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「マリベルさん、少しお時間よろしいかしら?」



 溜息を吐きたいのはぐっと堪える。今月に入って3回目。マリベルは大人しく付いていった。人目に付かないところに連れていかれると、3人の令嬢に詰め寄られる。



「時間が惜しいので単刀直入に言いますわね。イザベル様から離れてください」



 リーダー格の令嬢に言われた言葉に、マリベルはすでに面倒くさいと思っていた。昔は自分がレイラやほかの令嬢達に行っていたことだが、いざ自分がやられるとこんなに面倒なことだったのかと思う。こんなに時間を無駄にすることをしていたのかと思うと、いっそ目の前にいる令嬢達が哀れに思えてくる。



「イザベル様にくっついていれば貴女の家を援助していただけるとお思いなのかもしれませんが、あの方は貴女のような人に構うほど暇ではありません。貴女が傍にいる時のあの方のお顔をよくご覧になりましたか? 恐れ多くてお顔も見られなかったのかしら。とても困っておられましたわ。ああ、なんて可哀想なイザベル様」



(可哀想なのはアンタの頭よ)



 よくもまあ、そこまで妄想が膨らませられるものだ。マリベルもここまでではなかったぞ。左右に控えている令嬢達は、彼女の言葉に終始同調していた。リーダー格の令嬢は、自分の考えに酔いしれさらに言葉を重ねる。



「きっと今すぐにでも貴女に解放されることを願っておられるわ。あの方に寄り添えるのは、貴女ではなく侯爵家である私よ。私ならあの方の憂いをすべて払うことができるわ。だから、ね、マリベルさん。分かってくださるわよね」



 逆に感心してしまうくらい、見事な演説だった。マリベルは心の中で拍手を送った。彼女の演説はともかく、マリベルの答えは決まっている。



「お断りします」



 令嬢の顔が怒りに震える。



「私の言ったことが理解できなかったのかしら。理解に乏しい頭なのね」

「いえ、十二分くらいにお聞かせいただきました。ようは私ではなく貴女がベル様の恩恵を頂きたいのですよね」

「人聞きの悪いことをおっしゃらないで。私はあの方がとても困っていらっしゃるからお助けしようとしているだけよ」

「誤魔化さなくていいですよ。次期国母となるベル様と今からでもお近づきになりたいんですよね」



 場に緊張が走る。マリベルは、早く帰って晩御飯の買い出しに行きたかった。



「多いんですよ、貴女みたいな人。自分のことは棚に上げて、ベル様から離れろって、何様のつもりなんですかね。ベル様は嫌だと思うことは、はっきりと口になさる方です。ベル様が離れろと仰らない以上、私があの方の傍からいなくなる理由はありません」



 マリベルが彼女に気に入られているのは周知の事実だ。彼女はいつもマリベルを傍に呼び、信頼を置いている。それ以外の者にも愛想よく対応はするが、近くにいることは許さない。

 今のうちに彼女と仲良くなれば、一種のステータスになる。パーティーやお茶会で彼女の友人であると自慢もできる。それに、アーノルドともお近づきになれるかもしれない。だからこそ、彼女と少しでも繋がりを持ちたいと思っているものが後を絶たないのだ。



「用件はそれだけですよね。では、失礼します」



 言いたいことは言った。これ以上、ここにいる理由はない。マリベルは帰ろうとした。今日は特売があるのだ。しかし、肩を強く掴まれてしまう。とても痛い。顔だけ振り返ると、ものすごい形相をした令嬢がいた。



「マリベルさん、私はお願いをしているのではないの。命令しているのよ。貧乏人の相手をしているとイザベル様の心労が増えるの。あの方はお優しいから、貧乏人の貴女になかなか言えないのよ。それなのに、貴女ときたら離れろと言われない限り傍にいるだなんて。なんて傲慢なのかしら。貴女の家なんてちょっと捻ればすぐに潰れるのに。ね、分かるでしょ。これ以上言っても聞けないようなら、貴女の家がどうなるか分からないわよ」



 肩がギリギリ鳴りそうだ。



(いったいわね! アンタの方がベル様の心労が増えるんだっつーの!)



