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8話

 ほほについた返り血を袖口で拭う。

 周辺は血の海になっており、いくつもの死体がそこに沈んでいる。

「ずいぶんと数いやがった。まあ、殴りごたえがあったぜ」

 真っ赤に染まった巧磨が獰猛に笑う。

 戦いと血の匂いで、鬼の遺伝子が騒いでいるのだろう。

「盛大に返り血浴びたな」

 恭平も皆無とは言わないが、それでもついた血はそう多くはない。

 恭平としてはスラックスとシャツにかかってしまったのが遺憾である。洗って落ちなければ捨てるしかない。

「俺にお行儀なんざあるわきゃねぇだろ」

「それもそうだ」

 巧磨にそんなものを求めるだけ無駄だ。

 パワーこそすべて。それを体現したのが巧磨である。

 盛大に、文字通り鬼のごとく、次から次へと現れる連中を殴り殺していた。

 連中は漏れなくけん銃を持っていたが、そんなことまったく関係ないと言わんばかりに。

 敵意を笑みという形でむき出しにして。

 その圧倒的な膂力の前には、人間の身体などおもちゃに等しい。

 巧磨に殴られた黒いスーツの男たちは、ことごとくがぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 見慣れていなければ、そのきつい臭いと光景に吐いて動けなくなってしまっていただろう。

