052
戦争当日。勇者は姫騎士に践まれて起こされ、清々しく目覚める。
「いや~。いい目覚めだ~~~」
「お兄ちゃん……」
「………」
「アニキ……」
「相変わらず気持ち悪いわ~」
いや、皆をドン引きさせて目覚めた。
「お! サシャ。着物を着たのか! すっごく似合っているぞ~~~!!」
「う、うん。ありがとう……」
勇者、絶好調。朝からテンションマックスだ。だが、ある部分に気付いた勇者は、すぐに目を逸らす。
「相変わらずのヘタレだわ~」
テレージアも、そりゃガッカリだ。魔王の着物はサイズが合わず、胸がガッツリ開いてエロイのだから、もっと面白い反応を期待していたのに……
「アニキー! オレは似合っているか?」
「ん? ああ。かわいいぞ」
「やった……」
コリンナは着物を褒められると顔を赤くし、小さくガッツポーズをする。どうやら女性陣は皆、戦装束を着物でまとめたみたいだ。
ただし、普通に着ると動き憎いので、着崩してズボンを履いている。テレージアまで皆を真似して着物を着ているが、どこにそんな小さな着物があったのだろう?
きっと、コリンナとフリーデは小さいから、勇者の許可なく切ったのであろう。
「姫騎士はピッタリだな」
「ああん!?」
勇者の心無い言葉に、姫騎士は激怒する。心無いとは、似合っているとか、かわいいとか思っていないから心が無いと表現しただけであって、けっして姫騎士の胸が小さい事を差していない。
「あ、そうだ。これも付けたらどうだ?」
勇者は姫騎士の怒りを感じ取り、謝罪のつもりか、アイテムボックスから取り出した白いお面を手渡す。
「キツネのお面?」
「それは認識阻害のマジックアイテムになっている。装着すれば顔を隠さなくても、気付かれる事がないんだ」
「こうか?」
姫騎士は、半信半疑でキツネの面を頭に付ける。
「私には違いがわからない……どうだ?」
「何となくですが、顔が違うように見えます」
「あまり効果が無いように聞こえるな」
「目の前で付けたからだよ。これを付けたら、妹にも気付かれなかったから大丈夫だ」
「勇者を欺けたのか……ちなみなだが、勇者殿は、何故、これを持っているのだ?」
「妹が一人で出掛けた時なんかは危険だからな。こっそり守っていたんだ」
「へ~~~……」
姫騎士の質問は愚問だったようだ。皆、勇者がストーカーしていたと気付き、蔑んだ目を送る。そんな勇者は魔王のうなじを見て、気にならないようだ。
皆の準備が整い、軽く打ち合わせをしていると、見張りに出していた魔族から連絡が入る。人族の軍隊が確認出来た模様だ。
知らせを聞いた魔王は各所に通達して準備を急ぐ。街の周辺に張っていた陣から魔族が列を組み、距離を空けて、列を乱さず進んで行く。
壁まで到着すると土魔法で開閉し、そこも列を乱さずに歩き、壁から外に出ると長方形の形になるように並ぶ。
その数一万。鍬やピッチフォークを握った分厚い肉の壁が出来上がる。残りの一万は壁の中で待機。武器が足りないので、ほとんどは腰から下げた袋に石を詰めている。
魔族の準備が整う頃に人族の軍隊が見え初め、そこそこの距離を取ると、似たような陣形を組む。するとそこから一騎の馬が駆け、魔族の陣営に近付く。
「姫騎士さん。お馬さんが来ましたが、何のご用でしょうか?」
「使者だな。降伏を勧めるか、それともこのまま戦に突入するかを聞いて来ると思う」
「では、聞こえる所まで行きましょうか。コリンナさんとスベンさんは準備を続けてください」
「はっ!」
「わかったわ」
二人を残して主要メンバーは最前列に移動し、馬に乗る兵士が辿り着くのを待つ。しばらくして、魔王達の前に現れた騎兵は口上を述べる。
「これより長兄殿下の言伝てを伝える。『非道な魔族ども、我が道を遮るのならば死をくれてやる。もしも直ぐ様、町を開け渡すと言うのなら命は助けてやるぞ』……返答は如何に!!」
その言葉を聞いた魔王は、勇者を伴って前へ出る。
「あの~? そちらが魔界から出て行ってくれるわけにはいきませんか?」
「は? ……それはどう言う事だ?」
「えっと。この町も渡しませんし、取られた町も返して欲しいのです。いかがでしょうか?」
「……全面戦争をすると言う意味か?」
「いえ。条約通り、人界と魔界、元通り不可侵にして欲しいのです」
「不可侵だと? 先に攻め入ったのはお前達だ! そちらがその気なら、戦争止む無しと伝える。首を洗って待っておけ!!」
使者はそれだけ言うと、馬を反転させて自陣に帰って行った。その行為を不思議に思った魔王は、姫騎士に尋ねる。
「途中まで話を聞いてくれていたのに、どうしたのでしょう?」
「普通は口上を読んで、すぐに帰るんだがな。魔族の回答が意外だったのかもしれないな」
「意外ですか?」
「今まですんなり町を渡していたのに、反抗するとは思わなかったのだろう」
「反抗するなんて言っていません。元の関係に戻ろうと言っただけです」
「それも混乱を呼ぶんだ。国民のほとんどは、魔族と不可侵条約があるなんて知らないからな」
「そうなのですか……あ! 何か音が鳴っています」
「これは……前進の鐘だ。来るぞ!」
斯くして、魔族対人族の、戦いの火蓋は切られるのであった。