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皆の視線が会場の入り口に集中している。先程まであんなにマリベル達に興味津々だったのに。アーノルドと共に入り口に向かう。そこには予想通りの人達がいた。あちらもこちらに気付く。
「マリー! 殿下!」
ノアにエスコートされたイザベルが、手を振る。マリベルはお辞儀した。アーノルドは、初めて会うノアと会釈している。正装に身を包んだノアは、いつもの儚さを残しつつ凛々しさがあった。
「ね、正装姿のお兄様、とっても素敵じゃない?」
アーノルドと話しているノアを横目に、イザベルが耳元で囁く。マリベルは、チラッといつもと雰囲気の違うノアを見る。
「…はい、格好いいです」
なんだか顔が熱くなってきた。彼と目が合う。微笑まれた。思わずイザベルの後ろに隠れる。
「あらあら、恥ずかしがり屋ね」
イザベルがコロコロ笑った。そして、後ろにいる彼女に良い情報を与える。
「そのドレス、お兄様が選んだのよ」
「!?」
ドレスを見る。フリルやレースは最低限に抑えられ、胸元のピンクのリボンが強調されている。目立つようなドレスではないが、マリベルのことをよく分かっているようなデザインだ。
(これをノア様が)
彼が真剣に考えている姿が目に浮かぶ。自然と顔が綻ぶ。それを見たイザベルも嬉しそうに笑った。
「ドレス似合っているわ。ね、お兄様」
イザベルが、兄に聞く。ノアは自分が選んだドレスに身を包んだ女性を見て、とても優しく微笑んだ。
「…うん、良いね」
4人の様子を伺っていた貴族達は、一体どういうことなのかと、様々な憶測が飛び交っていた。
「アーノルドさん!」
ディレイン家当主によるノアの紹介が終わった後は、しばらく彼の周りに人が絶えなかった。彼は初の社交界にも関わらず、堂々とした対応をしていた。アーノルドに励まされていたマリベルとは大違いだ。イザベルとアーノルドが、さりげなくフォローしていたのも大きいだろう。マリベルは、話しかけてくる貴族の名前をノアにそっと教えるくらいしかできなかった。そして、やっと彼の周りが落ち着いてきた頃、聞き覚えのある声がアーノルドの名を呼んだ。
「レイラ嬢」
「さっそく会えましたね! どうですか? アーノルドさんに見てもらいたくて、新しいドレスを新調したんです」
「似合っているよ」
レイラがひらりとその場で一周回る。たしかに彼女のドレス姿はとてもよく似合っていた。フリルがふんだんに使われているのに、彼女の顔立ちのおかげでドレスが一人歩きしていない。この中で唯一面識のないノアが、マリベルに小声で聞く。
「彼女は?」
「レイラ・ナンシーさんです。以前お話した転校生です」
「ああ、彼女が。君達から聞いた話とは様子が違うが」
「今はアーノルド様がいらっしゃるので」
「…そういうことか」
普段のレイラは、とてもいい子だ。マナーには疎いが礼儀正しく、注意されればそれを素直に受け止める。だが、今の彼女にはその様子が見られない。ノアが聞いた彼女とは全く違うのだ。
なぜだろうと思ったがマリベルの言葉少ない説明で、彼はすぐに言いたいことを理解した。本来は、主催者の家族であるイザベル達に挨拶するのが礼儀だ。それは、パーティーの前日に彼女にしっかりと教えた。しかし、彼女はそのことをすっかり忘れアーノルドしか眼中にない。要するに、彼女はアーノルドに夢中なのだ。当の彼は困ったように対応している。
「今日は姉も来ているんです。今はご挨拶に行っているんですが、あとで会ってくれませんか?」
「それは構わないが、それよりも君にはすることが」
「あと、私とダンス踊ってください」
さすがのアーノルドも、顔を顰める。いくらなんでも、それはこの場で言うのは不敬だ。
「レイラ嬢、いくらなんでもその発言は」
「レイラさん」
凛とした声が響いた。イザベルは、厳しい視線をレイラに向けていた。