 マリベルはできるだけ顔を歪めないように我慢した。やはり簡単には帰してくれないようだ。早くしないと店が閉まってしまう。



(しょうがないわね)



 この令嬢は、最近イザベルにつき纏っていたのでちょうど良いだろう。マリベルは奥の手を使うことにした。



「アネモネという花はご存じですか?」

「は?」

「私の家で育てている花でしてね。茎から出る汁には毒が含まれていて、触れると肌が火傷を負ったような症状が起きるんですよ」



 だんだんと令嬢の顔から色が無くなっていく。マリベルはとびっきりの笑顔を向けた。内ポケットに手を伸ばす。



「顔に当たったらどうなるんでしょうね?」



 パッと痛みが消えた。令嬢達は青ざめた顔をしている。マリベルは内ポケットから手を離す。その時だった。



 水滴が令嬢の頬に掛かった。それを皮切りに、バシャッと令嬢の服にも水が掛かる。



「きゃあああああ!!!」



 悲鳴を上げて令嬢達が走り去る。これはマリベルも予期しておらず、反応が遅れた。



「え、なに? 何で水が?」

「あれ、驚かせすぎちゃったかな」



 聞こえた声にマリベルは上を仰ぐ。3階の窓にレイラがいた。マリベルが名前を呼ぶ前に、彼女はそこから飛び降りた。



「ひえ!」



 マリベルが小さく悲鳴を上げる。レイラが綺麗に着地する。3階から飛び降りたにも関わらず、彼女が怪我をしている様子はなかった。とはいえ、飛び降りるのは危ない。マリベルは怒った。



「飛び降りるなんて何考えてるのよ! 怪我したらどうするの!」

「魔法で衝撃を抑えられるから大丈夫ですよ」

「だからって、見ているこっちはビックリするでしょ! 心配させないでよね!」

「ごめんなさい」



 最初は反省している様子の無いレイラだったが、マリベルの心配を交えた説教に申し訳なさそうに謝った。



「今度する時は事前に言ってちょうだい」

「はい」


 

 そこでふとマリベルは、先程のことを思いだした。



「ねえ、さっき水を垂らしたのって貴女の魔法?」

「あ、はい。ちょっと脅かすつもりだったんですけど、予想以上に驚かれちゃって私もびっくりしています。…もしかして余計なことしちゃいましたか?」

「いえ、助かったわ。ありがとう。しつこいから困っていたのよ」

「あの人達、マリベルさんに何の用事だったんですか? なんか穏やかな雰囲気じゃなかったですけど」

「ちょっとね。面倒臭い人達なのよ」



 3階にいたレイラには、マリベル達がどんな会話をしていたのか聞こえていないようだ。



(良かった。彼女には知られたくなかったから)



 アネモネの毒はマリベルが前世で使っていた物だ。イザベルの命令で、令嬢を貶めるときに使っていた。レイラにも使おうとして失敗した記憶がある。彼女はそのことを知らないが、好んで知られたいとは思わない。

 今は全く使うことはないが、なんとなく家の庭で育てている。意外と好きな花なのかもしれない。この花の毒について言うと、大抵の令嬢は怖がる。そして、マリベルも内ポケットに水の入った小瓶を入れていた。さっきは令嬢が手を離したので使うことはなかったが、あれがなければマリベルもレイラと同じことをしようとしていた。



「もしまたあの人たちが来たら言ってください! 私が魔法で追っ払ってあげますから!」

「ありがとう。でも、大丈夫よ。多分もう来ないから」



 マリベルが脅したところに、あの水だ。彼女は、アネモネの毒だと思っただろう。今頃騒ぎまくっているかもしれない。しかし、マリベルがやったという証拠もないし、イザベルに言って信じてもらえるかもわからない。それに、どうして掛けられたのか、その経緯も話さなければいけなくなるので、迂闊なことはできないだろう。

 ただ、もし今頃騒いでいてくれたら、マリベルを疎んでいる令嬢達への牽制にはなる。少し脅すだけのつもりだったが、レイラのおかげで暫くは穏やかに学園生活を送れそうだ。


 太陽は赤オレンジ色に輝いていた。それをマリベルは見て思い出した。



「買いだし!」

「?」

「ごめんなさいレイラさん! 私もう行くわね。今日は本当にありがとう!」



 急いで学園を出る。荷物を持っていて良かった。今から行けば店が閉まる前には間に合うだろう。

思わぬ時間を食ってしまったが、穏便に済んだのは僥倖だ。


 それにしても、彼女はどうしてアーノルドといる時と性格が違うのだろうか。なんだか彼といる時の彼女は、無理をしているような気がする。少し無知で、でも学ぶ姿勢や人に手を差し伸べるのが彼女のはずだ。困っている人は放っておけなくて、先程のように大胆な行動もする。人の機微にも敏い。なのに、アーノルドといる時の彼女は、周りの反応なんてお構いなし。彼が嫌がっていても強引に進めてくる。


 一体、彼女はどうしてしまったのだろうか?



(次のパーティーでわかると良いけど。)



 そう思いながら、マリベルは家路を急ぐのだった。



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