067
「アニキー!」
勇者が会議に使っていた家から出て、北に向かってしばらく歩いていると、追い掛けて来たコリンナに呼び止められた。
「どうした?」
「何処に行こうとしてるの?」
「ちょっと散歩だ」
「……本当に?」
勇者の台詞に、コリンナは疑って服を掴む。するとコリンナの目に負けた勇者は、頭をポリポリと掻きながら目的を話す。
「まぁアレだ。暇だから偵察でもして来ようと思ってな」
「偵察? じゃあ、オレも行くよ!」
「コリンナも疲れているだろ? 少し休め」
「オレは疲れてない!」
「いや……正直、一人のほうが楽なんだ」
「え……」
「だからゴメンな。連れて行けない」
「うぅぅ」
「そんな顔をするな。平和になったら散歩でもピクニックでも、どこへでも付き合ってやるよ」
「ホント!?」
「ああ。約束だ」
勇者がコリンナの頭を撫でて約束をすると、コリンナの曇った顔はパッと晴れ渡る。その後、コリンナと別れた勇者は、爆発で破壊された北の門にいたスベンに一声掛け、凄い速さで走り出した。
すると……
「ちょっ! 止まって~! 落ちる~~~!!」
突如、女の子の声が響き、勇者は慌てて急停止する事となった。
「テレージア!?」
声の主の正体は、テレージアだったようだ。
「走るなら走るって言ってよね~」
「いや、いつから掴まっていたんだよ」
「コリンナをデートに誘っていたところよ。ぐふふ」
どうやらおっさん妖精女王は、二人のやりとりを、如何わしい目で見ていたようだ。
「デートじゃないし、さっさと帰れ」
「え~! せっかく偵察に付き合ってあげようと思ったのに~!!」
「どうせ仕事に飽きて、付いて来たんだろ?」
「うっ……違うわよ!」
「やっぱり……」
「空からだって見れるんだから、役に立つわよ!」
「確かに……」
「ほら、行くわよ!」
テレージアは強引に話を切ってパタパタと飛んで行くが、すぐに戻って来る。
「やっぱり、カバンにでも入っているわ」
どうやら勇者に運んでもらおうという腹らしい。勇者は渋々革のショルダーバッグを取り出し、テレージアが入ると走り出す。
テレージアは、最初はカバンから顔を出していたが、勇者の走る速度が速過ぎたので目も開けていられず、奥に入って揺れるだとか文句を言う。
勇者はまだ余裕があるのか、テレージアの注文どうり揺れないように走り、しばらくすると人族兵らしき大軍を発見する。勇者は少し悩むが、攻撃して減らす事も出来ないので、見つからないように森に入って追い抜く。
軍から十分距離を取ると、森を出てスピードアップ。その少し後、徒歩で四日は掛かる、ウーメラの町が見えて来る。
「うっそ。もう着いたの?」
「いや。一度森に入ってから回り込むよ」
「壁の上で何か動いているし、そのほうが良さそうね」
勇者はテレージアに一声掛けると森に入り、木を避けながらも素早く走る。テレージアは時々カバンから顔を出し、迫り来る木にワーキャー言いながら楽しんでいた。
町の北側から森を出ると辺りを気にしながら走り、外壁に辿り着くとテレージアを外に出す。
「どうしたの?」
「こっちには見張りは居ないようだけど、念の為、壁の上を見て来てくれないか?」
「オッケー!」
勇者のお願いを聞いたテレージアはパタパタと空を飛び、頂上付近になると、壁から頭を出して周りを確認する。辺りに人が居ない事を確認すると、壁に乗ってキョロキョロと見渡し、安全だと判断して勇者の元へ戻る。
「南側には人が立っているみたいだけど、こっちは壁の下にも誰も居ないわ」
「わかった」
テレージアは報告しながら勇者の肩に飛び乗ると、勇者は跳び上がって壁に登る。そのせいで、テレージアは悲鳴をあげてしがみつく事となった。
「そう言う事をするなら先に言え!」
「落ちても飛べるんだからいいだろ」
「それとこれは別よ!」
勇者はぷりぷりするテレージアを宥めながらバッグに押し込み、壁から地上に飛び降りる。着地と同時に前回り受け身を取って、静かに降りる事には成功したが、カバンの中で顔をぶつけたとかで、テレージアがうるさくなった。
またしてもテレージアがうるさくなったので、静かにするように言い聞かせ、辺りを気にしながら町を歩く。それから一人で歩いている兵士を見付けた勇者は、気さくに声を掛ける。
「よう!」
「ん?」
兵士は見掛けない男を舐めるように見るが、勇者は気にせず話を続ける。
「長兄殿下に手紙を預かっていてな。届けようにも初めて来た町だから道に迷って困っているんだ」
「なんだ、文通官か。長兄殿下は、もうこの町に居ないぞ」
「え……何処に向かえば会えるんだ?」
「たぶん王都だな。かなり前に出発したから、そこまで持って行くしかないんじゃないか?」
「行き違いか~……。じゃあ、次兄殿下は何処に居るんだ?」
「次兄殿下なら、この道を真っ直ぐ行けば広場があるから、そこのデカイ建物に居るはずだ」
「お! すぐに向かうよ。ありがとう」
情報を仕入れた勇者は兵士から離れ、広場に向かう道を歩き、しばらくすると路地に入って屋根の上に飛び乗る。すると、人の気配が無くなったと気付いたテレージアがカバンから顔を出す。
「長兄は居ないみたいね。これからどうするの?」
「キャサリの町も見ておくか。それでも居ないなら、森に入ってみようかな」
「ふ~ん……その前に、お昼は?」
「ちょっとは我慢しろ!」
この後、勇者とテレージアはギャーギャーと口喧嘩しながらウーメラの町を後にするのであった。