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14話

 車をのんびりと走らせる。

 免許を取って間もないので、恭平の運転にはまだまだおっかなびっくりな面が残っていた。

「銃を持った相手には度胸があったというに、面白いものじゃな」

 助手席から恭平をちらりと見た木ノ葉は、彼の肩に力が入っているのを見て笑った。

「敵と戦うのとは違うんだよ……」

 先日の襲撃でかかっていたのは敵の命と自分の命。戦闘でヘマをすれば死ぬのは自分。

 銃を持って恭平と敵対した以上、相手も死ぬ覚悟ができていると恭平は認識して戦う。

 それはこれまでもそうだし、これからもそうだ。

 しかし車の運転で、事故の可能性は頭に入れていても、死ぬことまで覚悟して車を運転している者などいないと思っている。

 ただただ運転は日常の一部。

 ごくたまに頭に血が昇りやすいだろう者が車を運転していることもあるが、そういう輩も自分が死ぬことなど考えていないに違いない。

 小難しく理屈をこねまわしたが、要は相手がどこまでいっても一般人だから緊張しているだけの話。

 しかし車の運転中は、ヘマをすれば巻き込まれるのは赤の他人で一般人だから。

「ふむ、そういうもんかの?」

「そういうもんなの」

「ふむ。儂は車など運転せぬから分からんな。タクシーを使えば良いし、何なら自力で移動した方が速い」

「そりゃそうだろうな」

 術者として達人の域にいる木ノ葉だ。移動用の術式を複数持っていてもまったくおかしくはない。

 そもそも、術式など使わずとも素の身体能力だけで人間よりはるかに速く走れるに違いない。

 走れるだけで、走らないとは思うが。

「戻ったらまた書類とにらめっこじゃな」

「思い出させるなよ」

「成果はなさそうじゃしな」

「それだよな」

 成果が無い作業を行うというのはつらい。

 前向きに考えて、成果が無いことで「これを見ておけばよかった」と後悔せずに済む、というくらいか。

 そんな程度ではまったく慰めにもならないが。

 それに向き合い続けていたら、と考えると、こうして気分転換したのはやはり良かったのは間違いない。

 まあ気分転換をしてしまったので、後はすべきことをするしかないのだが。

「ま、諦めるしかないの」

「そうだな」

 現実逃避もここまでだ。

 だらだらと車を走らせていたら、既に自宅目前までたどり着いていた。

 書類を見終わったら、自分でもできる情報集めについて考える。

 やることはなくならない。

 巧磨の方でも情報集めを行ってくれているが、それに頼り切りではいけないのだ。

「さて、やるか」

 車から降りて伸びをし、ほほを叩いて気合を入れなおす。

 そうでもして無理やりやる気を叩き起こす必要があるくらいには憂鬱な作業なのだった。



 日がな一日、ぼんやりと床に敷かれた赤絨毯を眺める。

 何も無ければ、一日三度の食事の時以外にこの部屋を訪れる者はいない。

 既に興味を失ってしまったのでわざわざ見返したりはしないが、おおよそ部屋の配置は分かっている。

 ありていに言ってしまえば、高級感あふれる寝室といったところか。

 どうやらここに彼女を置くのが、あの男にとってのもてなしのつもりであるらしい。

 まあ、牢獄と大差ないのだが。

「……」

 しくじった。

 そんな思いが、ずっと心を支配している。

 それ以外に抱く感情などない。

 忘れもしないあの日、人間の退魔師四名に襲われた。

 人間など、烏天狗である彼女の敵ではなかった。

 例え何人集まろうとも、その辺の退魔師に負けるわけがない。

 ましてやその時に挑んできたのはたった四人の退魔師。

 負けるなどつゆほども思わなかった。

 そのまま適当にあしらって勝ち、もう二度と会わない。

 それで終わる。

 はずだった。

 しかしその術者たちは、彼女に対して徹底的に対策を練ってきた。

