062
町に雪崩れ込む魔族を横目に、勇者は長兄の待つ建物へと急ぐ。人族兵は勇者を追うべきか、進入した魔族を追い出すべきか悩み、手も足も出ない勇者は諦めて、魔族に向かって行った。
勇者は方角ぐらいならわかるのだが、町の土地勘が無いので、地図を片手に進んでいたが迷い始める。
その時、天の助けか、姫騎士と魔王の姿が目に入った。
「サ、サシャ! サシャ~~~!」
いや、勇者の目には、魔王しか目に入っていなかった。そうして勇者は手を振り、魔王の前まで走り寄る。
「お兄ちゃん。お疲れ様です」
「なんでサシャがこんな所まで出て来ているんだ? 危険だろう」
「どうも様子がおかしいみたいなので出て来ました。いまは姫騎士さんが護衛をしてくれていますから、大丈夫ですよ」
「姫騎士……? 居たのか」
「居たら悪いのか!」
姫騎士は勇者に無視されてご機嫌斜め。皇女様とあって、無視された経験が無いようだ。
「それで、様子がおかしいとは?」
「謝罪もないのか……はぁ。どうも、人族の兵が少ないように思えるのだ」
「少ない? あ~。確かに少ないかも」
「だろ? 兄様がいるのならば、かなりの兵が残っているはずなのに、千人も居ないかもしれない」
魔族軍が町に容易に入れた事は、勇者の活躍が大きかったのだが、姫騎士の考えでは、人数の少なさも要因と言えるようだ。
「兵士の少なさと、サシャは関係あるのか?」
「魔王殿は感知魔法が使えるようだから、違和感に気付けるかと連れて来たのだ」
「スベンさんも外を見張っているので手一杯なんです」
「ふ~ん。じゃあ、俺の側を離れるなよ」
「はい!」
勇者は魔王を包み込むように守るが、魔王は恥ずかしいみたいなので、隣で歩いてくれとお願いしていた。そりゃ、抱きつく一歩手前で後ろ向きに歩かれたら、誰でも気持ち悪いだろう。
「そういえば、勇者殿は兄様の居場所は突き止めたのか?」
「ああ。町の中央の建物に居ると聞いた」
「私と同じか……」
「あ! 見えました。あの建物が中央になります」
勇者と姫騎士が話していると、土地勘のある魔王が大きな建物を指差す。皆は、敵兵に見付からないように、ひとまず建物の陰に隠れる。
「あの建物は?」
「役場です。この町の戸籍や商売の管理をしています」
「なるほど。だから立派な建物なのだな」
「でも、おかしくないか?」
姫騎士が魔王にガイドをしてもらっていると、勇者が何か気付いたようだ。
「なにがですか?」
「その役場には兵士が立っていないのに、隣の小さな建物には、兵士が立っているぞ」
「本当ですね」
「あの建物のほうが、防衛に優れているのか?」
「いえ。役場は、もしもの場合の避難場所になっているので、防衛するなら役場のほうがいいのですが……」
「隣の建物はなんだ?」
「町長のお家ですね」
「町長ね~……偉いわりには、こじんまりしているんだな。それに、サシャの家も……」
「それは……家族で住むなら、ちょうどいいからですよ!!」
「勇者殿、ちょっと地図を見せてくれるか?」
魔王がぷりぷりし、勇者が気持ち悪い顔になると、姫騎士が割り込む。勇者はちらっと姫騎士を見ると地図を渡し、魔王の顔に目を戻す。
「……地図によると、役場は中央から少しズレているな。町長の家が、ど真ん中だ……勇者殿。聞いているか?」
「あ、ああ。そこに長兄が居るんだろ?」
「居ればな。とりあえず、強襲してみよう」
姫騎士の言葉を聞いた勇者は頷き、二人で町長の家に突撃訪問を行う。勇者は兵士の剣を喰らいながらも体を掴み、動きを封じる。姫騎士は兵士の剣を避け、峰打ちで意識を刈り取り、勇者の掴んでいる兵士も峰打ちで倒す。
あっと言う間に五人の兵士の意識を刈り取ると、敵兵の姿が無い事を確認してから魔王を呼び寄せ、建物のドアを開く。
建物の中は、人がかろうじてすれ違う事が出来る程度の廊下なので、勇者を先頭に歩き、ゆっくりと奥に進んで行く。
「誰も居ませんね」
ドアを開け、リビングに辿り着くと、魔王は感知魔法を使って確認する。
「やはり、兄様はこの町には居ないのか……」
「兵士が嘘を言ったのか? そんな風には見えなかったぞ」
「それに、少ない兵だけ置いて、指揮官が逃げ出すのですか?」
「わからん。だが、こちらの兵の規模を知った兄様なら、兵に時間稼ぎさせて撤退する事も考えられる」
「そんな……仲間を見捨てて逃げるなんて、最低です!」
「褒められた事ではないが、戦略的撤退も、戦争には付き物だ」
「……なあ?」
勇者は部屋の中央に置いてある黒い物体を、指を差して尋ねる。
「光が点滅しているアレ、ただならぬ気配を感じるのだが……」
「アレは!?」
姫騎士が黒い物体を見て驚いた声をあげたその時……
「よく来たな……野蛮な魔族ども」
部屋の中に、男の冷たい声が響くのであった。