003
「うわ~~~ん」
なかなか泣きやまない勇者を見て、テレージアは魔王に質問する。
「どうするのよ、これ?」
「それほどサシャさんの事を思っていたのですね……」
魔王は勇者の泣き声に同情し、コツコツと近付くと、肩に手を置く。
「もしかしたら、帰る方法があるかもしれません」
「ぐずっ……本当か!?」
「魔王! なに言ってるのよ。勇者に戦ってもらわないと、魔族が滅びるのよ!!」
「ですが、私達は関係のない勇者様を召喚した挙げ句、最愛の人と離してしまったのですよ」
「……勝手にしなさい! 頑丈な勇者なんて、どうせ役に立たないだろうしね!!」
テレージアは兜を掻きむしり、部屋の端に移動してしまった。
「勇者様。人族の街へ行けば、勇者召喚が出来る人が居るかもしれません」
「そこに行けば帰れるのか!」
「いえ。可能性の話です。勇者召喚は元々、人族が使っていた魔法です。私達より詳しいはずなので、可能性はあると思いますよ」
「……なるほど。ならば、すぐに向かう!」
「あ、その格好で行くのですか?」
「ん?」
「せめてものお詫びに、服をご用意させていただきます」
「ああ。着替えなら持っているから大丈夫だ」
「持ってる?」
「アイテムボックスオープン」
勇者が呟くと、目の前に旅人の服がふわりと地面に落ちる。皆、驚く中、勇者は袖を通していく。
「収納魔法ですか? 変わった呪文ですね」
「これは魔法ではなく、スキルだ」
「スキル?」
「鑑定眼を持つじいさんが言うには……才能みたいなモノって言ってたかな? 俺は【アイテムボックス】と【頑丈】を持っているらしい」
「先ほど言っていた頑丈な勇者の由縁みたいなものですか?」
「そうだ。じいさんが言うには、【頑丈】にスキルツリーがあるらしいんだけど、字が細かすぎて読めないんだと。それでサシャが『老眼か!』ってツッコンでいた……」
勇者は妹の事を思い出し、説明を打ち切る。
「こんな事してる場合じゃなかった。それじゃあ俺は行くな。……このログハウスの外には、どうやったら出れるんだ?」
「ロクハウスじゃなく、ここは魔王城ですよ」
「城? どう見ても家じゃないか?」
勇者は辺りを見渡すと、木の梁や、丸太のまま重ねられた壁が見える。
「昔は立派な石造りだったみたいですけど、現在は木造が主流になっています」
「ふ~ん……」
「では、出口に案内しますね」
魔王はそう言って、勇者を伴って歩き出す。二人が部屋から出て行くと、テレージアと四天王はどうしていいかわからずに、とりあえず魔王について行く事にした。一人はまだ寝ているが……
テレージア達が外に出ると、魔王と勇者が会話をしている姿があった。
「ひとまず、この道を進んでください。そうすれば、魔族が守りを固めている町がありますので、そこから東に向かって真っ直ぐ森を抜ければ、人族の住む土地になります。そこからは私どもはわからないので、その地に住む者に聞いてもらうしか方法がないのですが……。それと、これをお持ちください」
魔王は紙を取り出して、さらさらと書いて勇者に手渡す。
「これは?」
「いきなり襲って来る魔族はいないと思いますが、もしもの場合、この手紙を見せれば、素直に引いてくれるはずです」
「そうか。わかった」
「この度は、私どもの身勝手で呼び出してしまい、申し訳ありませんでした。力にはなれませんが、無事、元の世界に戻れる事を祈っています」
「あ、ああ……」
勇者はポリポリと鼻を掻くと、暗い顔をしている魔王に言葉を掛ける。
「事情はよくわからないが、助けになれなくてごめんな。妹と一緒に来ていたら、きっと妹が助けてくれたんだろうけどな」
「い、いえ。その気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
「それじゃあ、頑張ってな」
勇者はそれだけ言うと、振り返りもせずに歩いて行った。その後ろ姿を見ながら、テレージアは魔王にガチャガチャと近付く。
「本当に行かせてよかったの?」
「愛する人が待っているのなら、引き止める事は出来ませんよ」
「バカね……」
「はい!」
テレージアにバカと言われて笑っていられるとは、どうやら魔王は、極度のお人好しみたいだ。
勇者を見送る四天王の三人は話し合う。
「レオンはどう見ただ?」
「力はあったが、頑丈なだけでは役に立たないだろうな」
「そうですね。攻撃をしないでいいなら、ミヒェルでも出来ますからね」
「だな。おら達に必要なのは攻撃力だったもんな」
「俺に人を殺せるほどの、強い気持ちがあれば……」
「レオンだけのせいじゃありませんよ。魔族全体が平和過ぎて、戦う事を忘れてしまったのが悪いのです」
「四天王の俺達だけでも、血で手を汚すしかないか……」
「おらが人殺しを……やるしかないだな」
「ですね。我々が先陣を切って、皆を鼓舞しましょう」
四天王の三人が神妙に話し合っていると、どこからか地響きが聞こえて来る。すると魔王が心配そうな声を出す。
「あ……アルマちゃんの散歩の時間でしたね。……勇者様は大丈夫でしょうか?」
アルマとは、魔界で飼われているホルスタインだ。ただし、10メートルを超える巨体で、魔族キラーの異名を持つ。
「あのコースは、ヤバイわね……」
「ど、ど、ど、どうしましょう。アルマちゃんは目に写る人を跳ねる癖がありますよ! ミヒェルさん。止めて来てください!!」
「えっと……もう間に合わないだ~」
魔王が目を戻すと、アルマはコースを変えて、勇者に向かって走り出していた。
「い、行きましょう!」
勇者を心配する魔王は駆け出し、皆も釣られて走り出す。そして魔王は、大声を出して走り続ける。しかしその行為も虚しく、俯いてトボトボ歩く勇者を、アルマがはねてしまった。
「キャーーー!」
ゴーーーンっと鳴る、激しい衝突音の後、魔王の悲鳴が聞こえる。だが、勇者は……
「あ~……やっちゃった」
ピンピンしていた。
「「「「「ええぇぇ!?」」」」」
魔王の叫び声に続き、皆も叫び声をあげる。
それは当然だ。10メートルもの巨体の牛に頭からぶつかられたにも関わらず、微動だにせず受け止め、跳ね飛ばされる事なく立っているからだ。
しかも倒れたのはアルマ。大きなたんこぶを作ってフラフラと歩き、仰向きになって倒れたのだ。
皆が驚く中、勇者の力を垣間見た四天王の三人は、駆け寄って土下座する。
「勇者様。どうか、どうか魔族を救ってください」
「「「お願いします!!」」」
三人のおっさんの懇願する姿に、勇者は心を打たれて……
「え……嫌だ。俺は妹の元へ帰るんだ~~~!」
打たれる事はなく、誰よりも大きな声で叫んだのであった。