 ただ。

 恭平の方も巧磨に負けず劣らず現れたこの工場の守備要員を斬り捨てた。

 確かに巧磨のように肉塊にはしていない。

「良く斬れるな」

 刀を見る。

 分かっていたことだが刃こぼれなど一切ない。

 5人ではきかない人数を斬ったというのに。

 それがこの刀の特徴なのだ。

 恭平が斬った者たちは、そのすべてが生々しい切断面を外気にさらし、そこから大量の血を溢れさせていた。

 一方、この血なまぐさい惨殺現場において、まったく血を浴びていないのが木ノ葉だ。

 こちらはもう例のごとく、といった感じである。

 何やら妖術を使っていたのは確実。木ノ葉に鉄扇の先を向けられた黒スーツの男たちは、一人ずつ身体のいずこかから大量の血を噴き出し、地面に沈んでいたのだから。

 先の黒服に対する対処の手腕を見た後なので、返り血を浴びていないという事実を受け入れるのは難しくなかった。

 床一面や壁、天井にべったりと広がる血。

 歩けば当然履物も血にまみれる。木ノ葉の場合は特に裾が地面に触れるほど長いパンツをまとっている。

 ガウチョパンツというものだったか。

 普通ならそれも血に汚れるのだが、先も述べた通り木ノ葉には一切の汚れが無い。

「……浮いてんのか」

 そう、木ノ葉のパンツの裾はひらりとわずかに揺れていた。

 そういえば木ノ葉の視線も少し高い。

 宙に浮かんでいるようだ。

 地面にできている血の池に触れないように。

「空も飛べるからの。浮くくらいどうということはないわ」

 木ノ葉は笑った。

 空を飛ぶと疲れるから、あまりやらない、と嘯きながら。

 飛行術式は確かに高等なものだ。

 恭平自身は妖術など使えないが、仕事柄ある程度以上の知識を持つ。

 その知識の中には、空を飛ぶということは高等技術に分類されるとある。

 それをただ、服が汚れないために行使するとは。

 つくづく桁が違う存在であるらしい。

 もはや十分。片鱗だけでよく理解できた。

 もう木ノ葉の実力に疑いの余地などない。下手をすればもっとも足手まといになりそうなのが恭平だったのだ。

「さって。とりま障害物はぶっ潰したぜ?」

 転がっていた頭を蹴り飛ばしながら巧磨が言う。

「地下へ続く階段はまっすぐだったな?」

 木ノ葉が例の下っ端から得た情報をもとにここまで進んできた。

 必要な知識は、木ノ葉が持っている。

「うむ。向こうじゃ」

 再び恭平と巧磨を先導して進む木ノ葉。

 血の海が完全になくなったところで、木ノ葉はふわりと地面に降り、自分の足で歩き始めた。

 工場の中はいくつかの区画で区切られており、開けたところにはいくつもの工作機械や巨大な機材が設置されている。

 逆に通路になっているところは、会議室や執務室、トイレ、階段などがあったりする。

 その開けたところを、大型の機械などの間を縫うようにして歩くこと少し。

「ここじゃ」

 鉄の大きな板の前で、木ノ葉は止まった。

「……」

 これを跳ね上げると、地下への階段が姿を見せるのだろう。

「ちょっと待ってろ」

 恭平は懐から一枚の呪符を取り出し、それを鉄の板に張り付けた。

「看破の術式じゃな」

「ああ」

「誰が刻んだか知らぬが見事なものじゃ」

 そうだろうな、というのが恭平の感想。道具殿を営む無頼が刻んだ呪符だ。物の質については折り紙付きである。

 しばらく待つ。

 すると、呪符はわずかに水色に輝いたかと思うと、燃え尽きて消えた。

 この呪符は、張り付けたものとその周辺に、害意があるかないかを判別するもの。

 恭平はこの呪符の効果でもって、罠が無いかを確認したのだ。

 もしも罠があれば、呪符は赤い光を放つ。

 罠がなければ、今のように水色の光を放つのだ。

 こうした依頼の時には重宝している、恭平の必須道具のひとつだ。

 呪符が放った色は水色、どうやら罠などはないようである。

「行ける。巧磨」

「任せろ」

 鉄の板は正方形で、一辺がおおよそ3メートル。

 恭平では荷が重い。

 その点、巧磨であれば大した重さにはならないだろう。

 果たしてその通りだったようで、巧磨は大きな鉄の板を軽々と持ち上げた。

 バキバキという破砕音が鳴る。

 その下には地下に続く階段が。

 わずかな電球の明かりだけがぽつぽつとあるのみでかなり暗い。

「ああ、こりゃあお前じゃ無理だったな」

 巧磨の言葉を受けて鉄の板を見れば、裏側の中央部分には鉄の板が何枚も打ち付けられ、高さは40センチほどあった。

 侵入者が簡単に持ち上げられないようにしてあるのだろう。

