079
次兄軍が足並みを揃えて前進する中、魔族軍はと言うと一切動かず、次兄軍の前進を見ているだけ。さすがの次兄も、まったく動かない魔族軍に違和感を抱く。
「プッ。ビビって足も動かないのか。これは楽勝だな」
いや、魔族をナメて掛かっている。動かない理由に疑問を持たないとは、かなりのお馬鹿さんと言える。
それが露見するのは数分後。魔族の策に恐怖し、次兄軍は瓦解する事となった。
「殿下! 湖から竜が何匹も顔を出しております」
「なんだ、あの化け物は……」
「つ……津波が来ます! 逃げてください!」
「うわ~~~~! ブクブク……」
* * * * * * * * *
次兄が津波にさらわれる少し前……
ウーメラの町を前に、魔族軍は陣を張る。そのしばらく後、人族兵が町から出て来るのを見て、魔王は姫騎士に質問する。
「あの~……次兄さんは、何故、町から兵を出しているのでしょうか? 籠城したほうがいいと思うのですが……」
「魔王殿も、戦争がよくわかって来たようだな」
姫騎士の褒め言葉に、魔王はあたふたして言い訳をする。
「い、いえ。一般論を言ったまでです」
「本来ならばそれが正解だが、見たところ、壁の修復が間に合っていないみたいだ。だから、守るよりも攻めて追い返そうとしているのだと思う」
「なるほど……でも、お兄ちゃんが穴を開けてから、何日も経っているのですから、とっくに直っていると思っていました」
「本当に……兄様はこの数日、何をしていたのだか……」
次兄軍が陣形を組むのを喋りながら眺めていると、目のいいフリーデが何かに気付いたようで、魔王に話し掛ける。
「薄着の女の人が、いっぱい居るよ」
「女の人? 姫騎士さんみたいにお強い人ですかね?」
「あれは……」
魔王が姫騎士に質問すると、姫騎士はわなわなと怒りの表情に変わる。
「姫騎士さん?」
「あれは奴隷だ。兄様は奴隷を、肉の盾として使う気だ……」
「肉の盾……そんな事をしたら、死んでしまうじゃないですか! 早く逃げるように言って来ないと!!」
「言ったところで無理だな。奴隷は魔法で縛られているから、命令に背けば、最悪死んでしまう」
「そ、そんな……」
打つ手無しと察した魔王が口を閉ざすしてしまうと、話を聞いていた勇者が会話に入る。
「相手が外に出て来てるなら、Bプランで行くんだろ? それなら、どっちにしても死人は少なくなるはずだ」
「あ……そうです! コリンナさん!!」
「はいはい。スベンさんは待機している水竜達を呼んで。でも、ちょっと町に近すぎるわね。アニキは向こうを挑発して来て……テレージアのほうが効きそうね。思いっきり煽って来て」
「はい!」「おう!」「任せなさい!」
コリンナの指示を聞いた三人は、各々の役目を果たしに走る。テレージアは勇者の肩に乗っているだけだが……
水竜の準備、勇者達の挑発が終わると、次兄軍は前進し始め、魔王達はそれを眺める。
「まさか挑発に乗って来るとはな……」
「さすがテレージアさんです!」
「フフン。これぐらい、あたしに掛かれば造作もないことよ~」
「本当です。人の心を逆撫でする事に関しては、天下一です!」
「フッフ~ン♪」
魔王……それは褒めているのか? テレージアも悪口言われている事に気付いて! 皆も苦笑いしているぞ?
皆の苦笑いに気付いたテレージアは喚き散らすが、次兄軍が間も無く射程範囲に入るので、皆に無視される。
そして、次兄軍が町から十分に離れると、コリンナから魔王に指示が入る。
「もういけそうよ」
「わかりました。スベンさん!」
「はっ!」
スベンは魔王の指示を聞き、角笛を吹き鳴らす。すると、町の西にある湖から、水竜の群れが顔を出す。
巨大生物のお出ましで、それに気付いた人族兵は西に顔を向け、足並みが乱れる。足が止まる者、腰を抜かす者、見てはいるが歩いている者、ぶつかって転ぶ者と、千差万別。
その直後、水竜から魔法が放たれる。
と言っても、ただの水の操作。元より水竜の仕事は、湖の管理と各町に農業用水を送ること。ただし、群れで行う事によって大津波を起こし、近接する町の火事も消火出来る。
当然、津波はコントロール出来るので、次兄軍を丸々呑み込んだ。その津波は森まで届き、引いていく。結果、次兄軍は瓦解し、津波の去った陸地にまばらに倒れる事となった。
そうして人族兵が流される姿を確認した魔王は叫ぶ。
『第一作戦成功です! 続いて、捕縛作戦に取り掛かってくださ~~~い!』
「「「「「おおおお!!」」」」」
魔王の叫びを聞いた魔族軍は大声で応え、次兄軍に突撃するのであった。