065
ミニンギーの戦いを終えたその深夜、勇者が焚き火を見つめて座るっていると、家の扉がガチャリと開く。
「……姫騎士?」
「勇者殿……」
外に出て来た姫騎士は、勇者の隣に腰掛けて焚き火を見つめる。姫騎士はそのまま黙り込み、その沈黙に耐えられなくなった勇者は声を掛ける。
「どうかしたか?」
「……いや。少し怖い夢を見てな」
「姫騎士でも、そんな事で目が覚めるんだな」
「まあな」
勇者はからかうように言ったのだが、姫騎士は真面目な顔を崩さない。かなり深刻な悩みだったようだ。
その姫騎士の横顔を見て、勇者は長兄との会話を思い出し、頭を掻きながら謝る。
「悪かったな。でも、あんな奴の言う事なんて気にするな。元々敵対する相手だ」
「……そうなのだがな。仮にも家族だ。家族に命を狙われるなんて、私が何をしたと言うのだ……」
「ちょっとしたお遊びじゃないか?」
「遊びで殺されたくはない……」
「俺の妹だって、とんでもない攻撃をして来るぞ? 最強の刀を手に入れては試し切りしたり、最強の魔法を習得した時も、俺と一緒に山を吹き飛ばしていた。あの時は楽しかったな~」
勇者はうっとりと思い出を話すが、妹は本気で殺す気だったはず。ただ、頑丈だったから生き延びただけだ。
姫騎士もそんな勇者に、驚いた顔で見ているぞ。
「フフフ。山も破壊する魔法か。嘘で私を慰めてくれているのだな」
あ、姫騎士は、そう受け取ったのか……。だが、少しは気持ちが晴れたようだ。
「いや、本当に山をひとつ消したぞ。それで王様に、こっぴどく怒られたんだからな」
「はい?」
勇者も嘘と言う事にしていればいいのに……
「本当なのか?」
「おう」
「妹殿は、何故、そんな大魔法を使ったんだ?」
「確か……あ! お風呂を覗いていたのがバレたんだった。怒った顔もかわいかったな~」
「いや、それって、本気で殺しに来てるだろ!」
「俺が頑丈なのは知っているんだから、お遊びじゃないか?」
「遊びでも、山は消さないだろ!!」
沈んでいた姫騎士も、勇者の気持ち悪さに声が大きくなったようだ。そうしてツッコミ疲れた姫騎士は、また焚き火を見つめて黙る。
「まぁ家族なんて、そんなもんだろ?」
「勇者殿ほど強ければ、笑っていられるのだろうが……」
「姫騎士は、俺より強いよ」
「どこがだ……」
「誰かの為に戦えるじゃないか」
「勇者殿だって……」
「いや……俺はサシャに頼まれても、戦う事は出来ない」
「………」
「だから、姫騎士は俺が守るよ」
「私を守ってくれるのか?」
「なんてったって、俺は頑丈な勇者だ。いざとなったら、姫騎士に覆い被されば、どんな攻撃も防げる!」
「そこは戦ってくれても……。フフ。勇者殿らしいな」
「……姫騎士?」
姫騎士は勇者の肩に体を預ける。そして目を閉じると、そのまま安らかな眠りに誘われた。勇者はどうしていいかわからず、火を見つめて時間が過ぎるのを待つ。
その後、姫騎士の頭が勇者の膝に移動すると、毛布を掛けて夜が更けて行くのであった。
翌朝……
「あ~~~! 勇者が姫騎士とイチャイチャしてる~~~!!」
「お兄ちゃん……」
家から出て来た魔王とテレージアに、姫騎士を膝枕している姿を見られた。
「ち、ちがっ! そんな事していないぞ」
「ふ~ん……勇者は魔王より、姫騎士がよかったんだ~。ぐふふ」
「だから違うって言ってるだろ!」
テレージア、朝から絶好調。からかうネタを手に入れたテレージアは鬱陶しい事この上ない。
「お兄ちゃんは、私にはそんなこと出来ないのに、姫騎士さんには出来るのですね……」
「違うんだ~! ……ん? サシャもして欲しいのか? おいで~」
「そんなこと言ってません!」
「またまた~。いいんだぞ~」
魔王の言葉を嫉妬と受け取った勇者は、気持ち悪い顔になり、ポンポンと膝を叩いて魔王を誘う。魔王が誘いに乗ったら、絶対飛び退くのに……
「ふぁ~。なに騒いでるの~」
魔王が勇者を拒絶していると、コリンナが眠そうに家から出て来た。すると、テレージアがふわふわとコリンナの耳元でよけいな事を言う。すると、コリンナは聞いた通りに行動する。
「コ、コリンナ? 急にどうしたんだ?」
テレージアから勇者が膝枕したくて仕方ないと聞いたコリンナは、何故か信じて姫騎士と逆の膝に頭を乗せた。
「え? アニキが膝枕したいって聞いたから……違うの?」
確かに勇者はそう言っていたが、魔王に対して言ったのだ。
「えっと……」
コリンナに潤んだ目で見られた勇者は、なんと返答していいか悩む。コリンナも、女の悪い知恵を覚えたようだ。
「ふぁ……」
あ、欠伸で目が潤んでいただけか……。しかし、二人の女を膝に乗せた事によって、魔王が冷たい目で見る。その目に気付いた勇者は……
「あ……いい……」
何故か興奮している。最愛の妹によくやられた目だから、久し振りに見れて嬉しいようだが……気持ち悪い。
「もう……知りません!」
「サ、サシャ~~~!」
そりゃ、そんな気持ち悪い顔を見せられたら、魔王も怒ってどこかに行くよ。勇者は追い掛けようとしたが、立ち上がると幸せそうにしている二人を落としてしまうから諦めたようだ。
「え~もん見れたわ~。ぐふふ」
おっさんテレージアの策略勝ち。あとから出て来た三少女とぐふぐふ笑って、話に花を咲かせていたとさ。
ちなみに姫騎士は、目覚めた瞬間に顔を赤くして走って行ったので、テレージア達の下世話な話に、おかわりを注ぐ事となっていた。