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番外編 イザベル・ディレインの回顧録 2



「出て行って」 

「お嬢様」

「私の部屋から今すぐ出て行って!」



 シンディの頬を叩く。もう一人にしてほしかった。誰も信用できない。シンディは、叩かれた自分よりも痛そうな顔をしている少女を見て、慰めの言葉が出てこなかった。彼女は、イザベルに言われたように無言で部屋に出ていく。

 ドアが閉まる音を確認すると、イザベルは再びベッドに潜り込んだ。



(嫌い。みんな大っ嫌い)



 皆嘘を吐いている。父も母もイザベルを愛してくれていない。アレは兄じゃない。イザベルの親を取った極悪人だ。


 お気に入りの枕が濡れていく。 



 月のない夜。蝋燭の火が消えた。


 まるでイザベルの心を映すかのようだった。





 それから、イザベルの行動は過激になっていった。悲しみを紛らわせるように、無理難題をメイドに押し付けるようになったのだ。気に入らない者は、解雇にした。両親はイザベルがやることに口を出さないので、いくら解雇しても何の問題もなかった。それが逆に、イザベルの行動を悪化させていったのだが、それに気付いていたのはシンディだけだった。


 その内、屋敷の者はイザベルを恐れるようになった。イザベルは怯えた目を向けられるたびに、心がスッとした。媚びた目を向けられると良い気分になった。どんな目でもよかった。自分を見てくれるなら、嫌われようが疎まれようが何でも良かったのだ。


 誰もがイザベルのご機嫌を伺ってくれる。自分が何か言えば、何でも叶えようとしてくれる。


 いつしか彼女は、自分は特別な人間なのだと思うようになった。間違いではない。彼女には才能がある。彼女は、その場にいるだけで存在感があった。そうして彼女は、どんどん自尊心を募らせていったのだった。






 しかし、マリベルに出会ったことでその自尊心は収束していく。


 イザベルは初めて、王家主催のお茶会という公の場に姿を現した。自分をディレイン家の令嬢と知ると、皆が下手に出る。仲良くしようとしてくる。

 イザベルはすぐに注目の的となっていた。それに気分がよくなっていく。誰もが我先にと挨拶に来る。少し席を立っただけで見てくる。やはり自分はすごいのだ。これが本来のイザベルなのだ。


 ふと、会場の隅にポツンと立っている少女を見つけた。



(茶色)



 その子は、全体的に茶色かった。茶色の髪に黄色っぽい茶色の瞳。着ているドレスも、オレンジっぽい茶色だった。見るからに安物とわかる。その子が、心細そうに立っていた。



(品位に欠けるわね)



 周りの令嬢や子息が笑っているのに気付いているのだろうか。どうせ来ても碌なことにならないのだから、欠席すればいいのに。イザベルは彼女を見ても、その程度にしか思っていなかった。イザベルの視線の先にいる彼女に気づいた令嬢達が、悪口を言い始める。



「見てあの子、どこの子かしら?」

「平民からの成り上がりかしら」

「せっかくの会が汚されるわ」

「話しかけてみたら?」

「嫌よ、同類だと思われるわ」

「そんなに彼女の話をしたらいけないわ。可哀想よ」



(かわいそう)

 


 あの子は可哀想な子なのか。


 その言葉を聞いてイザベルは思い立った。



(ならば私が慈悲を与えてあげましょう)



 令嬢たるもの、時には優しさも必要なのだ。それに、彼女を気に掛けるイザベルを見て、もっと皆が自分を見てくれるかもしれない。



(なんて素晴らしい考えなの! やはり私はすごいのよ!)



 イザベルは、自分の考えに酔いしれた。さっそく彼女に近づく。令嬢達が止めに入るが、無視する。



「あら、ずいぶんとみすぼらしい恰好ですこと。あなた、お名前は?」



 まさかこの出会いが、イザベルの人生を大きく変えるとは夢にも思っていなかった。









(なんて無礼な子!)



 いきなりイザベルの腕を強引に引っ張るなんて、やはり貧乏人は礼儀がなっていない。しかも、怪我はないかだと。なぜ下の者に心配をされなくてはならない。



(お前のせいで怪我をするところだったわよ!)



 貴族らしからぬ砕けた口調で話しかけてきたり、手まで差し伸べてくるなど。イザベルには、彼女が行ったすべてが屈辱でしかなかった。



 ちょっと気になっただけなのだ。彼女が案内してくれた庭園はイザベルの好みにピッタリで、たまには慈悲を与えるのも良い物だなと思ったのだ。


 湖の中は青く澄み渡っていた。底まで見えそうなほどだが、思ったよりも深いようで、どこまでも青く澄み渡った水しか見えない。イザベルは、湖に泳ぐ魚を観察していた。さすがは城にある湖。見たこともない魚がたくさんいた。ふと、底の方で何か光ったような気がした。



(なにかしら?)



 もっとよく見ようと身を乗り出す。何も見えない。気のせいだろうか。


 また光る。



(やっぱり何かいる)



 イザベルは膝を付き、身をかがめた。目を凝らす。また光った。



『あそぼ』



 目が合った。



 そこから先は覚えていない。気付けば彼女が心配そうに呼びかけていた。最初は状況が分からなかった。だが、腕に起きる痛みと、マリベルの青白い顔を見てすぐに理解した。頭が冷えていく。手を差し伸べられた。



(人のことを引っ張っておいて、なんですのこの手は)



 イザベルは自力で立ち上がり、会場へと戻った。彼女が追ってくることはなかった。






(私を心配するなんて生意気な)



 今思い出してもイライラする。すぐにでも潰してあげよう。でも、それをしようとしない自分がいる。胸のあたりを触る。



(あったかい)




 イザベル・ディレインは、優秀な女である。


 彼女が欲しいと言えば、皆が揃えてくれる。

 彼女がいらないと言えば、皆が排除してくれる。


 彼女は誰もが羨む才能を持っていた。


 そんな彼女でも、マリベルがディレイン家のイザベルではなく、ただのイザベルを心配していたのだとは気づかなかった。



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