071
勇者は立ち上がった長兄に声を掛けて歩み寄る。
「それじゃあ、行こうか」
「待て! 貴様が本当の魔王だな! 油断させる為に、あの女に嘘を言わせたのだな!!」
勇者が近付くと、長兄は喚くように捲し立てる。
「いや。正真正銘、魔王はあっちだ」
「では、お前は……」
「どうせ信じられないし、言う必要ないだろ? さっさと行くぞ」
勇者はさらに歩みを進めると、長兄は大きく後ろに跳んで、首に掛かったネックレスを握る。
「言いたくないと言う訳か……。ならば、ここまでだな」
「やっと諦めたか」
「情報を引き出すのは諦めただけだ」
「情報?」
「次に会った時には教えてもらおう」
長兄はそう言うと、ネックレスを引きちぎって叫ぶ。
「【転移】!!」
「しまっ……」
長兄の叫びと共に、ネックレスから光が溢れ、収まる頃には長兄の姿は消え去っていた。
「はぁ。やられた……。転移マジックアイテムか」
勇者はため息を漏らすと空を仰ぐ。それからテレージアの元へ戻ろうとするが、残った兵士に剣を向けられて囲まれてしまった。
「俺の用は終わったんだが、お前達は、まだ俺に用があるのか?」
「当たり前だ! 殿下の敵と成り得る者を逃がすわけがないだろ!!」
「ふ~ん……お前達を無能と呼んだ奴を、まだ守ろうとするんだ。それに捨て駒にされた事に気付いてないのか?」
「そんなわけは……」
勇者のまっとうな意見に、兵士は口ごもる。
「そういえば、お前達は姫騎士が死んだと思っているだろ? 生きてるぞ」
「姫殿下が!?」
「あの場に居た俺が証人だ」
「嘘をつくな! ここから爆発のあった町まで、何日かかると思っているんだ!」
「嘘だと思うなら、引き返して魔族の町で待っていろ。姫騎士は、兵士を募集しているからな。長兄より、お前達を大事にしてくれると思うぞ」
勇者の言葉に兵士達は顔を見合わせ悩み始めた。そうして兵士の殺気が薄れる中、勇者はテレージアの元へ走り出す。兵士はそれを追うかも悩み、足が出なかった。
勇者はテレージアと合流すると踵を返し、また兵士の集団に向かって駆ける。兵士は何事かと剣を構えるが、勇者は凄い速度で東に消え、兵士はポカンとして剣を落とした。
勇者が兵士達と別れた後、しばらく走ると木の壁で出来た砦を発見する。そこでテレージアを空に逃がし、勇者は壁を飛び越え強襲する。
「何者だ!」
「何処から入った!」
勇者が着地するや否や、兵士が剣を抜いて取り囲む事態となった。勇者は、兵士の質問に少し悩んでから答える。
「そうだな……姫騎士の使いってところだ」
「姫殿下は、もうお亡くなりになったのだぞ!」
「生きてるぞ」
「え……」
「それで通信マジックアイテムを預かりたいんだが、何処にあるんだ?」
「お前のような怪しい奴に、誰が言うか!」
「そりゃそうか。勝手に探させてもらうよ」
勇者は納得したが歩き出し、兵士は静止を呼び掛ける。それでも止まらない勇者に剣を振り下ろす。
兵士は剣がまったく効かない勇者に驚くが、勇者は気にせず歩いて建物に入る。数戸あった建物は、兵士の宿舎、食堂、倉庫、それと会議場となっていた。
目的の物がなかなか見つからない中、勇者が会議場に入ると、ミニンギーの町で見た通信マジックアイテムに似た物があったので、その前に立つ兵士を押し退け、アイテムボックスに入れてしまう。
その後、他にも無いかと倉庫を漁って予備を見付けると、それもアイテムボックス行き。勇者はホクホク顔で倉庫から出るが、怒り顔の兵士に取り囲まれる。
「貴様~! マジックアイテムを返せ~~~!!」
「その焦り様……これで全部みたいだな」
「まだあるぞ!」
「そうなのか? それも渡してくれるか?」
「誰が渡すか!」
「じゃあ、この砦を破壊しないといけないな。そうなったらいつ魔獣に襲われるかわからないから、ここで滞在するのも難しいだろうな~」
「うっ……」
勇者が嫌らしい物言いをすると、兵士は黙り込む。先ほど、斬っても掴んでも、まったく歯が立たなかったのだから、砦を壊すぐらいわけがないと悟ったのであろう。
「それで、本当にまだあるのか?」
「くっ……もう無い」
「そうか。でも、また嘘を言っているかもしれないし、壊して行くよ」
「ま、待て! 待ってくれ!!」
兵士の焦る声に笑顔で返した勇者は走り出し、壁を飛び越えて砦を出て行った。残された兵士は安堵の表情と困惑の表情を同時にし、これからどうしたらいいかを話し合うしかなかった。
「通信マジックアイテムが無いと、この砦が機能しないぞ」
「一度人界に戻って、ありのまま報告するしかないか」
「責任者の首が飛ぶかもしれないな……」
兵士達は、この砦の責任者の騎士を一斉に見つめる。すると……
「「「「「ぎゃ~~~!!」」」」」
一斉に悲鳴をあげる事となった。
「そんなに驚くなよ~」
勇者が騎士の後ろに立っていたからだ。そりゃ出て行って、ホッとしているところに戻って来たら、誰でも驚くだろう。
「なんで戻って来てるんだ!」
「伝え忘れがあってな。姫騎士は兵士を募集しているから、志願するなら、森を出た所にある魔族の町で待っていてくれ。それじゃあな~」
勇者の伝言の後、砦では連日の会議が執り行われたそうだ。