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「マリベル嬢、大丈夫か?」

「だ、だだ、だいじょうぶ、です」

「大丈夫じゃないな」



 パーティー当日。マリベルは会場前でブルブル震えていた。



(緊張で吐きそう)


 

 これから死地に赴く気分だ。自分の腕がアーノルドに絡んでいるというのも、緊張に拍車をかけていた。


 今日はアーノルドにエスコートされるということもあり、ドレスはイザベルが用意した物を着ていた。鏡の前に立つ自分を見たが、イザベルとは比べ物にならないほど見劣りした。こんな自分が彼の隣を歩くなど、非難を浴びる未来しか見えない。



「そんなに緊張しなくていい。ベルも言っていただろ。君を悪く言う者はいない。ドレスも似合っている。自信を持て」

「そうはおっしゃいますが、私は隅っこがお似合いなんです。野に咲く雑草なんです。こんなキラキラした人の隣にいたら干からびてしまいます」

「君は何を言っているんだ?」



 日陰に生きていた者が、急に日の当たる場所に行くと大変なことになるのだ。ずっと日の当たる場所に生きていた彼にはわからないだろう。マリベルは、せめて震えだけは収めようと深呼吸を繰り返す。



(人間はジャガイモ。人間はジャガイモ。人間はジャガイモ。人間はジャガイモ。人間はジャガイモ。人間はジャガイモ。人間はジャガイモ。人間はジャガイモ。人間はジャガイモ。人間はジャガイモ。あ、なんかよくなってきたかも)



 暗示を掛けたら緊張がほぐれてきた。肩の力が抜けていく。それを確認したアーノルドが手を差し伸べてくる。その手を取った。



「マリベル嬢、僕からのアドバイスだ。常に前を見ていろ。君は彼女に選ばれて僕のパートナーになったんだ。恥じることはない」



 顔を上げる。初めて会った時のような、真摯な瞳が向けられていた。



「自信を持て、君は綺麗だ」



 胸の鼓動が高まる。思わずマリベルは彼に惚れそうになった。危ない。これがマリベルで良かった。ほかの令嬢だったらイチコロだ。しかし、これで分かったぞ。なぜイザベルが嫉妬深くなったのか。これは彼女だけが原因ではないな。今後のために早急に釘を刺しておこう。



「殿下、そうやって軽はずみに女性に綺麗だと言わないでください」

「なぜだ?」

「皆さん、勘違いされるからです」

「僕は、思ったことしか言っていないが」



(うわー)



 これは筋金入りだ。彼と結婚するイザベルはさぞや苦労するだろう。他国のお姫様と揉めないで欲しいが。マリベルはコホンと咳払いをした。そして、努めてキツイ口調で言う。



「いいですか殿下。女性の見た目や中身を褒めるのはベル様だけにしてください。でないと貴方が大変なことになりますよ」

「人を褒めることの何がいけないんだ? それに大変なこととは具体的にどう大変なんだ?」

「それはベル様に聞いてください。とにかく、女性を無闇矢鱈に褒めないこと。いいですね」

「いやしかし」

「い い で す ね!」

「わ、わかった」



 マリベルの剣幕に押され、アーノルドが了承する。



(あとでベル様にこのことを伝えとこ)



 きっと彼女も、アーノルドのこれに頭を抱えているはずだ。たまに彼女からそれっぽい話を聞いていたのだ。



『ねえ、マリー。無性に殿下のことを殴りたくなる時があるんだけどどうしたらいいかしら?』



 この時は一体何があったのかと、とても慌てた。まさか喧嘩でもしたのかと心配したものだ。結局彼女が詳しく話してくれなかったので、分からずじまいだったが、今はあの言葉の意味が痛いほど伝わった。アレは殴りたくなる。



(任せてくださいベル様! 今日は私が殿下をみっちり監視してしますから!)



 マリベルは内心で拳を突き上げた。気合の入った彼女を隣で見ていたアーノルドは、よく分からないながらもいつもの調子を取り戻したことを確認し、会場への扉を開くのだった。









「大丈夫か?」

「なんとか、生きています」



 アーノルドが心配そうに聞いてくる。パーティーに登場したマリベル達を見て、参加者は全員驚いていた。あの令嬢は誰だ。イザベルはどうしたのか。なぜアーノルドはイザベル以外の女性といるのか。いろいろな声が飛び交っていた。しかし、直接聞いてくる者は少なく、マリベル達に厳しい視線を寄越す者が多かった。完全に浮気をしたと思われたのである。なぜだ。イザベルとマリベルなんて天と地ほどの差があるのに。


