078
食糧をアイテムボックスに入れた勇者は、魔王を背負って魔都から離れる。しばらく喋りながら走っていたが、魔王から返事が無くなった。
どうやら魔王は眠ってしまったらしい。なので勇者は揺らさないように気を付けて急いで走り、夕方にはミニンギーの門を潜る。
それから魔族軍中枢が滞在している役場に着くと、勇者は魔王を揺すって起こす。
「ん、んん~」
「サシャ。着いたぞ」
「……え? すみません。また寝てしまいました~」
「いいんだ。少しでも休めたのなら、俺も嬉しいからな」
「お兄ちゃん……。ありがとうございます」
魔王は勇者に抱きつこうとするが、昨夜の事を思い出して固まり、勇者も直立不動となる。数秒見つめ合うが、それも恥ずかしくなった魔王は、走って役場の中に消えて行った。
勇者は残念がる声を出していたが、魔王が抱きついていたら、破裂していただろう。感謝の声を出してしかるべきだ。
その後、夕食とお風呂を済ました勇者は、役場の一室を借りて眠りに就く。
勇者が眠りに就いてしばらく経つと……
「「「!!?」」」
三人の女性が、ドアの前で鉢合わせた。
「「「………」」」
パジャマ姿の、魔王、姫騎士、コリンナだ。皆、無言で火花を散らしたのは一瞬で、顔を赤くして自分の割り当てられた寝室に消えて行った。
「今日は無しか~」
もちろん、妖精は見ていたが、何も起こらない事に残念がって、仲間の寝室に消えて行った。
翌朝……
魔族軍一万二千人は、ウーメラの町に向けて進軍する。内訳は魔族兵、九千人。人族兵、ミニンギーで姫騎士が口説き落とした兵士を足して三千人。
次兄兵の考えられる兵力は、およそ二千人。六倍の兵力差は完全にオーバーキルだが、町を取り返した後、兵士の居ないキャサリの町まで進むので、防衛にあてる考えのようだ。
今回の進軍も、種族間の摩擦によってのいざこざは起きずに四日後……ウーメラの町を視野に収める。
* * * * * * * * *
「なんだと!? 魔族が攻めて来ただと!!」
伝令から報告を受けた次兄は、焦った声を出す。元より次兄は、長兄からミニンギーの町は消したと聞かされ、ウーメラの町の防衛も、魔族が攻めて来る可能性はゼロだと思っていたのだ。
「敵の兵力はどれぐらいだ!」
「目測ですが、一万人を超えているとの事です」
「一万だと!?」
現在、ウーメラの町の人口は三千人。兵士が二千人で、残り千人は兵士の世話をさせる奴隷。奴隷の使い道も、兵士を楽しませる性処理用で連れて来た女性。圧倒的な戦力差だ。
「ろ、籠城だ! 兄貴が戻って来るまで立て籠るぞ!!」
「し、しかし、壁の穴がほとんど塞げていません……」
「なんだと! 今まで何をしていたんだ!!」
「魔法使いは、ほとんど先の決戦で連れて行かれていまして、残っていた魔法使いも町の機能を優先していたので……」
「貴様! 言い訳するのか!!」
「い、いえ。申し訳ありません!」
次兄が非難するのはお門違いだ。どうせ魔族は攻めて来ないだろうと、壁の修復を後回しにしたのがいけない。その命令も、次兄がしていたのだからな。
「くそ……。ならば、打って出るぞ! 相手は腰抜けの魔族だ。俺様の出陣にビビッて逃げ出すはずだ」
「相手は、あのベルント将軍を打ち破ったのですよ?」
「防衛戦でだろ? ベルントはもう年だ。地の利のある、相手の罠を見破れなかったのだろう」
「それだけではありません。非道な兵器を用いるかも知れません!」
「ああ。それなら問題ない」
「ですが!」
「なんだ? 俺様の決定が不服なのか?」
「いえ……」
「さっさと出陣の準備をしろ!」
「はっ!」
次兄の言葉を聞いた騎士は、部屋を出ようと走るが、次兄は何やら思い付いたようだ。
「待て! 確かに兵力差があり過ぎるのは、相手にナメられてしまうな。奴隷を盾に使え」
「え……全員でしょうか?」
「わかっているじゃないか。急げ!!」
「は、はっ!」
次兄は騎士を見送ると、嫌な笑みを浮かべながら呟く。
「フッ。一万の兵を倒せば、妹の弔い合戦と相まって、民衆が俺に味方するだろう。その声を使えば、兄貴を蹴落とせるかもしれないな。アーハッハッハッハ~」
次兄は希望に満ちた笑い声をあげ、戦線に向かう。そして町の外に出て、陣形を組ませると本陣でふんぞり返る。
しばらくして、一人の男が馬にも乗らずに駆けて来た。すると、兵士達が騒ぎ出すので次兄には声が届かず、男の言葉を聞いた兵士から報告を聞く事となる。
「あ、あの……」
「なんだ? 相手はなんと言っていたんだ!」
「それが……」
「ひょっとして、俺様が町から出て反撃をしようとしているから、降伏して来たのか?」
「いえ……」
「一字一句もらさず、さっさと言え!!」
「は、はい!」
兵士は次兄の剣幕に押され、言われた通りの言葉を言ってしまう。
「バーカ、バーカ。なに町から出て来てるの~? 戦をした事がないんじゃな~い。こんな布陣を敷くなんて、バカのする事よ。バーカ!!」
「なっ……」
うん。そりゃ言いたくもなくなるな。でも、兵士も、そのまま言えと命令されても、オブラートに包めばいいのに……
「き、貴様~~~!」
「わ、私じゃございません! 男が駆けて来たと思ったら、妖精が顔を出して言って来たのです!!」
まぁテレージアが言いそうな事ではあるな。
「ぐぬぬぬぬ……ナメやがって~。全軍前進だ! ふざけた魔族どもを根絶やしにしてやる~~~!!」
かくして、次兄軍は足並みを揃え、魔族軍に向けて前進するのであった。