 先ほどの何かが壊れる音は、この鉄の板を跳ね上げる機構が、巧磨の無理な持ち上げによって壊れた音か。

「ふむ。恭平よ、足元は問題ないかの?」

 まったく明かりがないわけではない、とはいえ、この明るさではおぼつかないのは確か。

 だが、問題は無い。身一つで様々なことが可能な妖怪とは違う。

 こういう時の準備もしてあるのだ。

 恭平はベストからペンライトを取り出した。

 夜目のきく半妖の巧磨と純粋な妖怪である木ノ葉には不要だろうが、人間である恭平にはそうではない。

 こうも暗いと、自分で明かりを継ぎ足す必要があった。

 パチリとスイッチを入れ、足元を照らす。

「うむ、それでよい」

 妖怪に暗闇などあってないようなもの。

 そういう常識の元生きていると、人間との細かい差異にも気づかないこともあるだろう。

 木ノ葉はそんなことはないようだが、忘れていたりする妖怪も普通に存在する。

「人間ってのは不便だなぁ、おい」

 巧磨は恭平の肩に肘を置いて笑う。

「人間からすりゃ、妖怪が理不尽なんだ」

 恭平は巧磨に肘を入れながら笑い返した。

 それなりに力を込めた恭平だが、この程度、巧磨には何の痛痒も与えはしない。

「さて、行こうかの」

「先頭はオレが行くぜ」

 けん銃如きではびくともしない巧磨が先頭を買って出た。

 この場合それが一番正しい。

 恭平は二番手、そしてしんがりは木ノ葉だ。

 人ひとりがすれ違える程度の幅しかないこの階段は、コンクリートで打ち付けられた非常にしっかりしたつくりである。

 降りていくと分かるのだが、遮蔽物と言えるのは階層の半ばにある踊り場くらいだろうか。

 これが金属でできていたら強い銃弾であれば下から撃ち抜かれもしただろうが、このコンクリートの階段であればある程度の防御力はあるので遮蔽物としては十分だ。

 そう、誰かが襲ってくるかと思って身構えながら降りて行ったのだが、迎撃は一切なく一番下まで降り切った。

 最下層もまたコンクリートを打ち付けただけの殺風景な通路が一本、奥に伸びているだけ。

 恭平と目配せした巧磨は、慎重に進んでいく。

 彼は決して猪突猛進なだけではない。

 勇猛と無謀の差ぐらいは理解しているのだ。

 果たして、行きついたのは鉄の両開きの扉である。

「……いるな」

 この扉の先。

 気配を感じるようだ。

 巧磨の声が緊迫感に染まっているので、あの扉の向こうには穏便ならざる者たちがいるようだ。

 さて、どうするか。

 先方は当然、恭平たちのことは知っているに違いない。むしろ、ここに来ていることまで分かっているはずだ。

 知らない、などとそんな楽観はできない。

 恭平は、敵から銃口を向けられているつもりでいた。

「どうするよ?」

 巧磨は声を搾りつつ恭平に振り返った。

「素直に開けてはいい的だの」

「ならぶち破るか」

「それが良かろうが……やってしまってよいのかの?」

 木ノ葉も認める通り、巧磨の膂力に任せてぶち抜いてしまうのが一番いい。

 ただし懸念もある。そこに囚われている救出対象が人質にされていた場合、巻き込んでしまう。

「……結界とか、はれないか?」

 恭平は木ノ葉に問いかける。

 マシンガンを所持している守備要員も何人かいた。

 この先は本命。敵の装備は全てマシンガンである可能性が高い。

 そしてこの一直線の通路。どう考えても射線から逃れられる場所はない。

 ならば防いでしまえばいい。

 奇策などではなく、シンプルに、だ。

「可能じゃが、それで良いのかの?」

「ああ。巧磨のパワーで扉をぶっ飛ばしてもらってもいいんだけど、救出対象が盾にされてた場合巻き込まれるからな」

「道理じゃな。では結界を張るとしよう」

 木ノ葉は鉄扇を持った手を右から左につい、と動かした。

 ぶぅん、と空間がかすかに揺れ、恭平は自身を包み込む膜に気付いた。

 恭平だけではなく、巧磨、木ノ葉の三人全員が包まれている。

 気を付けてみないと、それがあることにも分からないだろう。

「この中ならば、機関銃程度ならば防げるじゃろう。儂を起点に展開しておるから注意することじゃな」

「そうか」

 頼もしい。

 この結界から出れば効果が無くなるというのは当たり前。

 わざわざ口にするまでもない。

 ハンドガンの弾くらいならば巧磨には傷もつかない。痛みはあるらしいが。

 しかし、さすがにマグナム弾やアサルトライフルの類になると、巧磨もノーダメージとはいかず、対策も無しに何発も受けてしまえば戦闘不能に陥ってしまうだろう。

 それを防ぐための結界だ。

 思い切りよくド派手な戦いをする巧磨だが、そういったところの危機管理も相当なものだ。

