041
お風呂に入って旅の汚れを落としていた魔王一行は、ひと悶着はあったがお風呂を済ませる。勇者もお風呂から上がると、魔王の部屋に戻った。
「姫騎士は、もう寝たのか?」
「はい。泣き疲れて寝てしまいました」
「泣き疲れた?」
「先ほど少し話をしまして……」
魔王はお風呂での会話を勇者に聞かせる。
「ふ~ん」
「それだけですか?」
「いちおうは協力してくれるって事だろ?」
「返事はしてくれませんでしたが、おそらくは……」
「じゃあ、よかったじゃないか」
「そうですけど、お兄ちゃんはもっと興味を持ってくれていいと思います!」
「その顔もいいな~」
「そう言う興味の持ち方は要りません!」
魔王が怒れば怒るほど、勇者は気持ち悪い顔になる。なので、呆れた魔王は話を変える。
「それでさっき、お風呂から大きな音がしたのですが、何をしていたのですか?」
「ああ。サシャを覗こうとして、コリンナに止められたんだ」
「はぁ……そんなところだと思いましたよ。でも、女の子と一緒に楽しそうに入っていたのですよね?」
「サシャが嫉妬してる!?」
「違います!!」
「いいんだ。お兄ちゃんは、わかっているよ」
「何もわかっていません! もういいです。私も寝ます!!」
魔王は勇者との会話が面倒になったのか、布団を被って眠りに就く。勇者はその布団に潜り込もうと近付くが、やはり何も出来ずに、布団を壁に付けてから眠りに就き、テレージアは舌打ちをしてから魔王の布団に潜り込んだ。
翌朝……
魔王が目をこすりながら体を起こすと、目の前には正座をした姫騎士が待ち構えていた。
「ふぁ……おはようございます~」
「おはよう。今日より魔王殿の剣となり、仕えさせてもらう。宜しく願う」
「は~い。それでは、朝食を食べに行きましょうか。ふぁ~」
魔王は姫騎士の畏まった挨拶を、軽く受け取る。寝惚けている魔王では、まだ頭が回っていないようだ。
「ちょっと待て! 私は人族を裏切る行為を、腹を括ってしたんだぞ。もう少し、言い方があるってものだろ!!」
そりゃ適当に言われたら、姫騎士も怒るだろう。
「え? あ……失礼しました。ふつつかな魔王ですが、末長く、宜しくお願いします」
魔王も正座をし、手を付いて返すが、それもおかしい。
「結婚の挨拶か!」
姫騎士のツッコミは正しい。だが、魔王はポカンとして、的確なボケが出来ないみたいだ。
その後、勇者を起こすのだが、魔王は寝惚けた勇者に抱き締められる事となり、完全に目が覚める。
「お、お兄ちゃん! 離してくださ~い!!」
「う~ん。サシャ~……ちゅ~~~」
「ちょっ!? 寝惚けているのですか! 起きてくださ~い! ……あ、夢の中でもキスは出来ないんですね……」
「このヘタレーーー!」
勇者は魔王を抱き締めたまま口を尖らせるが、魔王との距離はまったく縮まらない。おっさんテレージアは、怒りの妖精キックを炸裂させるが、顔に当たってもまったく効かないようだ。
「何をしてるんだか……」
「姫騎士さん。お兄ちゃんを起こしてくれませんか?」
「この変態をか……」
「お願いします!」
「わかった。フンッ!」
姫騎士は勇者の顔面を踏みつける。すると勇者は……
「サシャ!?」
何故か名前を呼びながら、飛び起きた。
「お兄ちゃん。朝ですよ」
「ん? 朝か……しかし、懐かしい起こされ方をしたような……」
「懐かしいって……まさか妹さんに、踏まれて起こされていたのですか?」
「ああ。優しいだろ?」
「どこがですか!!」
「靴ではなく、裸足だったからだ。さっきのもう一度やってくれないか?」
「ヒッ……」
