069
ぷりぷりするテレージアを宥め終わった勇者は、酒場のオヤジに目を移す。
「とりあえず、魔王がこの町を見た時の処置をしておくな」
「魔王の処置……」
オヤジは立ち上がる勇者を、ゴクリと唾を呑んで見守る。そんなオヤジを気にせず、勇者はカウンターの上に、アイテムボックスから取り出した食糧を並べ、呆気に取られるオヤジに笑顔を見せる。
「たぶん魔王がこの町を見たら、食糧を配布するはずだ。な?」
「そうね。魔王はお人好しだからね」
「魔王がお人好し……」
「オヤジはこれを配ってくれるか?」
「い、いいのか!?」
「ああ。おそらくだが、十日以降後に魔王と姫騎士の連合軍がこの町に到着する」
「姫騎士様が戻って来るのか!」
「そうだ。でも、魔族は戦う事が苦手だし、この町までは距離があるから正確な日付はわからない。到着する時には、温かく受け入れて欲しい」
「魔族は少し怖いが、姫騎士様がいるなら……。いや、事実を皆に広めておくよ」
「頼んだぞ」
この言葉の後、勇者はオヤジに必要な食糧の量を聞いて、さらに床に置く。ほとんどが未解体の魔獣の肉であったが、仲間で解体と加工をすると言って、オヤジは久し振りの肉に喜んでいた。
それが終わると、また来ると言って別れを告げるが、オヤジはあとを追って酒場から出て来た。
「おい! あんたはいったい何者なんだ?」
「俺? 俺は頑丈な……」
「こいつは、魔王が召喚した勇者よ! フフン」
オヤジの質問に、勇者が返答しようとしたが、テレージアがしゃしゃり出て台詞を奪う。きっと、頑丈な勇者と言っても通じないと思っての配慮だろう。
「魔王が勇者を召喚した??」
よけい混乱させる事とは露知らず……
オヤジがフリーズしてしまったが、勇者は気にせず走り出す。路地に入ると屋根を飛び交い、町から脱出すると、東に向かって走る。
しばらく走ると木が切り倒され、道となった場所を発見する。勇者とテレージアは目を見合わせ、頷き合って、道を東に向けて走るのであった。
小一時間ほど走るが、魔界に向かって来る者は居ない。その代わり、人界に向かう集団を見付けた勇者は、テレージアに空からの偵察を頼んで静かにあとをつける。
しばらくすると、テレージアが戻って来て、勇者の肩にとまる。
「どうだった?」
「なんか豪華な馬車があったわ。兵士は二百人ぐらいかしら?」
「長兄か……」
「たぶんね」
「じゃあ、突撃して来る。テレージアは巻き添えにならないように、離れていてくれ」
「わかったわ」
テレージアがパタパタと空を舞うと、勇者は気付かれる事も気にせず、豪華な馬車の一団に走り寄る。
すると、勇者に気付いた兵士は止まり、剣を抜いて行く手を阻む。その兵士の前まで行くと、勇者は止まって言葉を投げ掛ける。
「なあ? 逃げて行った馬車に、長兄が乗っているのか?」
「貴様は何者だ!」
「質問しているのは、俺なんだが……」
「答えたくないと言う事か!」
「う~ん……まぁいいや。馬車を止めてから聞くよ」
「貴様~~~!」
勇者の答えが気に障ったのか、兵士は剣を振りかぶって勇者を斬り付ける。もちろん勇者にその剣は効かず、折れるだけ。勇者も剣が当たっても気にせず、人を跳ね、馬車に追い付くと並走し、扉を強引に剥がして乗り込む。
「よっ!」
「何者だ!!」
勇者が軽く挨拶をすると、髭を生やしたオッサンが怒鳴って腰を上げる。勇者は馬車の中を見渡し、姫騎士と顔が似た男を見つめる。
すると、髭を生やしたオッサンが勇者の肩を掴むので、長兄では無いと判断し、手を引っ張って馬車から退出してもらう。
そして、長兄らしき男の前にドカッと腰掛け、相対す。
「それで、あんたが長兄か?」
「いかにも。私が帝国次期皇帝、ラインホルトだ」
勇者の質問に、長兄は眉ひとつ動かさずに答える。
「ふ~ん……賊が目の前に居るのに、動揺すらしないんだな」
「貴様ごとき下賤な者に、私が心を揺さぶられる理由がない。して、何用だ?」
「ああ。そうだったな。ちょっとお前にムカついていてな。誘拐しに来た」
「ムカつく? 誘拐??」
勇者の不穏な言葉を聞いても、長兄は表情を崩さない。
「自分の妹を殺そうとしただろ? 妹なんて、かわいいかわいい天使だ。そんなかわいい妹を殺そうなんてするなんて、頭がおかしいんじゃないか?」
うん。勇者は怒っているようだが、怒る理由が気持ち悪い。長兄もそのせいで、表情を崩して怪訝な顔になった。
「殺そうとしただと……妹は生きているのか?」
あ、勇者の発言に、姫騎士が生きている事を知って、表情を変えたようだ。
「やっぱり妹が心配だったんだな。かわいいもんな~」
勇者……違う。そう言う質問ではないはずだ。
「ふざけるな……質問に答えろ!」
ほら、怒られた。だが、勇者は長兄の怒りの表情を引き出せたようだ。その質問に、勇者はニヤケながら答える。
「生きてるに決まっているだろ? 時間稼ぎが上手いお兄さん」
「お前はあの時の……」
勇者の挑発に、長兄は通信マジックアイテムで話した男の声を思い出したようだ。それと同時に、後方から追って来た騎兵によって、馬車は止められた。
「何故、生きている!」
「さてね。教えてやる義理はないだろ? 馬車も止まったみたいだし、行こうか」
「貴様!!」
勇者は立ち上がると、長兄の胸ぐらを掴んで扉に移動する。すると、馬車を囲んだ騎兵に剣を向けられる。
「長兄殿下を離せ~!」
「まだわからないのか? そんな物、俺には効かないぞ」
勇者は騎兵に言い聞かせながら、胸ぐらを掴んだ長兄と共に、馬車からゆっくりと地上に降り立つのであった。