056
魔族の作った壁が、人族兵に続々と越えられるその頃、勇者はベルント将軍を肩車で担ぎ、パンパリーの町に向けて走っていた。
「くそ! 降ろせ! この! ぐあっ」
ベルントは喚き、暴れるが、勇者を殴るのはやめたほうがいい。拳を痛めるだけだ。
「もう諦めて、おとなしくしてくれよ」
「出来るか! こんな辱しめ……屈辱だ~~~!!」
うん。確かに恥ずかしいだろう。いい年したおっさんが、自分より背の低い全裸の男に肩車をされ、配下の者に見られているのだからな。
でも、配下の者は笑ったりせず、必死に助けようと体当たりを繰り返しているのだから、ちょっとは静かにして欲しいものだ。
ベルントがギャーギャー騒ぎ、兵士が勇者の走りを止めようと頑張っていると、勇者は壁の異常に気付く。
「あれは……」
「フハハハ。我が兵が壁を越えたようだな」
壁を越える兵士を見たベルントは、勝ち誇った声をあげる。
「お前の兵も撤退しているようだな。取り残されたのだから、わしを降ろせ」
「これも作戦の一環だったはず。とりあえず急ごう」
「うわ! 降ろせ~~~!!」
勇者は確認を急ぐ為に、スピードを上げて壁に向かう。そのせいで、しがみついていた兵士は振り切られ、道を塞ぐ兵士も跳ね飛ばされる。
しばらく走ると魔族の仕掛けた罠、デコボコゾーンに入り、足を取られて盛大に顔からこけた。スピードに乗っていたおかげで、滑ってデコボコゾーンは越えたが、肩車されていたベルントはたまったものじゃない。
勇者は掴む手を一切緩めないので、大事故に巻き込まれた。腕でなんとか顔を庇ったが、それでも普通の人間が耐えられる衝撃ではない。骨折、打撲、打ち身に、擦り傷、かなりの怪我を負ってグロッキー状態。
勇者は「あちゃ~」と呟き、軽く謝ってから立ち上がる。そして、壁まで走ると飛び上がって、壁の上部に降り立つ。
「な、何が起きている……」
グロッキー状態であったベルントは、そこから見える景色に、驚きの声を漏らす事となった。
時は遡り、人族軍に壁を越えられた魔王達は必死に走り、壁から十分距離を取って振り返る。
「コリンナさん! 作戦通りですね!!」
「フフン。さすがはオレね!!」
振り返った魔王は、コリンナを褒め称える。コリンナも鼻高々。自画自賛で胸を張る。
二人が喜んでいる理由は、前進した人族兵が、続々と腰まで土に埋まって止まったからだ。
何故、その様な事態になったと言うと、これまでの下準備。まずは壁で目隠しを行い、罠の作成を見られないようにした。幸い壁建設の情報も知られなかったのだが、本命の罠を隠す為には必要な作業だ。
壁建設の次にした作業は、広大な土地を耕すこと。農業特化の魔族が二万人もいるので、代わる代わる全力でやったのだから、この作業も容易に終わらせる事が出来た。
耕すと言っても、ただ耕していた訳ではない。出来るだけ深く、ふかふかに耕した。最初は人力、仕上げは大量に連れて来た体重の軽いイエロースライムと農業魔法で遠隔耕し。
その結果、人が腰まで埋まる、ふかふかで広大な農地となったわけだ。
一見すると普通の大地なので、人族兵は真っ直ぐ進み、数歩進むと腰まで埋まって身動きが取れなくなってしまった。一度に前進させたのが失敗で、一気に千人弱の兵を失う。
だが、人族も馬鹿では無い。魔族の通った通路に気付く。農業に長けた者なら土の些細な違和感に気付けるのだから当然だ。その通路が解る者を先頭に駆け出すが、走るのはお勧め出来ない。
魔王達が立つ場所までは、二度の屈折があるからだ。気付いて止まっても後続にぶつかられ、落ちて一網打尽。通路から落ちなくても、弓矢や投石で落とされる。
「かなり埋まりましたね」
「うん。でも、人を使って渡ろうとしている所もあるね。アレをやってから、次のポイントに移動しよう」
「はい! ブルースライムさ~ん。出番で~す!!」
魔王の号令でプルースライムが横に並び、水を「ぴゅ~~~」っと吐き出す。すると、耕かされた土地は湿っていく。
ブルースライムは自身に溜め込んだ水を吐き出しているので、次第に体積が減る。なので、半分ほど縮むと町に向かって走らせる。
数百匹のブルースライムが水を吐き終わり、町へと消えると、次の指示を魔王が出す。
『メイジのみなさん! 整列してくださ~い!!』
ゴブリンメイジ、オークメイジ、その他メイジと呼ばれる魔法が得意な者が、ずらーっと並び、魔王を中央に手を繋ぐ。そして、魔王の合図で呪文を唱える。
『集団魔法【恵みの雨】』
魔王が使った魔法は広範囲魔法。耕かされた土地に雨が降り注ぎ、柔らかくなった土は、水を吸って泥沼と化した。
ちなみにブルースライムを使った理由は省エネにするため。耕かされた土地はもう一面あるので、魔法の使用時間を短縮して魔力を節約したみたいだ。
『は~い! 次のポイントに引きましょう』
泥々になった人族兵を尻目に、暢気な声で指示を出す魔王。魔族も列を組んで、パンパリーの町に向けて走るのであった。