 恭平としては、巧磨のそれは野生の勘という印象だが。

 木ノ葉を後衛におき、彼女から離れないように歩いて扉の前までたどり着いた。

「巧磨」

「任せろ」

 鉄の扉まで結界に含まれる状態で、巧磨は鉄の扉に両手を合わせる。

 そのまま、彼の腕の血管が太く膨らんだ。

 徐々に力がこもってきているということだろう。

「よっ……と」

 ぎい、ときしむ音がして鉄の扉が奥に進んでいく。

 最後にぐっと押して、巧磨はすぐに手を引っ込めた。

 すぐに、けたたましい銃声が響き渡った。

 一発ではない。連発だ。

 そして、恭平の目に映る光景が断続的に瞬く。

 すべての弾丸が結界に防がれているようだ。

 まあ、木ノ葉の結界であれば大丈夫だろう、と思っていた。

 一抹の不安があったことは、否定はできないが。

 万が一ダメだったらハチの巣になっていたところなのだから仕方ないこと。

 結界に命中した銃弾の全てはそのまま地面に落下している。

「うはは、すげぇすげぇ、まったく通さねぇ!」

 巧磨が何か言っているが、連続する銃声がすさまじくてほとんど聞こえない。

 やがて銃撃が止まった。

 そこに立っていたのは六人のスーツの男。彼らは、恭平たちが無傷であることに呆然としていた。

 木ノ葉がそのままつかつかと進んでいく。

「おらぁ!」

 真横から、巧磨の叫び声が聞こえた。なんと、巨大な鉄の扉の片方を壁から外していた。

 外していた、と軽いものではない。壁が割れるほどだ。

 それをそのまま盾にして、木ノ葉の結界から飛び出していく。

 チャンスだ。

 恭平もまた、結界から飛び出していく。

 なかなか訓練されているようで虚を突かれながらも銃口を向けようとしているが、思い切りよく突っ込んだ恭平の方が速い。

 そのまま一人の首を刎ねる。

 巧磨は扉をうまく使い、逃げ切れなかった一人に叩きつけ、その場で一回転しながら振り回し、その扉で二人を吹き飛ばした。

 残り二人。

 一人は恭平に銃口を向けようとしている。だが、もう一人は三方向にばらけたことで迷っているようだった。

 恭平は斜め前に飛び込むように動き、刃を一人の太ももに叩きつけた。

 切るつもりはない。刀を引き戻す。その間に体勢を立て直し、突きを心臓めがけて放った。

 多少ずれたが、貫通はした。

「うごっ……」

 恭平の耳元からうめき声。

 がちゃんと落ちたアサルトライフルを蹴りつけて放した。

 もう一人は、巧磨によって沈められている。

 刀を抜くと、うつぶせに男は沈んだ。

 品詞になりながらも腰についているサブウェポンのけん銃に伸ばされかけた手を踏みつけた。

 改めて延髄を刀で突き、とどめを刺した。

「うむ。見事な手際じゃ」

 木ノ葉の出番はなかった。まあ、別にいいだろう。そもそも銃撃を完全に防ぐという大役をこなしたのだ。露払いを恭平と巧磨でこなすのに何の不満も無い。

 恭平はふと思いつき、アサルトライフルのマガジンを外して弾丸を見た。

「……やっぱり」

 想定していた通りというか、銃弾には呪文が刻まれていた。

 対妖怪などに対応したものだったということだ。

「対策はしてたみたいだな」

 結界を解除した木ノ葉に対して、恭平は弾丸を一発放り投げた。

 木ノ葉はそれを受け取り、少し観察して笑う。

「織り込み済みよ。対策に対策すれば問題なかろう」

 そういう返事が来るとは分かっていた。恭平の目の前ですべての銃弾が防がれていたのだから。

 妖怪に対しての呪術が付与されているのなら、それを念頭に置いた結界を張る。

 シンプルなことだった。

「……うむ。これで最後じゃな。この奥には敵はおらんようじゃ」

 そういいながら彼女が目を向けたのは、この部屋の奥にある金属の片開きの扉。

 戦闘しながら周囲を観察していたので気付いていたが、ここは宿直室兼事務所のような感じであった

 侵入者への対処と、脱走者を捕えるための人員を配置していた、ということだろう。

 アサルトライフルを持った者が六人。しかも込められているのは呪術が付与された弾丸。

 捕まっていて丸腰、かつ抵抗できないようにされた妖怪への対処としては十分だった。

 恭平がここの責任者でも同様に思ったことだろう。

 障害となる敵を倒せたので、後は救出するのみ。

「そうか、なら、行こうか」

「おう」

「うむ」

 恭平は鉄の扉に近づいて押し開く。

 その中には、わずかな異臭が漂っていた。


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