになれるわ。頑張りなさいマリベル。貴女は17歳のイザベル様のお相手もしてきたのよ。5歳のイザベル様なんて目じゃないわ。大丈夫、勝てる」



 もはや趣旨が変わっている気がしなくもないが、マリベルは己を鼓舞しつつ眠りについた。

 通りがかったメイドが、本気で旦那様に相談した方がいいか悩みだしたことには気づかなかった。




 翌日。マリベルは肝心なことを失念していた。今日はイザベルの未来の婚約者、ルーレア王国第一王子アーノルド・パジェット・ジョイスがお茶会に姿を現す日だったのだ。本来なら一つ年上の彼は、参加する資格を持たない。だが、王子ということもあり、一度だけ姿を見せてくるのだ。



 今2人を会わせるのは、非常にまずい。



 どのくらいまずいかというと、紅茶にコーヒーをいれるくらいまずい。



 アーノルドは、華美なものが苦手だ。賑やかなところよりも静かな場所を好む。人々が楽しく騒いでいれば、それを遠目で見守る方が好きだ。彼は、この国の国王になるにも関らず、必要以上に注目されることが苦手だった。

 一方、イザベルは派手な物が好きで、どんな時も自分を中心に置きたかった。自分が良ければすべて良し。ほかの者がどうなろうと、知ったことではないのだ。



 何もかもが正反対の2人。相容れないのは必然といえた。



 マリベルの記憶では、このお茶会で2人は初対面(はつたいめん)となる。そして、イザベルは彼を好意的に捉え、アーノルドは見えない壁を作った。思えば、この時からイザベルは彼に惚れていたのだろう。


 2人の記念すべき逢瀬を邪魔するのは忍びないが、いま会わせるわけにはいかない。せめて、イザベルの性格がもう少しマイルドになってからが好ましい。



「イザベル様、お疲れではございませんか? あちらにバラの庭園を見つけましたので、そこで休まれてはいかがでしょうか?」

「まあ、そんな素敵なところがあるの。案内なさい」

「こちらです」



 マリベルは、舗装された大きな道を外れ、細い道を進む。辺りは木々が生い茂り薄暗い。何か出てきてもおかしくない雰囲気だ。夕方にでも通れば、一層不気味な印象を与えるだろう。少し進むと開けた場所に着いた。



「きれい」



 イザベルは、それ以上の言葉を見出せなかった。言葉で彩ると、この庭の美しさが失われると思ったからだ。


 そこは、色とりどりのバラが咲き誇っていた。中央には小さな湖があり、周りを囲むように花が咲いている。一カ所だけベンチが備えられており、蝶があちらこちらで飛んでいる。イザベルは導かれるように、バラの庭園へと歩いていった。マリベルは黙ってその後ろを付いていく。イザベルは気になる花を見つけるたびに足を止め、じっくりと観察する。その様子を見て、マリベルはこっそりと安堵の息を吐いた。



(これなら殿下と会わなくてすみそうね)



 イザベルが、この場所を気にいることは事前に知っていた。ここは前世のイザベルが散歩している時に、偶然発見した庭なのだ。彼女はとりわけバラが好きで、この庭園はまさに憩いの場所と言っても過言ではなかった。ここを見つけてからは、彼女はマリベルが呼びに来るまで、よくパーティーで疲れた時の休憩場所として利用していた。




 予想通り、イザベルはお茶会のことを忘れ、庭園に夢中になっている。今は湖を覗いていた。今頃、会場はアーノルドの登場に湧いているだろう。イザベルの両親は、彼女を探しているかもしれない。だが、今回は諦めてもらおう。その方が、お互いのためだ。マリベルの両親は、雲の上の人とお近づきになる気がそもそもないので探すことすらしない。


 そう考えた時だった。イザベルの体が、ふらりと傾いた。体が湖へと近づいていく。マリベルは咄嗟に彼女の腕を両手で掴んだ。こちらに引っ張る。鍛えていない子供の力では、同じ年の子供を支えるだけでも辛い。2人で尻もちを付く。何とか湖に落ちるのを止めることができた。イザベルが、呆然としている。マリベルはその隣でハアハアと息が切らしながら、相手が誰かも忘れて勢いよく問いかける。



「怪我は!?」

「……」

「どこか痛いところとかない?」

「…ないわ」

「本当に? めまいとかは?」

「いいえ」

「良かった~」



 肩の力が抜ける。マリベルは、足を伸ばして両手を後ろに付く。



「あ~、びっくりした~」



 我ながらよく動けたと思う。あと少し遅かったら、イザベルは水の中に落ちていただろう。そうなれば助けを呼びに行かなくてはいけなくなる。その前にイザベルの体力が尽きて、湖に沈んでいたかもしれない。また、たとえ助けることはできても、庭園に案内したマリベルは一族郎党、路頭に迷うことになっていただろう。

 そこまで思い至ってから、自分の今の格好を思い出した。とてもはしたない。



「も、申し訳ございません!」



 急いで立ち上がり、深くお詫びする。が、なんの反応もない。恐る恐る顔を上げる。

 血の気が引いた。



 表情が抜け落ちていた。



(終わった)


 マリベルの人生は、早くも終了してしまったようだ。これからどうしようか。



「た、立てますか?」



 しかし、一縷の望みをかけて、いっこうに立つ気配のないイザベルに手を差し伸べる。イザベルは、マリベルの顔と手を交互にみてから、自分で立ち上がった。無言で庭園を出ていく。マリベルは、その後ろ姿を、ただ見つめるしかなかった。





「キャー! 生王子だ! スチルで見るより超イケメンじゃん! マジヤバ! もうこれはアーノルドルート確定ね!」



加筆しました。


よかったら感想や評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