049
「さあ! 勇者様~」
「え……あ……どう言う事だ?」
エルメンヒルデの圧に耐え兼ねた勇者は魔王に助けを求めるが、かわいく首を傾げられ、ニヘラと顔を緩める。そんな中、おっさんテレージアがピキーンと閃いたのか、いやらしい笑顔で勇者に語り掛ける。
「行ってあげたら~? その子達の先祖は勇者に助けられたから、勇者をヒーロー視してるのよ」
「ヒーローって……俺は何もしてないぞ」
勇者が渋るので、テレージアは作戦をエルメンヒルデに耳打ちし、行動に移す。
「ダメ、ですか……兄様?」
テレージアの作戦は、目を潤ませ、兄妹設定に持ち込んで、言う事を聞かせようという腹らしい。美人のエルメンヒルデに、そんな事をされてはひとたまりも無い……
「に、兄様……それも悪くない! サシャに言ってもらおっかな~。でも、お兄ちゃんもいいな~」
ひとたまりも無いのは一般男性だけであって、シスコン勇者には効き目が無かったようだ。
恥ずかしい思いをしたエルメンヒルデは、テレージアに噛み付く。
「話が違うじゃないですか!」
「おっかしいな~。コリンナの時は、上手く行ったんだけどな~」
「やはりあなたを信じるのでは無かったです」
「ちょっと。エルフなんだから、もっとあたしを敬いなさい!」
「確かに私どもは妖精と近しい存在ですが、テレージアさんは別です!」
「なんでよ~!」
テレージアとエルメンヒルデの口喧嘩に発展すると、見兼ねた魔王が割って入る。
「そろそろエルフさん達の役割について話したいのですが、よろしいでしょうか」
魔王に真面目な目で見つめられた二人は口を閉ざす。ちょっと調子に乗り過ぎたと反省したようだ。なので魔王は肯定してくれたと受け取り、話を続ける。
「エルフさん達は風魔法が使えるので、遠距離攻撃に参加していただきます」
「やっとまともな戦力が手に入ったわね」
魔王の言葉に、コリンナが嬉しそうな声をあげる。すると、エルメンが渋い顔をしながら応える。
「風魔法と言っても攻撃魔法では無く、木の枝を切る事にしか使っていなかったから、かなり弱い魔法ですが、それで役に立つのでしょうか?」
「大丈夫です! 策はコリンナさんが考えてくれます」
「またなのね……」
コリンナ、がっかり。戦えない魔王と勇者に続き、戦えないエルフの登場。風魔法で派手に攻撃できると考えていたが、夢に終わったのだから仕方がない。
その後、コリンナはエルフが何が出来るかの聞き取りに残り、魔王達は各自の持ち場に戻って行った。
コリンナは聞き取りを終えると魔王を呼び寄せ、エルフの【剪定】魔法を習うように言って見学する。どうやら、枝を切り落とせるのだから、多少は攻撃に使える模様だ。
他にもエルフは弓を使えたので、遠距離攻撃には光明が差し込んで来たようだ。
手の空いている魔族には、エルフから弓の作成と使い方の講習を受けるようにとコリンナは指示を出す。魔王が間に入っているので、難なく受け入れられた。
その夜、魔王達はいつものように大型馬車で夕食をとっていると、ノックの音が響いた。誰か来たのかと勇者が馬車の扉を開くと、エルメンヒルデとそのお供が四人、立っていた。
「サシャに何か用か?」
「サシャとはどちら様ですか?」
「ああ。俺は魔王の事をサシャと呼んでいるんだ」
「そうでしたか。今宵は魔王様ではなく、私どもが用があるのは勇者様です」
「俺?」
「お昼に言いましたでしょ? 一緒に飲みましょう。ささ、行きましょう!」
「わ! 何を……」
勇者はエルメンヒルデ達に両腕を掴まれて連行される。両腕に柔らかい感触があるので、振り払うかどうか悩んでいるようだ。
それを見ていたテレージアは、ぐふぐふ言いながら勇者を追い、コリンナも心配してつけて行く。魔王まで、何故か追い掛ける事にしたようだ。
エルフ達が集まる焚き火の輪に勇者は座らされると、四方を囲まれて酒を注がれる。やんややんやと始まる宴会を、コリンナは隠れて覗いていたが、普通に加わる事にしたようだ。何故かと言うと……
「ぐふぐふ。ハレームやの~」
エルフ達にペタペタ触られる勇者を、テレージアが特等席で見ながら酒を飲んでいたからと……
「さすが特級酒ですね! 魔都ではたまにしか出回らないから美味しいです~」
勝手にぐびぐび飲んでいる魔王が居たからだ。隠れる必要がまったくなかったので、魔王の隣に座って様子を見る事にしたようだ。そんなコリンナに気付いたテレージアは、茶化す為に魔王の肩に乗る。
「あんたもあっちに行きたいんじゃないの~?」
「バッ! そんなわけないでしょ!」
「じゃあ、なんでついて来たのよ?」
「それは……お酒に興味があったのよ」
「……そう。でも、あっちは楽しそうよ~? ぐふふ」
テレージアは、キャッキャッと勇者をおもちゃにしているエルフ達の姿に視線を移す。
「ほら? 勇者は胸まで触っているわよ~」
「アレは自分の意思じゃない! 手を掴まれているのよ!」
「あ、コリンナの時は、自分から触っていたわね~。ぐふふふ」
テレージアは久し振りに絶好調。コリンナも思い出したようで、顔を真っ赤にして頭から煙りを出す事態。勇者も同じくショート寸前。テレージアはうまい酒が飲めて満足みたいだ。
そんな中、ぐびぐび飲んでいた魔王がコップを強く叩き付ける。
「お兄ちゃん! 何してるんですか!!」
「え……何をと言われても……」
「だらしない顔をしない!」
「サシャが嫉妬してる……」
魔王の言葉に勇者はさらにだらしない顔となる。すると魔王はぷりぷりして勇者に近付き、注意しようとするが、躓いて勇者に抱きつく。
すると勇者は、生まれて数少ないダウンを経験する事となった。最愛の妹に似た魔王の豊満な胸で顔を挟まれたのだから、勇者に耐えられるわけがない。
魔王は恥ずかしさのあまり走って馬車に戻り、エルフ達は魔王の攻撃力を見て、興が覚めたようだ。自分の胸を見て、落ち込んで自分達の寝床に戻って行った。
残された勇者はコリンナに毛皮を掛けられ、外で夜を明かす事となった。コリンナの添い寝付きで……
「ぐふふふふ」
テレージアとコリンナの、勝利の夜であった。