 主役が登場していない以上、本当のことを言うことはできない。2人は何とか誤魔化しながら、上手く話題を逸らした。やっと二人に近寄って来る人も落ち着いてきて、マリベル達は会場の隅に行く。目立たないようにできるだけ気配を消す。まあ、アーノルドが隣にいるので、視線から逃れることはできないが。



(パーティーでこんなに疲れたの初めてかも)



 今までイザベルの後ろにいたり、そうそうに帰ったりしていたので、ここまで誰かの視線に晒されたことはなかった。正直、早く帰りたい。ベッドで寝たい。今なら1秒で寝れる自信がある。はあ、とため息を吐くと目の前にグラスが差し出された。



「少し飲むと良い」



 アーノルドが飲み物を持ってきてくれたみたいだ。それを受け取り、一口飲む。喉が潤う。気付かなかったが、喉がカラカラだったらしい。彼がまた隣に来る。2人で会場の人達を眺めた。



「君は、兄君にはお会いしたことがあるのか?」

「はい、デビュタントのパートナーにどうかとベル様に紹介されてから、何度かお会させていただきました」

「そうか、悔しいな」

「?」



 隣の男を見る。寂しそうな顔をしていた。



「理屈では分かっているんだ。ディレイン家の権力は絶大だ。僕の家と同じくらいと言っていい。だからこそ、僕にも言えないことや、秘密にしなければならないことがある。だが、それでも兄君のことを僕に話してほしかったと思う自分がいるんだ」



 実は、ひと昔前ディレイン家が王家を乗っ取ろうとしているという噂が出回ったことがある。それは反王権勢力が回したデマだったのだが、いまだにその噂を信じている者は少なくないのだ。噂の真相については知らなかったが、噂自体は末端貴族のマリベルでさえ耳にしたことのある話だった。


 その反王権勢力は、いまだに国に潜んでいると言われている。そのため、ディレイン家の次期当主が体の弱い男だと知られてはいけなかった。反王権勢力がどのように牙をむくか分からないからだ。もしかしたら、彼を誘拐してディレイン家を良い様に使うかもしれない。わずかでも可能性がある以上、彼の存在を公にすることはできなかった。


 彼もそれはわかっている。城内部にも反王権勢力が潜んでいるかもしれない。もしかしたら、アーノルドの身にも危険が及ぶかもしれなかった。だからイザベルは、彼に教えることができなかったのだ。


 彼もそれは理解している。しかし、理解はできても心は納得できない。ましてや彼女の友人のマリベルは知っていたというのだから、胸中複雑だろう。



「私も、7年前までお兄様がいることすら知りませんでした」



 こういう時に、下手な慰めというのは無意味だ。それに、マリベルだってノアの存在を知った時は言葉に言い表せない感情があったのだ。



「私はずっとベル様の傍におりました。あの方でない時も、私が今の私でない時もずっとおりました。あの方のためならなんだってできると思っていました。私が一番、あの方のためにいると思っていたのです」



 もう11年以上も経ってしまった。マリベルが今のマリベルではなく、イザベルと友人でなかった自分が死んだのは。今でも処刑台に上がる時のことを夢に見る。どこまでも付いていこうと思った。どんなイザベルでも構わなかった。自分を必要としてくれるなら、いくらでも彼女のために生きられると思った。


 でも、ノアの存在を知った時。そういえば、彼女は一度も家族の話をしなかったなと思い出した。そんなのは当たり前だ。だって彼女は、マリベルのことなどどうでもよかったのだから。マリベルだってそれで良かったはずだった。けれど、どうして、と思ってしまった。



 なぜ教えてくれなかったの。こんなに近くにいたのに。



 気付けばマリベルは、イザベルに最も近い人間である自分という存在に優越感を持っていた。なんと愚かな考えであるか。



「でも、違いました。結局は私の自己満足に過ぎなかったのです。友人ですらない私に、あの方が教えてくれるはずがありませんでした。でも、それって当たり前のことなんです。人は秘密を抱えて生きています。私も、イザベル様も、ノア様も、殿下も」



 マリベルは前世のことを誰にも言う気はない。とくにイザベルには絶対言わないだろう。だが、それでいいのだ。大事なのは気持ちだ。



「殿下、ずっとそばにいた私だから言います。ベル様は、殿下のことを本当に愛していらっしゃいますよ」

「君は、一体」



 会場の入り口が騒がしくなった。どうやら来たようだ。マリベルは男の腕を引っ張る。



「さあ行きましょう殿下。ベル様がお待ちです」



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