 それこそ、多数いる烏天狗の中でも彼女以外には一切通じないのではないかというほどに徹底していた。

 繰り出した攻撃のことごとくを防がれ避けられ無効化され、退魔師たちの術は人間の目では追うのも困難な速度を的確に捉えてきた。

 徐々に力を封じられ、最後には封妖陣によって捕まってしまった。

 その後は少しの間地下の牢屋に閉じ込められ、そして最近ここの館の主人に売られたというわけだ。

 現在は、まあ言葉を選んで言えばこの館の主人の玩具にされているところだ。

 別に生娘ではないので、ここでのことは犬にでも噛まれたと思って忘れるつもりである。

 けれどそれも、ここを脱出出来たらの話。

「はあ……」

 両腕の手首に嵌められたブレスレットを見る。

 一見おしゃれなアクセサリーだが、その実これは妖力の8割を封印し、妖術を発動しようとすると術式の構成を乱して発動しにくくさせるものだ。

 妖力は8割までしか封印できず。妖術も発動できない、ではなく発動しにくくさせる、という一見して不良品にしか思えないその効果。

 しかし実際は驚くほどに強力だ。

 妖術の阻害と妖力の封印がセットにされると相乗効果でここまで妖怪としての力を発揮できなくなるとは。

 現在あるのは、妖怪として身体が人間よりも頑丈であるということだけ。

 それ以外の力は軒並み抑え込まれてしまっており、それがここで大人しくしているしかない理由となっている。

 故に、いくら部屋が豪華だろうと、食事が高級だろうと、牢獄でしかない。

「……で、あんたたちはあたしを笑いに来たの?」

 少女が背後に声をかける。

 そこには、ノックもせずにこの部屋に入り込んだ青年が2人。

 さすがに感覚は鋭敏なので、同じ部屋にいる者の気配くらいは、妖力を封印されていても分かる。

「いいや、僕はそんな暇じゃないさ」

「じゃあ何の用なのよ」

「何、少々耳寄りな情報をと思ってね」

「いらない。さっさと出てって」

 いらだち紛れにそう吐き捨てる。

 つい今しがた、この館に来るまでのいきさつを思い出していたことでイライラしていたのだ。

 彼らも退魔師だろう。なかなかの実力者である。その立ち居振る舞いには自信があふれているが、それがブラフではないことはひしひしと伝わってくる。

 殴りかかっても防がれてしまうだろうが、それでも一発やってやりたい気持ちがあった。

 しかし……今の少女にはどうすることもできない。

 彼らの排除はおろか、敵対行動すらできないのだ。

「烏天狗、風魔 美都」

「……」

 まあ、売りものの情報を知っているのは、売る側だったら当たり前か。

「烏天狗は強力な妖怪とは聞いていたけれど、こうして捕まるんだから、大したことはないってことだね」

 なめられている。

 小ばかにした物言いにイラっとはしたものの。言い返せない、と少女――美都は思った。

 彼の言う通りだったからだ。

 ドジを踏んで捕まったのは美都だ。

 先に四人組の退魔師をなめてかかったのは美都の方。

 そういえば先達の烏天狗で戦闘巧者と言われていた者は「いくつもの戦術と共に、逃げる準備もしておくべき」と常々説いていた。

 模擬戦闘では、美都はその者に一度も負けたことはない。圧倒的な基礎能力の差で押し切れてしまえる。

 そのことからろくに耳を傾けていなかった。

 しかしその説法に耳を傾け逃走の手段も確保しておけばこんな事態にはならなかったかもしれない。

「正義、なめてかかるなと言っているだろう」

「冬紀、君のそれは聞き飽きたな」

 やはり彼らは面識があるようだ。

 詳しい関係性までは分からないし、興味もない。

 彼らがなんであろうと、どんな間柄であろうと、それで美都の現状が変わるわけでもないのだから。

「まあいいさ。……もうしばらくすれば、君を救出しようとする者たちがやってくるだろう」

「……」

 ばかな。

 美都は思わず目を見開いた。

 何を言っているのだろうか、彼は。

 そんなことがあるはずがない。

 ここの主人である勝呂がどれだけ気を遣っているか分かっているのか。

