091
勇者召喚を行われた翌朝……侍女に起こされたサシャは、機嫌悪く目覚め、昨日と同じ食堂で長兄を発見する。広いテーブルに長兄一人で座っていたので、サシャはどこに座るか考えてから、椅子を移動して長兄の隣に座る。
「おっは~」
「ああ。おはよう」
サシャの挨拶に、侍女は不快な顔をするが、長兄は気にせずに挨拶を返して紅茶を口に含む。
「あれ? そんだけ?」
「少し飲み過ぎてな。食欲がないんだ」
「たったアレだけでか~。やっぱないわ~」
サシャはかなり失礼な事を言いながらバクバク食べ出すので、長兄は口を押さえる。二日酔いの長兄に、サシャの食欲は気持ちが悪くなったのだろう。おかわりまでしていたので、本当に気持ち悪い目で見られていた。
食事が終わると長兄は仕事があると言って席を外そうとするが、サシャに止められる。
「暇だから町を見たいんだけど~?」
「町か……昼前には仕事が片付くから、そのあとでもいいか?」
「忙しいなら、一人で行くしぃ」
「そうもいかない。勇者を一人で歩かせるなど、私の心情が許さない」
「え~!」
「いまから、サシャの願いのイケメン?を用意するから、その者も一緒のほうが楽しめるだろう」
「マジで!? じゃあ待つしぃ!!」
長兄の発言に、サシャは喜んで飛び跳ねる。出会ってたった一日なのに、なかなかサシャの扱いに慣れて来たようだ。
その後、サシャは長兄の仕事が終わるまで用意された自室で待つが、ベッドに飛び込んで眠っていた。
しばらく経つと侍女が呼びに来たが、起きるのに時間が掛かり、長兄達を待たす事となった。
「お! イケメンじゃん。ライナー、やるぅぅ」
長兄が連れて来た男は、皇帝親戚筋の貴族。目鼻が整った美男子で、サシャは喜ぶが、男はサシャの態度にむくれている。
「殿下に失礼ではないか!」
「うわ! 面倒くさい系?」
「貴族ならば、当然の対応だ!」
うん。長兄を立てる貴族からしたら、当然の叱責だ。だが、サシャは勇者。なので長兄は、男を宥めながら紹介をする。
「サシャの態度はいささか無礼だが、我々の無理な要望に応えてくれるのだから、大目に見てやれ」
「殿下がそれでいいのなら……」
「紹介が遅れたが、この男は伯爵家次男、ヨハンネスだ。生真面目なところはあるが、有能な男だ」
「ヨハンね。ウチはサシャ。ヨロ~」
「よ、よろしく?」
サシャの挨拶にヨハンネスは、どう返答していいかわからず、無難に返す。勝手に愛称で呼ばれたのだが、長兄が頷いていたので咎める事はやめたようだ。
自己紹介が終わると、三人は護衛付きの豪華な馬車に乗り込んで発車するが、サシャが文句を言い出す。
「揺れるしぃ……もっといい馬車ないの?」
「なっ……殿下の馬車は最高級品だぞ! これほど揺れの少ない馬車など、この世には存在しない!!」
「うっさいしぃ。やっぱ、あんたはないわ~」
「ヨハンネス。サシャに失礼な態度を取るな……」
「す、すみません……」
長兄は、ヨハンネスをひと睨みして黙らせる。
「サシャ。すまなかったな。ヨハンネスは生真面目だから、私を立てていただけだ。許してやってくれ」
「まぁ貴族なんてそんなもんだしぃ。それより、これで最高級の馬車なんだ……」
「ああ。間違いない」
「じゃあ、この国の技術レベルも知れたもんだしぃ」
「なんだと……」
「ヨハンネス……」
「失礼しました……」
今度は国を侮辱されてヨハンネスは怒りを露にするが、長兄の冷たい声に恐怖を感じて黙る。
「サシャの世界では、この馬車より揺れない馬車があるのか?」
「あるしぃ。なんだったら、キッチンお風呂完備の家みたいな大きな馬車も、持ってたしぃ」
「それほど巨大な馬車など、どうやって引くのだ?」
「大型の魔獣や、ドラゴンなんかに引かせるっておっちゃんが言ってたしぃ」
「なるほど……確かにサシャの世界とは、技術で劣っているな」
長兄は素直に負けを認めて考え込む。馬車の中が静かになると、サシャはお尻を擦りながら我が儘を言い出した。
「お尻が痛くなって来たしぃ……ヨハン。椅子になってくれしぃ」
「椅子だと!?」
「なってくんないの?」
「ヨハンネス。やれ」
「は、はい……」
長兄に命令されたヨハンネスは、狭い馬車の中で四つん這いになり、そこにサシャは腰掛ける。ヨハンネスは歯を食い縛って屈辱に耐えるが、揺れるとか、乗り心地が悪いと言われ、さらに機嫌が悪くなる。
そうしていると馬車は貴族街に入り、綺麗な街並みを眺めて進み、噴水のある広場で止まる。
「どうだ? 美しい街並みだろう?」
「まぁ……普通かな?」
長兄は自慢をするように問い掛けるが、サシャには物足りないみたいだ。
「ここって綺麗な服を着た人しか居ないけど、貴族とか?」
「そうだ。治安も文化も、どの国より優れている」
「ふ~ん……じゃあ、今度は平民の暮らす所に連れてってくれしぃ」
「そんな所を見てどうするんだ?」
「はあ? 貴族なんてこの国の一握りっしょ。多くの人を助けるのが勇者の務めなんだから、貴族より大多数の平民を見ておかなきゃダメっしょ!」
「……わかった」
サシャの意見に、長兄は意味がわからなかったようだが、平民の暮らす下級街に馬車を走らせるようにと御者に指示を出す。
中級街を抜け、下級街をしばらく走ると、サシャは曇った顔になる。
「思ったよりひどいしぃ……」
「なにがだ?」
「見てわからないの!? あんたの国しょっ!!」
車窓からは痩せてボロボロの服を着た男、女、子供が見え、王族が乗る馬車に対して、護衛が頭を下げろと命令している。長兄からすればいつもの風景。サシャの言葉の意味がわからないようだ。
「みんな痩せこけてボロボロだしぃ!」
なにも気付かない長兄に、サシャは怒りを露に理由を説明する。ようやく理解した長兄は、良い説明を考えてから伝える。
「これも魔族のせいだ。魔族の呪いのせいで雨が降らず、作物が育たなくて十分な食糧が行き渡らないのだ」
「……国全体に呪いを?」
「帝国だけでなく、人界全てが不作に苦しんでいる」
「う~ん……ウチの世界でも不作だったけど、それは邪悪な雲で太陽を隠されたせいだったんだけど……雨だけねぇ」
サシャは長兄の言葉が信じられないので、何かを考えていたが、その時、馬車の外が騒がしくなる。
「ん? なんか騒いでいるしぃ……」
「キャーーー!」
何事かとサシャが馬車の窓に顔を近付けると、悲鳴が聞こえて来るのであった。