093
ヨハンネスにサシャ自身の力の一旦を見せて脅すと、サシャの命令に素直に従うようになった。地図を用意しろと命令すれば、急いで取りに走り、懇切丁寧に質問に答える。
質問を終えたサシャは、立ち上がるとバルコニーに向かい、跳び上がって手摺に立つ。
サシャの姿に、ヨハンネスは慌てて何をしようとしているのかを質問する。
「暇だから狩りでもして来るしぃ」
「え? もう日が傾いているぞ」
「晩ごはんまでには帰って来るしぃ……【空中浮遊】」
サシャが呪文を呟くと、体が浮き上がる。ヨハンネスは驚きの表情を見せるが一瞬で、わめき散らす。
「ま、待ってくれ! そんな事をされたら、私の立場が悪くなる。おとなしくしていてくれ!!」
「別にあんたの立場なんて知らないしぃ」
「頼む! 腕でも何でも差し出すから!!」
「そんなの要らないしぃ……」
サシャは何でもすると言うヨハンネスを突き離そうとしたが、何か閃いたのか、黒い笑みを浮かべる。
「じゃあ、あんたもついて来る? それなら、お目付け役失格にはならないっしょ?」
「い、いや……」
「つべこべうるさいしぃ。【空中浮遊】」
「わ! う、浮いてる!?」
「行っくしぃ~~~!!」
「うわ~~~!!」
宙に浮いた二人は凄い速さで空を飛び、ヨハンネスの叫びは無視して西へと向かう。その途中、アクロバット飛行までするものだから、ヨハンネスは悲鳴をあげ続ける。
原因はサシャなのだが「うるさい」と言われ、地上すれすれまで落とされたヨハンネスは、気を失う事となった。
その後、ヨハンネスは体に衝撃を受けて目を覚ます。
「ぐっ……。な、なんだ? 森??」
「やっと起きた? 全然起きてくれなかったしぃ」
サシャが文句を言うのはお門違い。サシャのせいで気絶していたのに、乱暴に背中から落とされて無理矢理起こされたんだからな。
「ここはいったい……」
「魔の森だっけ? そこだしぃ」
「え……」
ヨハンネスは辺りを見渡し、ただならぬ気配に冷や汗が流れる。
「どったの?」
「どれほど森の奥に入った!?」
「死の山だっけ? その近くに大物が居たから、そこで降りたしぃ」
「死の山!?」
「あ、ほら。来たしぃ」
ドシンドシンと鳴る音を聞いて、サシャは指を差す。ヨハンネスはギギギと首を回し、木を薙ぎ倒して現れるモノを見る。
「キ、キングボア!!」
音の正体はビッグボアの上位種、全長20メートルを超える巨大なイノシシだ。
「これなら食べがいがあるっしょ~?」
「馬鹿野郎! 殺されるぞ~~~!!」
暢気なサシャの言葉に、ヨハンネスはキレる。恐怖よりも、今までのサシャの行動に、死ぬ前に怒りをぶつけたかったのだろう。
「馬鹿って言ったしぃ!!」
「うわ! 後ろ後ろ!!」
ヨハンネスにキレるサシャの後ろでは、キングボアが後ろ脚で土を擦り、今にも走り出さんとする。サシャもそれどころではないかと振り返り、刀を抜く。
それと同時にキングボアは走り出し、巨体を使った体当たりを繰り出す。サシャはヨハンネスの襟首を掴んで避けると、そのまま空を飛んで、キングボアの体に着地する。
「ちょっとここで待ってろしぃ」
「ここって……」
「振り落とされるなしぃ!」
キングボアの背に乗ったヨハンネスは必死に毛を握り締め、サシャは頭に向けて駆ける。キングボアは幸い二人を見失っていたので、頭を振ってキョロキョロしているだけだ。
そこをサシャは飛び上がり、刀に雷をまとって素早く振る。
「【雷斬り】!」
サシャの刀から雷の斬激が飛び、雷鳴と一瞬の光と共に、キングボアの首が体から離れる事となった。
キングボアはしばらく立っていたが、頭が無くなったと気付いた体はゆっくりと横に倒れる。するとヨハンネスが慌てて叫び、その声に気付いたサシャは急いでヨハンネスの襟首を掴んで救出する。
そしてドシーンと倒れたキングボアの隣に着地した。
「さてと、あとは……【重力波】」
呆気に取られるヨハンネスを他所に、サシャは重力を四方から与え、キングボアの血抜きをする。そうして首から吹き出す血を見て、ようやく復活したヨハンネスはサシャに声を掛ける。
「こんなに巨大な魔獣を一瞬で倒すなんて……信じられない」
「はあ? 見てたしぃ!」
「これが勇者の力か……」
「勇者じゃないしぃ! 美少女勇者と言えしぃ!!」
「あ、ああ。サシャは、美しい勇者だ」
「う、うん。それでいいしぃ」
自分で言えと言っておいて、照れるとは……。どうやら自称で名乗っていたようだ。元の世界では「魔剣の勇者」と呼ばれていたので、初の経験なのかもしれない。兄には呼ばれていたのに……
血抜きが済むと頭は収納魔法に入れて、キングボアの胴体に乗って浮かせる。これで帝国首都まで飛ぶつもりらしいが、ヨハンネスは高さもあるから、また毛を必死で握る事となった。
「た、高い~~~!」
「だから、うるさいしぃ!!」
「でも……」
「男っしょ! それに行きも飛んで来たっしょ!!」
「そうだが、行きは直接飛んで来たじゃないか。今度は乗り物に乗っているから、落ちそうで怖いんだ。大きな頭も収納魔法に入れていたんだから、これも入れてくれ」
「ウチの収納魔法は、容量をほとんど使ってしまっているからしょうがないしぃ」
「うわ! 傾いてるって~!!」
ギャーギャー騒ぎながら空の移動は続き、夕暮れ近くに帝国首都上空に着くと、またギャーギャー騒ぎながらキングボアに乗ったまま下級街に降り立つ。
当然、20メートルの巨大な固まりが上空から飛来した事によって、民も兵士も恐怖し、敵意を向けられる事となるのであった。