081
次兄と口喧嘩して邪魔だったテレージアが離れると、姫騎士は覚悟の目で次兄を見つめる。
「兄様。聞いた通り、私は魔族側につきました。いえ……魔族に協力してもらい、人族の女王となります」
「お前が女王? 笑わせてくれる。父上がそんなこと、許すわけないだろ!」
「ですから、奪い取るつもりです」
「奪い取るだと……。人気だけで、なれるわけがないだろ……あ!」
次兄は何か思い付いたようで、ニヤニヤした顔に変わった。
「俺様が皇帝になってやろうじゃないか? そうすれば、腹心として、重宝してやろう。男系が皇帝となる我が国の法律があるのだから、損な取引じゃないだろ?」
虎視眈々と狙っていた玉座。チャンスが来たのだと、嬉々として姫騎士に問い掛ける。その問いに、姫騎士は首を横に振る。
「何故だ?」
「兄様を皇帝になどにしたら、我が国が滅びてしまうからですよ」
「俺様以上に適任者がいるか!」
「まだわからないのですか……奴隷であっても我が国民です! それを武器も持たせずに死地に追いやろうとするなんて、皇帝のすることですか!!」
「ぐっ……」
姫騎士の怒声に、次兄は畏縮する。しかしそれも一瞬で、すぐに立ち直る。
「聞いていたな! 妹は魔族に寝返った。帝国に対しての完全な反逆だ。我が名の元に刑を執行する。死刑だ~~~!!」
「「「「……はっ!」」」」
姫騎士の死刑と聞いた騎士は戸惑うが、最高指揮官の言葉には逆らえず、剣を構える。それを見て、姫騎士も刀を抜いて構える。
「そっちの男は剣は効かないぞ。取り押さえて縛れ!」
騎士と姫騎士の距離がジリジリと迫る中、勇者の頑丈さを思い出した次兄の指示が飛んだが、無意味。力が強い事を忘れている。
飛び掛かる二人の騎士を、勇者は避けようともせずに抱きつかれてしまうが、潰れることはない。逆に追い掛ける必要が無いので、ラッキーと突っ立ったまま、姫騎士の戦闘を観戦する。
姫騎士の相手の二人の騎士は、距離が詰まると片方が斬り付け、姫騎士が避けると時間差で、もう一人が斬り付ける。そのせいで姫騎士は防戦となるが、徐々にスピードに慣れると、タイミングを合わせて反撃。
鎧に守られていないむき出しの腕に峰打ち。その一撃で一人の騎士は剣を落とす。もう一人の騎士は、刀を振って姫騎士の止まった瞬間を狙ったが、今まで本気で動いていなかった姫騎士には掠りもしない。
避けたと同時に腕を殴って、こちらも剣を落としてしまう。騎士は痛みを堪えて剣を拾うが、利き腕は使い物にならなくなったようだ。
「まだやると言うのなら、次は逆の腕を斬り落とす。私はそなたらを殺したくない。降参してくれないか?」
姫騎士の優しい目で見つめられた騎士は、剣が下がっていくが、次兄がそれを許さない。
「お前達! 俺様の命令に背くのならば、全員死刑だ! 俺様を国に戻さなくても死刑だからな!!」
次兄の言葉を聞いた騎士は、お互いに目を見合わせ、悩んでしまう。そんな中、黙って騎士達に抱きつかれていた勇者が、のほほんとした声を出す。
「姫騎士に勝てないんだから、どっちみち死刑だな。でも、姫騎士は優しいから、死刑なんかにしないぞ。こっちについたほうがいいんじゃないか?」
勇者の質問に、騎士はその手があったと思ったのか、勇者に抱きつく力が弱くなった。
「貴様~~~! 父上が動けば魔族など、10万の兵に押し潰されるんだぞ。その時は、どうなるかわからないのか!!」
「お前がバカな事はわかったぞ」
「貴様まで俺様をバカにするのか!?」
「だってな~……敵将を逃がすわけないだろ?」
「くっ……近付くな!」
勇者は騎士を軽く振り払い、話ながら次兄に歩み寄る。その表情は怒っているように見え、次兄も後退る。
「かわいい妹を殺そうとするなんて重罪だ。死んで欲しいぐらいだ」
やはり勇者は気持ち悪い理由で怒っているようだ。でも、姫騎士の前では言わないほうがいい。顔を赤くして怒っているぞ。
「私が、かわいい……」
ん? 照れて顔が赤くなっているようだ。その中でも勇者は次兄に迫り、次兄はついに走り出す。だが、勇者のダッシュで簡単に追い付かれ、後ろ向きに抱き抱えられた。
「お、降ろせ!」
「あ~。前にも同じ事を言っていたな」
「さっさと降ろせと言っているんだ!」
「じゃあ、俺も同じ事を言ってやる。お仕置きの時間だ」
「お仕置き……」
次兄は10メートルの高さの壁に置き去りにされた恐怖を思い出し、顔が青くなる。
「ま、待て! 話し合おうじゃないか。俺様が皇帝となった暁には、お前の地位も保証してやる。貴族として土地もくれてやるぞ!!」
「そんな物に興味ない」
「では、何が欲しいんだ?」
「妹が居れば、それでいい」
「そうか! クリスティアーネが欲しいんだな?」
「それはお前の妹だろ? 俺は俺の妹が欲しいんだ」
「は??」
うん。シスコンならではの答え。次兄も「何を言ってるんだこいつ」て、目で見ている。
「そろそろお仕置きの時間だ」
「待て! 何をする気だ!!」
「たかいたか~い!!」
「ぎゃ~~~~!!」
勇者は次兄の質問に答えず、力いっぱい放り投げる。ほのぼのとした勇者の言葉に続き、次兄は悲鳴をあげて高速で上昇し、天高く輝く星となったとさ。