勇者が顔を姫騎士に向けると、姫騎士は小さく悲鳴をあげる。姫騎士だけでなく、一同ドン引きだ。あのテレージアでさえドン引きするとは……
「もう! 姫騎士さんを困らせないでください! 行きますよ!!」
「あ! 待ってくれ~」
魔王はぷりぷりして部屋を出る。隣の部屋に行くと、コリンナたちはまだ寝ていたので起こし、はだけた浴衣を直してから宴会場に移動する。
そこで食事をとりながら今後の予定を話し合うようだ。
「最低でも六日後に人族が攻めて来るのですが、どうしたらいいでしょうか?」
魔王が皆に質問すると、姫騎士が答える。
「防衛に使っている町で、籠城戦をしたらどうだ?」
「あの町には、入り切らない人数の魔族を集めているのです。それで籠城は出来るのですか?」
「あ……確かにテントがずらっと並んでいたな。我が軍の十倍以上の人数がいたから、進軍を止めたってのもあったんだった」
「スベンさんの作戦が効いていたのですね!」
「スベンさんが誰かわからんが、一応はな。でも、魔族が戦う気配が無いとわかっているのだから、魔族より半分少ない兵でも圧倒できるだろう」
「そうなんですよね~。どうしましょう~」
魔王が地図を広げてボヤくと、コリンナが地図を指差して声を出す。
「ここ。湖と崖が近くない? 壁を作ったらどう?」
「地図では近く見えるが、何キロもあるぞ。何日どころか、何年掛かるか……」
「そっか~」
コリンナが案を出すが、姫騎士に即座に否定されて諦める。だが、魔王は何やら思い付いたようだ。
「……出来るかもしれません」
「本当か?」
「あ、でも農業大臣のスベンさんに相談しないと、実際はどうか……」
「出来るのなら、少しは光が見えるな」
「人数も必要ですから、一度、魔都に帰らないといけませんね」
「魔都か……」
姫騎士は、魔都をどんな場所か想像するが、たぶんその想像はハズレだ。
食事が済み、魔王達の話が纏まると席を立って宴会場を後にする。部屋に戻ると浴衣から服に着替え、旅館を出ようとするが、ドアーフの集団と会計が重なって待たされる事となった。
「サシャさんって、魔王よね? 順番待たなきゃダメなの? 急いでいるんでしょ?」
なかなか終わらない会計に、コリンナが苛立つ。
「あ……そうですね。譲ってもらいましょう」
「そこはタダとかツケにしたらいいじゃない」
「あ~……聞いて来ます!」
「ちょっと待て。この人だかりって、ドアーフか?」
魔王が女将に声を掛けに向かおうとすると、姫騎士が止める。
「そうですけど、どうかしましたか?」
「絶滅したと聞いていたのだが、ここには多く居るのだな」
「人族の土地から移住して来ただけですよ」
「そうだったのか……でも、これだけ居れば、武器も量産できるのではないか?」
「武器ですか……」
「どうした?」
「ドアーフさん達は、武器を作るのが嫌で移住して来たらしいので……」
「そんな事を言っている場合ではないだろう! 武器が無ければ戦えないじゃないか」
「そうでした! 相談して来ます」
魔王はドアーフの一番年長者を見付けると、武器作りを掛け合う。そうして皆が見ていると魔王は渋い顔をし、しばらくすると、笑顔で帰って来た。
「どうだった?」
「それが武器を作るには作り方がわからないとおっしゃりまして、ダメでした」
「ドアーフが武器を作れない? じゃあ、なんで嬉しそうな顔で帰って来たんだ?」
「すごく揺れない馬車をお兄ちゃんが持っていると言ったら、ノリノリになって作りたいってなったんです!」
「「武器を作らせろ~!」」
どうやら魔王は武器よりも、新しい馬車をご所望らしい。戦争中だと言うのに、そんな物の発注をすれば、そりゃ、姫騎士とコリンナに息の合ったツッコミをされるわけだ。