054
風を巨大な槍に変えた【破城槌】によって、壁に大穴が開く事となり、壁から飛び降りた魔王達は瓦礫の下敷きになるのであった。
「魔王様~!」
「お姉ちゃん!」
土埃の上がる中、ミヒェルとフリーデは心配する声をあげる。
「ミヒェルさんが守ってくれたから、大丈夫です~」
魔族側の地面は、壁の建設時に材料にする為の土を少し掘っていたので、【破城槌】は魔王達の頭上を超えて霧散した。
魔王が気の抜けた返事をすると、二人はホッとするが、安心している時間は無い。魔王は立ち上がるとすぐに指示を出す。
『先ほど攻撃した集団に近い人は、集中攻撃~~~! エルフさんも攻撃に参加して、穴に近付けないようにしてくださ~い!!』
魔王は焦りながら指示を出す。すると、魔法使いの集団に弓矢と石が降り注ぎ、次の詠唱の邪魔をする。
しかし、大穴が開いた壁には、多くの人族兵が駆け寄って来る。その者には、エルフの風魔法、【剪定】と言う名の枝切り魔法が襲い掛かる。
人族は軽傷だが、多くの枝を切る為の魔法なので数が多く、迫り来るスピードは落ちた。
「姫騎士さん。穴が塞がるまでお願いします!」
「わかった!」
「オラ達も行くだ~!」
「うん!」
「「「「おお!!」」」」
姫騎士に続き、ミヒェルとフリーデ、ピッチフォークを持った魔族が壁から飛び出す。ミヒェル達は壁の穴を塞ぐように並び、姫騎士は人族兵の先頭集団に駆ける。
ちなみにレオンは、遠くの壁で指揮を取っているので手一杯。壁に手を掛ける人族兵がちらほら現れたので、動けないようだ。
「魔王様! お待たせしました!!」
「スベンさん! さっそく取り掛かってください。私も防御に力を注ぎます」
「はっ! 皆、やるぞ!!」
魔王は壁に駆け上がると、【剪定】を近付く人族に放つ。魔力が多い魔王の【剪定】は、大きいので複数の兵士が吹き飛ぶ事となるが、習ったばかりで切れ味は低いようだ。
スベンは両端に土魔法の使い手を配置し、徐々にだが壁を修復していき、その穴が塞がる速度に合わせて、壁の前に立つミヒェル達の並びも狭くなっていく。
そんな中、人族兵の先頭集団に斬り込んだ姫騎士は、手足を狙って刀を振るい、戦闘不能に追い込んでいく。
一方その頃勇者は、全裸のまま兵士を引きずって走りながら、最高指揮官である長兄を探していた。怒号の響く中、さらに走ると人族の本陣に辿り着く。
「えっと~……どれが長兄だ?」
長兄を見た事のない勇者は素直に聞くと、周りから非難する声を浴びせ掛けられる。そこを髭を生やした男が声を出して止めた。
「静まれ~!」
男の声に、兵士からピタリと声が消える。
「お! あんたが長兄か?」
「わしは長兄殿下ではない。将軍のベルントだ」
「違うんだ。じゃあ、用はないな」
「用はないだと?」
「ここで一番偉い人と会わないと、この戦いは終わらないだろ? 出来たら、長兄の居場所を教えてくれないか?」
「フッ。ナメられたものだな。帝国にベルント有りと恐れられているわしに、その様な口を聞くとは……」
「人族相手だろ? 魔族は、あんたの事は知らん」
「フハハハハ。確かにそうだ。だからこそ志願したんだったな」
「笑っているところすまないんだが、急ぎの用があるから俺は行くな」
「待て!!」
勇者が走り出そうとすると、ベルントは大声で止める。
「なんだ?」
「一人で本陣に斬り込んで来るお前ほどの男が、わしを素通りするのか?」
「いや……だから自慢されても、偉い人にしか用がないんだ」
「この軍を率いている、最高責任者がわしだと言ってもか?」
再び走り出そうとした勇者は、その言葉を聞いて、ベルントをジッと見て質問をする。
「長兄はどうしたんだ?」
「長兄殿下は、すぐに白旗を上げる魔族など相手にしないんだと。わしに必ず町を取って来るように命令なさった」
「と言う事は……あんたを降参させれば、この戦いは終わりって事か?」
「いや。すでに命令はしてある。町を取るまでは帰る事は許されない」
「そっか~……でも、あんたがもう一度命令すれば、帰ってくれるんだろ?」
「わしは死んでも、そんな命令はしないがな」
「う~ん……あ!」
勇者は腕を組んで考えると、何か閃いたようだ。
「とりあえず、こっちの代表の魔王と会ってもらうか。それから、帰るかどうか考えてくれ」
自分で答えを出さずに、魔王に任せようと言う訳か……。まぁこの勇者では仕方がない。
「フハハハハ。敵陣真っ直中で簡単に言うのだな。貴様は強いようだが、そう上手く行くかな?」
「俺? 俺は弱いよ」
「歴史書で読んだ、四天王の最弱ってヤツか?」
「四天王でもないぞ」
「それほどの力があってか!?」
「その話はもういいだろ? 何か大きな音もしたし、急がせてもらう」
「フッ。ならばこちらも、命を差し出してもらおう。精鋭騎士!」
ベルントの声に呼応し、勇者の前に五人の騎士が並ぶ。騎士は腰から剣を抜くと、勇者に向けて構える。
「あんたが来ないのか?」
「四天王でも無いのなら、わしが出る幕もないだろう」
「まぁいいや。さっさと連れて行く」
勇者は、一歩、一歩ベルントに近付く。すると、精鋭騎士の一人が頷いて、勇者に斬り掛かる。だが、勇者は避ける事もせずに、また一歩進む。
「なっ!?」
もちろんそんな剣は勇者に傷すら付かず、簡単に折れ、ベルント達は驚きの表情を見せる。しかし、驚いたのも一瞬で、残りの精鋭騎士は一斉に斬り掛かるのであった。