057
魔族の罠に嵌り、ドロドロになった人族兵を見た勇者は驚いた声を出す。
「お~。泥祭りみたいで楽しそうだな」
もとい、魔王と同じく暢気な声を出す。驚いていたのは、肩車されたベルントのほうだった。
「何が起こっていると言うんだ!」
「俺も詳しい作戦は聞いてないからな~。さてと、俺達も急ごうか」
「待て~~~!!」
勇者が壁から飛び降りると、ベルントは暴れ出すが、今までゆっくり走っていた勇者がトップギアに切り替えたら舌を噛み、静かになる。
勇者が走る速度を上げれば、人族兵が沈み、もがいている泥沼も簡単に越えられる。本気を出せば、水の上ですら走れるのだから、水より浮力のある泥沼ならおっさん一人担いでいても問題ない。
そして、そんな速度なら、広大な泥沼ゾーンもあっと言う間に渡りきる。渡りきった勇者は、鼻をひくひくすると魔王を発見したようで、手を振りながら近付く。
「「「「キャーーー!!」」」」
すると、女性陣から歓喜の声があがる。
「お兄ちゃん! 服! 服を着てくださ~~~い!!」
歓喜の声ではなく、ただの悲鳴だったようだ。全裸の勇者は手だけでなく、下の手もブランブランと振っていたのだから、女性陣から悲鳴があがるのは致し方ない。
「うふふ。良いものが見れましたわね~」
「「「ねぇ~~~」」」
エロフ……。一部のエルフは歓喜だったようだ。
魔王から注意された勇者は、旅人の服を取り出していそいそと着替えるが、勇者が降ろした人物に、姫騎士が興味を持つ。
「上兄様では無いじゃないか? この者は……ベルント将軍?」
「あ、長兄は来てないんだって。だからこいつを連れて来た。最高責任者って自分で言っていたぞ」
「なるほど。ベルント将軍なら、責任者に足る人物だな。しかし、傷だらけで気絶もしているが、勇者殿がやったのか?」
「俺がやったと言えば、やったんだけど……」
服を着終わった勇者はこれまでの経緯を話すが、皆は呆れて声が出ない。そりゃ、ころんで大怪我を負った上に、激しい揺れで気絶したのだから、戦いを生業としているベルント将軍が不憫に思えたのだろう。
皆は呆れていたが、その中で意外としっかりしている魔王が質問する。
「では、最高指揮官を失った人族は、敗けたと言う事でしょうか?」
「それがこの町を落とすまで、帰って来るなと言われているみたいなんだよな~」
「そうですか……」
魔王はガッカリするが、姫騎士の言葉に復活する事となる。
「そう落ち込む必要はない。敵兵は、半数以上動けない状態だ。戦争の言い回しで言うなら、壊滅状態。ここに指揮官を討ち取ったと宣言すれば、敵は逃げるか降伏するかのどちらかだろう」
「と言う事は、ほぼ勝利しているのですね!」
「ほぼな。ベルント将軍の首を下げて、降伏勧告をすれば……こ、言葉の綾だ。別に殺す必要はない!」
首と言う言葉に、魔族は一斉に青い顔をするものだから、姫騎士は焦って弁明する。コリンナだけは、そのやり取りに慣れているので、姫騎士の苦労に「うんうんと」頷いていた。
その後、ベルントを縄で縛って棒に張り付け、勇者に担がせると、魔族軍は掃討戦に移行する。
「あ! お兄ちゃん。そこは……」
「ん? うわ!」
先頭を歩いていた勇者は、罠に嵌まって腰まで土に埋まる事となり、ミヒェルとレオンに引き上げられる。本気を出せば、勇者の力なら埋まっていても普通に歩けるのだが……
小さなトラブルはあったが、魔族が降伏を呼び掛けながら進むと、素直に武器を捨てる人族兵。もちろん、反抗する者はいるが、腰まで泥に埋まっていては剣は届かず、投石の的になるだけ。
それを見た人族はさらに士気が下がり、助かるには剣を捨てるしか手段が取れないと悟る。
泥に埋まっていない人族兵は、一目散に逃げる者もいるが、残って遠距離攻撃をして来る者もいる。その者には、勇者と姫騎士のタッグで撃退。
ミヒェルにベルントを預けた勇者は姫騎士をおんぶして泥の上を走り、攻撃する者の目の前に着くと姫騎士が刀を振るい、怪我を追わせる。
勇者も見ているだけでなく、姫騎士の背中に付き、後方からの攻撃は身を盾にして守る。前方に集中できる姫騎士は順調に数を減らし、殲滅まで追い込むのであった。
「フフフ」
「どうした?」
姫騎士が人族兵を全て斬り倒すと、勇者が気持ち悪い笑い声を出す。
「ああ。妹と戦った事を思い出してな。あの時もこんな感じで戦っていたんだ」
「あの時?」
「魔王城に攻め込んだ時だ。十万の魔族をバッタバッタと倒す妹は、美しかったな~」
「十万!? うっ……勇者殿、顔が近い」
「あ、すまない」
数に驚いた姫騎士は振り返るが、勇者は数センチ真後ろに付いていたので、気持ち悪い顔を眼前で見る事となってしまった。
「ちなみにだが、勇者殿はずっとその距離に居たのか?」
「そうだ。じゃないと、特等席から戦いが見れないだろ?」
「いいんだか、悪いんだか……」
本当にその通り。ストーカーに付きまとわれながら戦うのだから、気持ちのいいモノではないだろう。それでも、盾としては優秀。妹も割り切って戦うしかなかったのだろう。
事実、強大な攻撃にさらされる時には、後ろを向いて勇者を盾に使っていたのだから……
余裕でお喋りをしていた勇者と姫騎士だったが、諦めの悪い人族兵を見付け、追撃に走る。
その後方では、魔王達が順調に降伏を認めさせ、空が赤くなる頃には、戦いは終結を迎えるのであった。