 美都を買ったことも厳重に伏せているはずだ。

 妖怪を売買したなど、それが他の妖怪に知られれば一気に敵が増えてしまう。

 ただでさえ勝呂には敵が多いのだ。

 これは美都が予想しているとかそういう話ではない。

 閨にて気が抜けた勝呂がぽろぽろと漏らしていたのだから確度の高い情報のはずだ。

 きっと、情報を漏らしても美都にできることはないと思っているからだろう。

 実際にその通りだが。

「信じられないかな? 皆が皆、勝呂のように慎重で情報を大事にしているわけではない、ということさ」

「……」

 なるほど。

 正義の言葉からすると、勝呂自体には問題は無いが、彼のことを聞きつけた知人か何かが、美都の情報をどこかでぽろりと漏らしてしまうと。

 そういうことだろう。

「彼自身は優れた経営者だ。バランス感覚等々、見事なものを持っている。しかし、彼が付き合う人間全員がそうではない、ということだろうね」

 仕事をする上で、優れた人間ばかりと付き合えるわけではないのだろう。

 そしてどこかでその秘密が漏れた。

 あるいは勝呂自身が会話の潤滑油として、美都を買ったことを漏らした。

 そういうこと、だろうか。

「それに、彼ほどの成功者には敵も多い。どこかで君のことを知った人間が、意図的に漏らすこともありえるね」

 ああ、それもあるだろう。

 美都としては、正義の話そのすべてに頷ける。

 ただまあ、それがどうした、としか思えないのも事実。

 そんな情報を与えられてもどうしようもない。

「……ペラペラと、良くしゃべるわね」

 皮肉交じりにそう嘯いてみれば。

 正義は愉快そうにははと笑った。

「情報は確実に漏れる。そしてやってきた者を倒すのが僕の仕事さ。いつ漏れるか分からないままずっとここにいるのはごめんなんでね」

 こいつ、わざとか。

 情報が漏れる可能性があると分かっているなら、そこから打てる手はいくつもあるはずだ。

 けれども、彼はそれをしていない。

 わざと。

 情報が漏れるのが分かっていて。

 襲撃者を、ここに招き入れるために。

「……ろくでもない護衛だわ」

「心外だな。君にとっても悪い話じゃないはずだ。何せ君を救出するために襲ってくるんだから」

「襲撃が成功するなんて露ほども思っていないくせに」

「当然だ。この僕がここを護るんだ。襲撃なんて成功させるはずがない。それに……」

 彼はそこで一度言葉を切る。

「君にとっては、襲撃が成功しない方がきっといい。もしも君の脱獄がなされてしまえば、僕は君もろとも襲撃者を消す必要があるからね」

 大切な顧客の商品だから、できればそんな真似はしたくないんだ。

 そう言って悲し気な顔をする正義。

 しかし、美都はぞっとしたものを抑えきれなかった。

 あの目。

 あの目だ。

 たった一瞬。

 立った一瞬だが、目は狂気に濁った。

 言葉とは裏腹に、脱獄が成功すればいい、とでも思っているかのようだ。

 美都を見ているようで美都を見ていなかった。

 ただ、煮凝った憎悪を向けられた。

 美都個人にではない。何かもっと、大きなくくりに向けて。

「……」

 返す言葉もなく美都は沈黙する。

「正義。おしゃべりもそこまでにしろ」

 ふと、場に落ちた沈黙を破ったのは、冬紀だった。

「ああ、そうだね。君の言う通りだ。ここまでにしよう」

 冬紀にそう答えた正義の目からは、既にあの狂気は微塵も感じられなかった。

 二人は連れ立って退室していく。

 嵐のようだった。

 数分にも満たないが怒涛の時間。

 それが唐突に終わり、美都はあっけに取られてぼーっとしてしまった。

 色々思うところはあるが、ひとまず分かっているのはひとつ。

 騒がしくなる日はそう遠くなさそうだと。

 美都は心ここにあらずといった表情で、ぼんやりとそう思った。


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