088
魔族が壁建設を終わらせた日から時は遡り、帝国帝都……
城内地下に作られた一室に、魔法陣が光を放つ。その魔法陣の光が収まると、金髪の美男子が中央に立っていた。
その者の名は、帝国次期皇帝、ラインホルト。
勇者と接触し、転移マジックアイテムで逃げ出した長兄と呼ばれていた男だ。
「ふぅ。父上に、どう報告したものか……」
長兄は魔族に大敗し、たった一人逃げ帰って来たのにも関わらず、涼しい顔で呟く。
本来ならば、戦況を確実に先読みしていた長兄は、パンパリーの町をベルント将軍が落とし、統治している間に兵をかき集め、十万の兵を連れて一気に魔界を侵略する予定であった。
それが一人の男に邪魔をされたのだ。その男は、次兄に拘束させていた妹である姫騎士を逃がし、パンパリーでベルントを討ち取った。
人族軍が負ける可能性はゼロだと考えていた長兄であったが、念の為、ミニンギーの町に爆発マジックアイテムを配置していた。
そこに現れたのが姫騎士と魔王。長兄は追っていた二兎が現れて、高笑いをしながら兵器の爆発音を聞いていた。
だが、その高揚した気分を壊す者が目の前に現れた。キャサリでも、パンパリーでも、ミニンギーでも長兄の邪魔をした一人の男……。勇者だ。
あろうことか勇者は、姫騎士も魔王も生きていると告げ、長兄の自慢の剣すら受け切ったのだ。
今まで自分の策が、自分の剣が通じないなど有り得なかった長兄であったが、失敗による怒りよりも、次の策を冷静に考えている。
「魔王はシュテファニエと名乗った女で間違いないのだろうが、あの男は何者だったのだ? 考えられる可能性として、歴史書に載っていた四天王の一人。そうなると、魔王はその上の存在となる」
冷静に考えているが、間違いだ。だが、魔王が勇者を召喚したと考える者が皆無ならば、歴史書からヒントを得るしかないのであろう。
「魔族は戦わないと聞いていたが、それも反撃の準備をしていたのだな。その気になれば、個の力で押し通せると言うわけか……」
長兄……それも間違いだ。魔族は農業しか出来ない。個人で力があるのは、勇者だけだ。
「となると、こちらも……」
考えがまとまった長兄は地下室から出る。階段を上り、豪華な廊下に姿を現すと長兄を見た騎士は敬礼し、貴族の婦女子はうっとりと見つめる。さらに進むと貴族の男がゴマを擦る。
いつもの風景……。これならば、戦場のほうが幾分マシかと考えながら進み、王である父の居るであろう執務室を訪ねる。
護衛の騎士に王に会いたい旨を伝えると、現在、執務室には誰も入れるなとお達しが出ているらしく、長兄は出直すと行ってその場を後にする。
そして自室にて、着替えを済ませると侍女に紅茶を運ばせ、優雅にティータイムを楽しむ。
そのしばらく後、王から謁見の許可が下りたと侍女に伝えられ、玉座の間に向かう。長兄は何故、玉座の間なのか、何故、謁見を断られたのか考えながら歩き、玉座の間に足を踏み入れる。
その広い空間に居たのは、玉座に座った皇帝アーダルベルト……豪華な服やマントに身を包む、白い髭を貯えた老人。そして皇帝の隣に立った宰相の中年男性のみ。
不思議に思いながらも長兄は跪き、挨拶の言葉を述べる。
「父上。只今戻りました」
「うむ。して、戦況はどうなっている?」
「現在……」
長兄はこれまでの経緯を話すが、皇帝は見る見る険しい顔となっていく。全てを聞き終えると、皇帝の怒りを感じ取った宰相が、代わりに叫ぶ。
「次期皇帝が、おめおめと一人、逃げ帰って来たと言う事ですか!」
その甲高い叫びに、長兄は用意していた答えを述べる。
「先ほど説明した通り、兵器も勇者の剣も通じない魔族が居たのだ。魔王はその魔族より強いのは確実。次期皇帝なのだから、何を置いてでも、戻るのが筋だろう」
「自信を持って出発式をしておいて、その樣はなんだと言っているのです! 皇帝陛下の顔に泥を塗ったのですよ!!」
「確かに父上の期待を裏切ったのは心苦しい。だが、予期せぬ化け物が居たのだから、情報を持ち帰っただけでも褒めていただきたい」
長兄は、ああ言えばこう言う。撤退には十分な理由であるが、宰相はそれでも納得できないのか突っ掛かろうとする。
だが、静かに聞いていた皇帝がそれを遮る。
「撤退の理由はその言い訳で我慢しよう。しかし、クリスティアーネを生かして逃がしたのは、どうするつもりだ」
皇帝の言葉は静かだが、怒りがこもっていたので、長兄は背中に冷たい物を感じる。
「魔族に殺された事にしましょう」
「それでは、魔族と共にこちらに攻め行って来た場合、民や兵に見られて、より、面倒な事になるぞ」
「そこは、ヴァンパイアに殺されたと噂を流す予定です。それならば、顔を見せた時にはヴァンパイアの眷属になったと、兵も納得して戦うでしょう」
「ふむ……」
皇帝は髭を触って思考する。その沈黙に、長兄は緊張する。
「今回限り、不問とする」
「有り難き幸せ」
「陛下!? いえ……申し訳ありません」
宰相は皇帝の決定に不満の声をあげたが、ひと睨みされて謝罪した。
「しかし、次なる手にもよる……どうするつもりだ?」
「もちろん考えております。勇者を召喚し、魔族にぶつけましょう」
「な、なりません!!」
宰相は慌てた声を出すので、長兄はまたかと思いながらも質問する
「宰相は以前も反対していたが、何故だ?」
「歴史書をお忘れになられたのですか? 500年前に召喚した勇者のした所業を!」
「それは宰相もだろう」
「なっ……どういう意味ですか?」
「以前召喚した勇者は、帝国に反抗して敵対勢力についたのであろう」
「そうです! そのせいで、帝国は血が途絶える寸前まで追いやられたのですよ」
「呼び出した理由が悪かったのだ。人族が、人族相手に使ったのが、勇者の機嫌を損ねたのだろう」
「それでも制御できる相手では御座いません! お考え直しください」
「もうよい」
二人の喧嘩口調に、皇帝が静かに割り込む。
「今回は魔王相手に召喚するのだから、我が帝国に敵対する事はないだろう」
「ですが……」
「それに制御する術も、長年の研究で確立している。そうであろう?」
「宰相の研究が実を結んだと、私も聞いたぞ。アレは嘘だったのか?」
皇帝と長兄の問いに、宰相は汗をぬぐいながら答える。
「ゆ、勇者相手とは言っておりません。あくまで、魔獣を操る術が確立したと言ったまでです」
「勇者とて人間だ。それより上位の魔獣すら操れるのだから、何も問題ないだろう」
「勇者をただの人間と一緒にしてはいけません!」
「会った事のないお前に、勇者の何がわかると言うのだ?」
「そ、それは……」
宰相が二人に責められて口ごもると、皇帝は長兄に目を移す。
「ラインホルト。お前はどう思う?」
「もしも術が効かなくとも、このラインホルト。必ずや勇者を操ってみせましょう」
「うむ……。勇者召喚を執り行う!!」
かくして宰相の反対を押しきり、皇帝は勇者召喚の準備を命令し、代々受け継がれし神殿にて、準備が始まるのであった。
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次回から作者都合で「月、木、土」の週三日の更新となります。
楽しみにしていただいている方がおられましたら申し訳ありません。