066
ミニンギーの町を取り戻した魔族軍中枢は朝から会議を行う。四天王のスベンは壁の修復で忙しいので、今回は欠席。議題は次の町をいつ攻めるかだ。
「皆さんの疲労もあるので、日にちを空けてからでどうでしょう?」
魔王が提案をすると、皆、頷くが、姫騎士が異を唱える。
「疲れているのはわかるが、ゆっくりしていると、兄様が人界から大量の兵を連れて来るぞ?」
長兄の策では、姫騎士の死と魔族の非道な兵器によって、人族がひとつにまとまり、一丸となって魔族に攻め込む手筈だ。なので姫騎士の意見は正しいと言える。
「ですが、慣れない戦いをした魔族は憔悴しきっています。このままでは戦いに出ても、士気が下がると思うのです」
魔王の意見も正しい。魔族は武器を振り、人を殺めた事に罪悪感を持って、心を痛めている者もいる。
「確かに……だが、急いだほうが得策だと言う事は頭に入れてくれ」
「……はい。ひとまず、戦力確認をしましょう」
「そうだな」
ミニンギーの町に居た人族はおよそ千人。多少の死者は出たが、怪我人は治療しているので、約九百人の人族が捕虜となった。ここから姫騎士の説得でなびく人族が戦力と加わる。
魔族は幸い死者は出なかったが、ミニンギーの町に残す人員も居るので進軍すると千人は減り、およそ九千人となる。
前回の戦いで手に入れた人族兵は丸々向かうので、少なく見積もっても一万二千人の兵で進軍出来る。
戦力確認が済むと、魔王は姫騎士に尋ねる。
「一万二千人も居れば、次の町も取り戻せますよね?」
「おそらく……。兄様は二千人の兵で後退したと思うから、過剰戦力だろう。囲んでしまえば、白旗を上げるかもしれないな」
「それじゃあ、魔族、人族ともに、傷を負わずに戦いが終わるのですか?」
「可能性はあるな」
「では、急いで出発の準備をしましょう!」
魔王は喜びのあまり、もう勝ったと思い込んで声をあげる。だが、姫騎士は首を横に振る。
「可能性の話だ。兄様の考えは読めない。今回のように、罠を張って待っているかもしれない」
「あ……。爆弾……」
「そうだ。それと兄様はこの町が吹き飛んでいると思っているかもしれない。そうなれば、ウーメラの町に兵を集めて、進軍の準備をしている可能性もある」
「人数も増えているのですか」
「まぁ可能性の話だ」
魔王が残念そうな声を出すと、二人の話を聞いていた勇者は手を上げる。腹でも減ったのか?
「ところでなんだが、キャサリの町から人族の領域まで、何日かかるんだ?」
あ、普通の質問だった。
「私達が森に入った時は三週間以上かかったけど、いまは道が整備されているから、何もなければ十日。大軍の兵が移動するなら、十五日ってところだろう」
「と、言う事は……最低でも十五日後には、キャサリの町に兵を配備しないといけないのか?」
それに、珍しく冴えている。
「いや……我々の通信マジックアイテムでは距離が遠すぎて、人族の領域まで届かない。一度戻らないと、兵の要請も出来なかったな。中継地点を作っていなければだがな」
「その中継地点は、簡単に作れるのか?」
「森は魔獣が出るから、砦を築いていれば出来るだろうが……」
「なるほどな」
姫騎士から情報を聞いた勇者は、魔王を見る。
「二日は進軍を休んでもいいんじゃないか?」
「ですが、急がないとウーメラに人族兵が集まってしまいます……」
「サシャも姫騎士も頑張り過ぎだ。ひどい顔をしているぞ」
「「え……」」
「二人が倒れたら、誰が魔族と人族をまとめるんだ?」
「それは……」
「特に姫騎士。お前が倒れると、人族が魔族にどう出るかわからないぞ」
「それはそうなんだが、私は魔族に借りを返さないといけない……」
「だから怪我をしている事を黙っているのか?」
「………」
勇者の質問に、姫騎士は驚いて口を閉ざす。
「姫騎士さん……怪我って……」
「サシャを庇った時に怪我をしたんだろ」
「姫騎士さん?」
「………」
「どうせ人手が足りないから気を使って、治療魔法を遠慮したんだろ?」
「早く言ってくださいよ! テレージアさん。姫騎士さんをお願いします!」
「いや、私は……」
「これは雇用主からの命令です!」
「……わかった」
姫騎士は魔王の強い口調に素直に従い、テレージアを肩に乗せて別室に移動する。
「あとは、サシャも四天王も休ませないとな」
「いえ、私は大丈夫です!」
「ダメだ!」
「お兄ちゃん……」
勇者は語気を強くして反対する。よほど魔族を心配しているのだろう。
「休まないとクマも出来てるし、お肌に悪いぞ」
「へ?」
うん。珍しく冴えている理由は、魔王のお肌の心配だったのか……。魔王も突然の発言に、微妙な顔をしている。
「そんな理由なのですか……」
「大事な事だ。決定な!」
「はあ……」
魔王は勇者のいい笑顔に押され、ため息まじりに二日の休息を言い渡す。会議が終わると壁の修復に向かおうとするので、勇者は魔王にフリーデを抱きつかせ、無理矢理にでも休ませる。
魔王の休む姿を確認した勇者は、会議に使っていた家から出ると北に向かって歩き出すのであった。