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 サシャの持ち帰ったキングボアを民衆に振る舞い、大宴会を行っていると、王族の乗った馬車が登場し、民衆から声が消える。

 その馬車がサシャ達の元へ近付くと、ヨハンネスは直立し、長兄が降りるのを静かに待つ。その後、馬車が止まると長兄が姿を現し、ヨハンネスの目の前に立つ。


「これはどういう事だ……」

「はっ! サシャが狩りに行き、キングボアを民衆に振る舞っていました!」


 長兄の静かな怒りに、ヨハンネスは簡潔に質問に答えるが、火に油のようだ。


「お前がついていながら、どうなっていると聞いているんだ!」

「それは……」


 珍しく声を荒げる長兄に、ヨハンネスは口ごもる。すると、サシャが代わりに座ったまま口を出す。


「ちょっと~。楽しく食べてるんだから、怒るのはやめて欲しいしぃ」


 サシャの発言に、長兄は睨み付ける。


「なに?」

「いまはヨハンネスと話をしているのだ。この事態を止める事が出来たはずだからな」

「あ~……無理無理。ウチが拉致ったんだから、どうやったって無理」

「私なら止められたはずだ」

「ライナーでも無理だしぃ」

「出来る!」

「じゃあ、止めてみるしぃ」


 サシャは立ち上がると、お尻についた(ほこり)をポンポンと叩いて落とす。長兄は何が起こるかわからないが、対応できるように構えて待つ。

 するとサシャは、ニッコリ笑ってから宙に浮く。


「なっ……」

「はい。捕まえてみろしぃ」


 サシャは驚く長兄を挑発しながら空を舞う。初めから見ていなかった民衆も、口をあんぐり。驚いて声も出ないようだ。


「しょうがないな~。ちょっと手伝ってあげるしぃ。【空中浮游】」

「うっ。これは……」


 今度はサシャの魔法で長兄が舞う。突然の出来事で長兄も叫びたいのだが、民衆の手前、取り乱す事も出来ずに冷静さを保つ。


「どう? 止められそう??」

「私の負けだ。降ろしてくれ」

「おっけ~」


 長兄はお手上げのポーズで負けを認め、サシャにゆっくりと降ろされる。


「騒ぎの理由はわかったが、勝手な事はしないで欲しい。やる時は、私に一声掛けてくれ」

「止めたりしない?」

「私には止められないからな」

「あはは。割り切るの早いしぃ」

「さて、帰るとしよう」

「まだ宴会したいんだけど~?」

「……わかった。だが、夜には帰って来い。ヨハンネス。付き添ってやれ」

「はっ!」



 長兄はそれだけ言うと馬車に乗り込み、城に帰って行った。長兄の馬車が去ると、帝都に忘れられていた声が戻る。すると、ヨハンネスはぐったりとしてサシャの隣に座る。


「おっつ~」

「はぁ。死ぬかと思った……」

「あはは。首が繋がっていてよかったしぃ。物理的な意味で」

「笑い事じゃない!」

「わり~。わり~」

「……絶対、悪いと思ってないよな?」

「あははは」


 その通り。まったくこれっぽっちも思っていない。


「まぁアレだしぃ。ヨハンはウチのお目付け役に任命してあげる」

「出来れば、いますぐ離れたいんだが……」

「それはやめたほうがいいんじゃね?」

「どうしてだ?」

「離れたほうが、何されるかわからないしぃ。お家、お取り潰しとか……」

「あ……」

「もしもの時は、ウチがヨハンじゃないと、魔王を倒さないとか言ってやれしぃ」

「どうやっても、サシャと付き合い続けないといけないのか……」

「美少女のそばに居れて嬉しいしぃ?」

「うぅぅ……うわ~~~!」

「あはははは」


 ヨハンネスの本気の叫びに、サシャは背中をバシバシ叩いて笑い続ける。嬉しい叫びではないのに……




 一方、城に帰った長兄は、皇帝の召還に応え、玉座の間で(ひざまず)く。


「あの娘は、下級街で馬鹿騒ぎをしているらしいな……」

「はっ! 申し訳ありません」

「お前が操れると言ったのは、嘘だったのか?」

「まさかアレ程の奔放(ほんぽう)な者だとは、計算違いだった事は紛れもない事実です」


 皇帝の言葉に、素直に謝る長兄。それでも納得できないのか、宰相が叫ぶ。


「だから言ったのです! 勇者を操る事は不可能だと!」

「不可能とは言っていない」

「では、どうするつもりなのですか!」

「当初の予定を早めて、魔界に攻め込む。帝都から出してしまえば、よけいな事に首を突っ込むような事はないだろう」

「魔界を制圧した後はどうするのですか?」

「五年間は魔界に城を築いて残ってもらえばいいだろう。元の世界に、帰る気になる出来事でもあれば、自分から帰って行くはずだ」

「出来事を作り出すと言う事ですか……」

「さあ? 自然発生するのではないか?」

「なるほど……」


 宰相の質問に、長兄は涼しい顔で否定する。そのやり取りだけで、宰相は長兄の考えが理解できたようで、何やら考え込む。宰相が黙ると、長兄は皇帝に目を戻す。


「あの者はクリスティアーネの思想を、力だけで叶える事の出来る人物です。そんな者に、力で押さえ付けようとしては反発し、この帝国が滅ぼされてしまうでしょう」

「宰相が言う通り、諸刃の剣だったと言う事か……」

「召喚してしまったからには乗りこなすしかありません。引き続き、私が監視し、手綱を握ってみせましょう」

「他に選択肢はないか……わかった。もう行ってよい」

「はっ!」


 皇帝はチラッと宰相を見てから、長兄を玉座の間から退出させる。扉が閉まるのを待って、皇帝は宰相に声を掛けている姿があった……





 長兄は玉座の間から出ると各所に回り、進軍の準備を急がせ、日が暮れる頃に侍女からサシャが戻った旨を聞かされる。

 日が完全に落ちた頃、ようやく仕事を終えた長兄は、サシャの部屋をノックする。

 部屋からは大声で入っていいと言われたので、長兄は一声掛けてから入る。すると……


「ウサギ?」


 部屋の中には、フードからウサギの耳が生えた真っ白な服を着た女が、ソファーで寝転んでいた。


「どう? かわいいっしょ??」


 もちろんサシャだ。どうやらパジャマに着替えたらしい。


「変わった服だな。ウサギである必要があるのか?」

「もう! ヨハンもライナーも女心がわからない奴だしぃ!!」


 ただ一言、かわいいと言えばご満悦なのに、残念な男二人だ。そのせいで、ぷりぷりするサシャを宥める事に、骨を折る二人であった。


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