「レディが殿方にダンスのお誘いをするのを悪いとは言いません。ですが、お誘いを掛けるのは最初のダンスが終わってから。それがこの世界のルールです。ましてや、婚約者のいる前で殿方をダンスに誘うなど、その方への不敬に当たります」
「私そんなつもりじゃ」
「つもりがなくても、そう捉えられるのです。それに、私やお兄様がこの場にいるのに、貴女はまず先に殿下に挨拶をなさいました。立場を考えればそれは正しいでしょう。しかし、どんな時も主催された家への挨拶を先にするのが礼儀です。それは昨日何度も教えたはずですよ」
「…ごめんなさい」
最初は否定を口にしようとしていたレイラだが、イザベルの言葉にだんだんと反省の色を見せていく。
「今まで貴女がどうされていたのかは知りませんが、貴女のお父様はちゃんと挨拶にいらっしゃいましたよ」
「…お父さんが…知らなかった」
レイラは会場に着いてすぐに、アーノルドを探すために自分の父と離れて行動していた。そのため、自分の父が先にマリベル達に挨拶したことを知らなかったのだ。挨拶をした際に、レイラのことを聞いたが彼は慣れない場に来て少し具合が悪いから休んでいると言い、機転を利かせていた。
だが、彼女のこの行動で台無しになった。
「さあ、レイラさん。この後はどうなさるんですか?」
イザベルはあえて選択肢を与えた。ここで正しい行動を教えれば済む話なのだが、それでは彼女のためにならない。彼女には先のことを考える能力が欠如している。だから、選択肢を与えて最善の未来を考える力を付けさせようとしていた。
しばらくレイラは考えた様子だったが、やがてぎこちないながらも貴族の礼を取る。
「殿下、数々の非礼申し訳ありませんでした。深くお詫び申し上げます」
「うん、許そう」
「イザベル様、ノア様、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。本日はご招待いただきありがとうございます」
「はい、ゆっくりしていってね。パーティーに出たことがないと聞いていましたが大丈夫ですか? 何かあったら言ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
お辞儀をしながらレイラが上目遣いでイザベルの顔色を伺う。彼女は満足そうに頷いた。
「はい、よくできました。良い子ですね」
セットされた髪型が崩れないように、イザベルが彼女の頭を優しく叩く。顔を上げたレイラは、照れたように俯いた。
会場で流れていた楽曲が変わる。
「レイラさん、殿下と踊りたいですか?」
「は、はい」
「マリーと私が殿下と踊り終わった後になりますが、それでもですか?」
「はい! 踊りたいです! 私まだ全然ステップとか踏めませんが、頑張って練習してきました!」
(そういうことは言わない方がいいと思うけど)
踊れない女などパーティーに不要と思っている貴族も中にはいるのだ。アーノルドに限ってそのようなことを思っているわけがないが、あまり公の場で言うものではない。
イザベルが、婚約者に向かってニッコリと笑う。
「良いですよね殿下」
「踊るくらいなら」
愛しの女性が許可を出したのだ。アーノルドはそれに従うだけである。
「レイラ、ここにいたのか。探したぞ」
少し離れたところに、レイラと似た雰囲気の持った男がいた。顔立ちも彼女と似ており、髪は少し白髪が生えていた。
「お父様」
「急にいなくなるから心配したんだぞ。モニカに聞いても知らないと言うし。申し訳ありません皆さん。娘がご迷惑をかけたようで」
「いえ、とんでもありません。楽しいお話を聞かせていただきました。レイラさん、また後でお話しましょうね」
「はい、イザベル様!」
マリベルとイザベルはそれぞれのパートナーの手を取り、会場の中央に向かう。
「人気者ですね、殿下」
「必要なものとして受け止めておくよ」
マリベルの腰にアーノルドの手が回る。視界の隅ではすでに今回の主役が踊り始めている。マリベルはアーノルドと視線を合わせる。曲と共にステップを踏んだ。
「なんでノアがパーティーに出てるの? ノアルートは本編が終わってから解禁でしょ」




