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 勇者は胸ぐらを掴んだ長兄と馬車からゆっくり降りて、騎兵と(にら)み合う。


「貴様! 殿下を離せ!」


 騎兵は剣を構え、勇者に怒声を浴びせる。


「誘拐犯が、そんな事を言われて離すのか?」

「これほどの兵に囲まれているのだから離すだろ!!」


 うん。普通なら離す。だが、攻撃が一切通じない勇者は普通じゃないので、離す気はないようだ。


「それで俺は止められないぞ? まぁいいや。それじゃあ、俺は行くな」

「くそ! 相手は手ぶらだ。殿下を救い出せ~~~!」



 騎兵は勇者が武器を持って居ない事に気付き、すぐには長兄を害せないと思い、馬から降りて勇者に向かう。

 兵士は剣を大振りにはせず、長兄から離れた勇者の部位を狙うが、弾かれ、刃が零れる。

 兵士は驚いて動きが止まるが、剣では長兄を救出できないと判断して、勇者と長兄に掴み掛かろうとする。だが……


「静まれ!!」


 長兄が兵士を止めた。


「しかし、殿下!」

「どうやらこの男には、普通の剣は通じないようだな」


 長兄は今までのやり取りを観察し、勇者の力を把握したようだ。その長兄の言葉に、兵士は声を掛けようとするが、長兄が手の平を前にして止める。


「私が相手をしよう」


 そして、剣を抜いて勇者を見る。勇者はその余裕の態度に違和感を覚えたのか、長兄を力ずくで正面に持って来る。


「この状態で何が出来るんだ?」

「クックックッ……」


 勇者の質問に、長兄は嫌な笑いをし、剣を勇者の腕に当てる。


()っ!?」


 長兄に当てられた剣で痛みを感じた勇者は驚き、手を離してしまう。勇者が腕を確認すると、うっすらと血が(にじ)んでいた。


「クックックッ。効いたようだな」

「その剣はなんだ?」

「この剣か? この剣は遠い昔、勇者が魔王を斬り裂いた剣だ。帝国で代々受け継がれ、我が手に来たのだよ」

「魔王をか……古い剣なのに、妹の刀みたいな切れ味だな」

「いつまでその余裕が続くかな? 奥義……【真空斬り】!!」


 長兄が放つは刀身から飛び出る風の刃。姫騎士も使えるが、同じ血筋、王宮で同じ師から習ったのだから、当然使えたようだ。

 その風の刃は勇者を捉えられなかったが、馬車を易々と斬り裂いた。その威力に、兵士は感嘆の声をあげる。


「なかなか素早いようだが、これはどうだ? 【真空乱舞】」


 長兄が次に放つは、風の刃の連激。剣を縦、斜めと数度振り、最後は横に薙ぐ。勇者は剣筋を見極めてギリギリでかわすが、最後の横薙ぎは大きく跳んで長兄の後ろに着地する。

 それと同時に馬車は瓦礫と化し、崩れ落ちた。


「アレをかわすか……」


 長兄は小さく呟きながら振り返り、勇者を見る。


「まぁ剣の性能は驚いたけど、腕は姫騎士のほうがいいみたいだな」

「なんだと……」

「別に妹に負けたぐらいでなんだ? 俺の妹も凄い剣だったぞ。美しく舞う剣舞は誰もが目を奪われたぞ~」


 勇者は妹を思い出し、うっとり……いや、気持ち悪い顔をする。


「妹と比べるな!」

「ん? 怒っているのか? そりゃそうか。兵を操るのも劣り、剣でも劣り、逃げ帰るんだもんな」

「き、貴様~~~!」


 勇者の挑発に、ついに長兄は声を大にして、剣を振るう。勇者は後ろに跳んでかわすが、長兄は離れた瞬間に【真空斬り】を放って追撃する。

 勇者もそれをしゃがんでかわすが、後ろから悲鳴があがって振り返る。長兄の放った風の刃に巻き込まれた兵士の声だ。


「おい! 部下がいるのに、そんな技を使うな!!」

「フンッ。避けられない無能な部下が悪い」


 勇者は長兄を(いさ)めるが、長兄は気にせず次の技を放とうとする。


「奥義……」

「やめろ馬鹿! クソッ!!」


 勇者の後方に兵士が数人居るので止めようと叫ぶが、長兄は聞く耳を持たず。先ほど放った【真空乱舞】を放たんとする。

 勇者は構えで気付いたようなので間合いを一気に詰め、両手を顔の前に構えて突撃し、初激の刃を受け止める。

 その結果、剣と勇者のぶつかる激しい衝突音の後、長兄は馬車の瓦礫まで吹っ飛ぶ事となった。


 何故、その様な結果になったのか……。頑丈な勇者の由縁は伊達ではない。覚悟を持ってガードを固めれば、勇者を傷付けられる者は、勇者である妹と、異世界の魔王だけしかいなかったのだからだ。

 長兄が吹き飛んだ理由は、単に自爆。勇者は長兄のすんでの所で止まり、剣がぶつかった事によって【真空斬り】の余波の風が暴発し、吹っ飛んだだけだ。


「我が奥義を喰らって、傷すら無いだと……」


 立ち上がった長兄は、驚きの声を出す。


「俺もビックリだ。あの衝撃で剣が折れないなんて、凄い剣だな。お前にはもったいないよ」

「な、なんだと!」

「そのままの意味だ。とりあえず、治療魔法が使える人。そっちの転がっている奴を助けてやってくれ」


 勇者は兵士を眺めながら指示を出すと、一人の兵士が動き、治療にあたる。その動きを確認した勇者は、長兄に視線を戻す。


「それじゃあ、行こうか」


 勇者はそれだけ言うと、長兄に歩み寄るのであった。


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