048
「はぁはぁ……」
勇者と闘った姫騎士は息を切らし、仰向けになって倒れた。それは当然だ。姫騎士の刀は、勇者に一切当たらずに空を切るだけ。それを数十分続けたのだから、倒れても仕方がない。
「つ、疲れもしないのか……」
「体力には自信があるからな」
「私の鍛練が足りなかっただけか」
「そうでもないぞ。スピードは妹には敵わないが、技は遜色ないと思う」
「勇者とか!?」
姫騎士は嬉しいのか、体を起こして声を大にする。
「たぶんな。もう少しで当たった攻撃もあった。ただ、当たったら刀が壊れていただろうから、本気になって逃げたんだ」
「あの一瞬消えたように見えた時か……。崩れたはずなのに、あそこから避けられる人間がいるとは驚かされた」
「姫騎士は十分強いよ。当たらなかったからと言って、自信を無くす必要は無い」
「勇者に褒められたのだから、その様な事にはならない。でも、勇者殿が剣を使って相手をしてくれていたらと思うと、残念に思うよ」
「俺は妹について行っただけのお供だからな。そんな事は出来ないよ」
「いや……」
「あ! サシャが戻って来た。サシャ~~~」
姫騎士が話しているにも関わらず、勇者は目に入った魔王に走り寄る。
「はぁ。勇者殿も、化け物並に強いだろうに……」
姫騎士は呟きながら勇者の背を見つめて立ち上がる。そして辺りを見回し、日暮れが近付いていると気付くと、魔族達に目を移す。
「よし! 今日はここまでだ。各自、今日学んだ事を忘れず、明日の訓練に供えてくれ。解散!」
姫騎士の言葉に魔族は解散せずに、各々話し合い、素振りをする者、藁人形に向かう者、それらを見て悪い所を指摘する者と、熱心に復習する。
それを見て姫騎士も残り、自分を使った対人戦の訓練まで付き合う。特に熱心なのは四天王のレオン。戻って来た魔王達に夕食を誘われたが断り、訓練は日が暮れるまで続けていた。
翌日も壁建設と訓練。ただし、壁がかなり完成していた事と、兵士の数が多い事で、別作業と訓練を平行で行う。
槍術の訓練を行うのは一万の兵。先日訓練を受けた隊長が教え、残りの一万の兵はミヒェルの指示の元、鍬を持って地面を耕す。皆が働く中、暇な勇者は兵士のサンドバッグを志願していた。
この日、薄い壁は完成し、折り返して分厚くする作業に移る。コリンナも地面を耕している者の見学をして、次の日を迎える。
そして翌昼、援軍が到着した。と言っても戦争に間に合う町は、近隣に住む者だけ。兵士と成り得る者もすでにパンパリーの町に集まっているので、壁の建設が出来る者と、スライムを乗せた馬車だけだ。
お昼休憩をしていた魔王は挨拶をするため、その集団に駆け寄る。
「皆様。急な召集に快く応えてくれて、ありがとうございます」
魔王の言葉に、皆、恐縮して言葉を掛ける。その言葉を受け取った魔王は話を続ける。
「さっそくですが、土魔法が得意な人はスベンさんの元へ、スライムさんを扱える人はミヒェルさんの元へ向かってください。宜しくお願いします!」
魔王の指示を聞いた魔族の者達は、二つ返事で移動して行く。皆が歩き出すと、魔王はテーブルに戻ろうとするが、馬車の集団が近付いて来ている事に気付き、その場に残る。
しばらくして停止した馬車から、人々が降りて来た。
「エルフさん! 来てくれたのですね!!」
馬車から出て来たのは、見目麗しい男女の集団。そのエルフの集団から一歩前に出た女性が、魔王に挨拶の言葉を述べる。
「先日は良い返事を返せなくて申し訳ありませんでした」
「いえ。事情は知っているので、気にしないでください。それで来てくださったと言う事は、最長老様は認めてくれたのですか?」
「最長老様は人族と関わりを持つ事を嫌っていましたが、次は我らの里が危機になる事と、勇者様が来られている事が説得の材料になって、渋々ですが了承してくださいました」
「渋々ですか……平和が戻った時には、改めてご挨拶に行きますね」
「はい。ところで勇者様は、どちらにおられるのでしょうか?」
「いま、休憩中でしたので、こっちです。紹介したい人もいるので、ついて来てください」
魔王はそう言うと、エルフ達を勇者達が食事をしているテーブルに連れて歩く。後ろから何やらキャーキャーと騒ぎ声がしていたが、魔王は気付いていないようだ。
テーブルまで連れて行くと、勇者や四天王、人族の紹介となり、次にエルフの紹介となった。
「こちらはエルフの長の、孫の孫の……」
魔王は指を折って数えるが、時間が掛かりそうだったので、女性が自己紹介を始める。
「長の玄孫。この一団をまとめるエルメンヒルデと申します。勇者様。愛称のエルメンとお呼びくださいまし。どうぞ宜しくお願いします」
「あ、ああ……」
勇者はぐいっと手を握るエルメンヒルデに、引き気味に返事をする。
「思った通り、素敵な殿方ですね。今晩お暇ですか? 里から特級の果実酒をお持ちしましたので、一緒にいかがですか? 今日は寝ずに、親睦を深めましょう!」
「え……あ……」
何故か押しの強いエルメンヒルデに、勇者はたじたじとなるのであった。